50,それぞれの動き
東の森の中で、カイトは魔物を仕留めていた。
中型の魔物だった。
一撃で終わった。
カイトは剣を拭いた。
森に来てから、どのくらい経っただろうか。
毎日こうして狩りをして、シルネアと話して、南の空を見て、また眠る。
それを繰り返していた。
体は戻っていた。
気持ちも、少しずつ。
まだ完全ではないが。
カイトは仕留めた魔物を確認した。
シルネアは他の魔物が狩られても気にしてはいなかった。
森の魔王として、そのくらいは当然のことらしかった。
むしろ時々、カイトの狩りを木の上から眺めて「面白い」と言っていた。
「また仕留めたの」
上から声がした。
シルネアが枝の上に座っていた。
「ああ」
「強くなった?」
「少しは」
シルネアが欠伸をした。
「カキンオーに会いに行かないの」
「まだだ」
「まだ、かあ」
シルネアが空を見上げた。
「ねえ、カイト」
「何だ」
「最近、山脈の方から変な気配がする」
カイトが顔を上げた。
「変な気配、とは」
「フロストスじゃない。フロストスよりずっと大きい。でも、遠い。まだ遠いけど」
カイトが山脈の方角を見た。
西の空だった。
特に何も見えなかった。
「調べに行く」
シルネアが少し首を傾げた。
「危ないかもしれないよ」
「だから調べる」
「そういうものかな」
「そういうものだ」
シルネアが木の枝に寝転んだ。
「まあ、無理しないでね」
「ああ」
「死んだらカキンオーが悲しむから」
カイトが少し止まった。
「余計なことを言うな」
「本当のことだよ」
シルネアが笑った。
カイトは荷物をまとめ始めた。
「行ってくる」
「はーい。面白いことがあったら教えてね」
カイトが森を出た。
西へ向かった。
山脈の方向へ。
───
同じ頃、ファルネイスの商業区で。
セバチャはザガン商会の前に立っていた。
手に、菓子の包みを持っていた。
扉を開けた。
受付の男がセバチャを見た瞬間、顔が青くなった。
「か、カキンオー様の城の方が」
「はい。ザガン様にお取り次ぎを」
受付の男が飛び上がるように奥に走った。
しばらくして戻ってきた。
「ど、どうぞ、三階へ」
───
三階の応接室に通されたセバチャが椅子に座った。
茶器が運ばれてきた。
セバチャは菓子の包みをテーブルに置いた。
しばらくして、扉が開いた。
ザガンが入ってきた。
入ってきた瞬間に、深々と頭を下げた。
床に届きそうなほど深く。
立ち上がれなかった。
セバチャが静かに言った。
「どうぞ、お座りください」
「は、はい」
ザガンが椅子に座った。
腕を抱えていた。
以前折られた腕だった。
セバチャが菓子の包みを差し出した。
「よろしければ」
「あ、ありがとうございます」
ザガンが震える手で受け取った。
セバチャがお茶を一口飲んだ。
「今日は、少しお願いがあって参りました」
「な、何でしょうか」
「カキンオー様の城に、レリスという子供がおります」
「は、はい」
「春から、ファルネイスで学校に通わせたいと考えています」
ザガンが頷いた。
「つきましては、適切な学校の選定と、安全な住居の確保をお願いしたいのです」
「わ、分かりました。すぐに手配します」
「それから」
セバチャが続けた。
「世話係として、ミナという女性がついていきます。ご存知ですよね」
ザガンが少し固まった。
「か、かつての私の」
「そうです」
セバチャが静かに微笑んだ。
「ミナはカキンオー様の城の者です。何かあれば、私に報告が来ます」
「は、はい」
「それから、護衛もつきます」
「護衛、ですか」
「はい。ご存知の通り、カキンオー様の城には様々な方がおられます」
ザガンが頷いた。
「その護衛は、私のように優しくありません」
ザガンが少し青くなった。
「レリスに何かあった場合は」
セバチャが少し間を置いた。
「人として死にたければ、その時はその時ですが」
ザガンが頷いた。
何度も頷いた。
「わ、分かりました。全力で対応します。レリス様には指一本触れさせません」
「ありがとうございます」
セバチャがお茶を一口飲んだ。
「良いお茶ですね」
「あ、ありがとうございます」
「では、学校と住居の候補を、来週までにご連絡ください」
「は、はい。必ず」
セバチャが立ち上がった。
深く頭を下げた。
「ご多忙の中、ありがとうございました」
扉を閉めた。
廊下を歩いた。
階段を降りた。
建物を出た。
外の空気を吸った。
まあ、これで十分だろう。
セバチャは歩き出した。
───
応接室に一人残ったザガンは、しばらく動けなかった。
深く息を吐いた。
扉をノックした。
部下が入ってきた。
「呼びましたか」
「ファルネイスで一番の学校はどこだ」
部下が少し考えた。
「アルバ学院かと。貴族の子弟が多く通う、由緒ある学校です」
「そこに一人入れろ。春から」
部下が固まった。
「今からですと、入学の選考はすでに終わっております。難しいかと」
ザガンが静かに立ち上がった。
腰の剣に手をかけた。
抜いた。
部下が後退した。
ザガンは剣を抜いたまま、部下を見た。
何も言わなかった。
ただ見ていた。
部下の顔から血の気が引いた。
ザガンが剣を鞘に収めた。
「なんとかします」
部下が小さく言った。
「それから家も探せ」
「は、はい。どのくらいの」
「五つ」
「ご、五つですか」
「大きさも場所も用途も全部違うやつを五つ。選べるように」
部下が口を開きかけた。
ザガンの目を見た。
口を閉じた。
「すぐに」
「はい」
部下が部屋を出た。
ザガンが椅子に座った。
菓子の包みを開けた。
焼き菓子を一つ取り出した。
食べた。
うまかった。
それが余計に怖かった。
───
城の地下では。
カキンオーが感電棒の仕上げをしていた。
付与の調整が、だいぶできるようになってきた。
軽く触れると、ピリッとする程度。
しっかり当てると、かなり痛い程度。
これでいい。
カキンオーは棒を作業台に置いた。
完成だった。
あとは春にレリスに渡すだけだ。
静かだった。
西の山脈の方角で、何かが動いていることを、カキンオーはまだ知らなかった。




