52,二人の話
廊下に沈黙があった。
ライラが少し間を置いた。
「……どうぞ」
ライラが廊下の隅の窓際に移動した。
ユキナがついてきた。
二人が窓の外を見た。
春の沼地が広がっていた。
しばらく誰も喋らなかった。
ユキナが口を開いた。
「私、看護師だったんだ。元の世界で」
ライラが少し動いた。
「色んな患者さんを見てきた。色んな病気、色んな状況の人を」
「はい」
「その中に、田中君がいた」
ライラが窓の外を見たまま、聞いていた。
「辛い病気だった。かなり辛い病気。でも、泣き言を言わなかった。一度も」
「……そうですか」
「いつもゲームをしてた。病室で、一人で」
ユキナが少し笑った。
「私、ゲームなんて全然やったことなかったんだけど。そのゲームをやってみた」
「なぜですか」
「なんでだろうね」
ユキナが窓に額を当てた。
「なかなか見つけられなかった。広いゲームだったから。でも、見つけた時に、声をかけた」
ライラが少しだけ頷いた。
「ゲームの中では、女性のキャラクターに物をあげると喜ぶ人が多かったから。そうしたら仲良くなれるかと思って」
「それが最初の」
「そう。アイテムをくれって言ったのが最初」
ユキナが苦笑いした。
「全然違った。明らかに迷惑そうだった。でも、やめられなかった」
「なぜですか」
「楽しんでほしかったから」
ライラが少し止まった。
「ゲームなんだから、楽しめばいいのに。一人でずっと黙って狩りをしてた。誰とも話さずに。何かしてあげたかった。でも、何をしたらいいか分からなかった」
ユキナが窓から離れた。
「ゲームの中だけでも、少し違う時間を過ごせたらって思ってたんだけど。うまくできなかった」
ライラが静かに聞いていた。
「そのうち、ただ会いに行くだけになった。ラスボス代行しか出てこなくなっても、喋り続けてた」
「それは、なぜですか」
ユキナが少し間を置いた。
「そこにいたから、かな。返事がなくても、いてくれた」
廊下に沈黙があった。
「そしたら、彼が」
ユキナが言葉を切った。
少しの間があった。
「死んで」
それだけ言った。
ライラが窓の外を見続けた。
ユキナも窓の外を見た。
沼地の水面が、春の光を受けて揺れていた。
「ゲームは続けた。会える気がして。しばらくして、事故にあって、ここに来た」
「そうですか」
「そしたら、いた」
ユキナが少し笑った。
「相変わらず無口で、地下に引きこもってて、ラスボス代行を出してくるけど」
ライラが小さく笑った。
ユキナがライラを見た。
「こんなこと、田中君には言えない。多分、知られたくないと思うから」
「なぜ私には」
ユキナが少し考えた。
「あなたが一番、あの人のそばにいる人だから」
ライラは答えなかった。
「あなたには話していいんじゃないかと思った。なんとなく」
しばらく沈黙があった。
ライラが静かに言った。
「私は」
ユキナがライラを見た。
「カキンオー様のことが、大切です」
「知ってる」
「誰よりも」
「知ってる」
二人が向かい合った。
ライラがユキナをまっすぐ見た。
「あなたのことを、好きにはなれないかもしれません」
「そうだね」
「でも」
ライラが少し間を置いた。
「嫌いでは、なくなりました」
ユキナが少し止まった。
それから、笑った。
「それで十分だよ」
二人がまた窓の外を見た。
沼地の水面が揺れていた。
しばらく、二人は並んで立っていた。
話すでもなく、離れるでもなく。
ただ、並んでいた。
───
地下の作業場では。
カキンオーが金属を叩いていた。
城が静かだった。
レリスの声がしない静けさだった。
慣れるまで、少し時間がかかりそうだった。
金属を叩いた。
上の階で、誰かが話しているのが微かに聞こえた。
声の高さが二つあった。
ライラとユキナだろうか。
何を話しているのかは分からなかった。
まあ、いいか。
カキンオーは金属を叩き続けた。
静かだった。
いつもより静かな気がした。




