表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カキンオー(課金王)~コミュ障の俺が魔王扱いされ、世界が勝手に震えてる~  作者:


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/18

5,ステーキが食べたい

 朝、目が覚めた瞬間から、なぜかステーキが食べたかった。


 理由は分からない。


 ただ、猛烈に食べたかった。


 肉だ。


 厚くて、焼き目のついた、柔らかい肉だ。


 俺はしばらく天井を眺めながら、その欲求の出処を探った。


 見つからなかった。


 人間の欲求というのは、時として理由なく湧いてくるものらしい。


 問題は、どうすれば手に入るかだ。


 ライラに頼めばいい。


 頼む方法が問題だ。


 声が出ない。


 正確には、出せない。


 扉を開けてライラを呼ぶことはできる。


 しかし呼んだ後に「ステーキが食べたい」と言えるかどうかが、全く自信がなかった。


 俺は天井を眺め続けた。


 肉が食べたかった。


 どうしようもなく、肉が食べたかった。


 そこにノックの音が響いた。


───


 城の二階、広間では。


 セバチャとライラが向かい合って座っていた。


 今朝のセバチャの表情は、いつもより少し硬かった。


「本題に入ります」


 セバチャが静かに口を開いた。


「ここ数日、城の周辺に魔狩人と思われる人物が複数確認されています」


 ライラが頷いた。


「私も見ました。遠巻きにうろついてますよね」


「宝箱の件が広まったのでしょう。素材目当て、好奇心、あるいは国や組織からの依頼。理由は様々かと思われますが」


 セバチャが一呼吸置いた。


「いずれにせよ、カキンオー様の領土への侵入者です」


 ライラの目が真剣な光を帯びた。


「確保しますか」


「確保します」


 セバチャが静かに続けた。


「カキンオー様の領土に無断で踏み込んだ者です。確保の上、情報を聞き出す必要があります。カキンオー様のご意向を鑑みれば、拷問も許容範囲かと」


 ライラが少し首を傾げた。


「拷問、ですか」


「必要であれば」


「ご主人様はそういうことをお望みでしょうか」


 セバチャが少し考えた。


「カキンオー様は何もおっしゃっていません」


「つまり」


「つまり、我々の判断に委ねられているということです」


 ライラがまた少し考えた。


「では、穏便に確保して、お話を聞くくらいでいいのでは」


「穏便に」


「はい」


「魔狩人を穏便に確保する方法が、ライラにはあるのですか」


 ライラがにこりと笑った。


 セバチャが静かに息を吐いた。


「……分かりました。ただし」


「はい」


「情報収集は私が行います。ライラは確保だけにしてください」


「分かりました」


 ライラが頷いてから、少し間を置いた。


「あの、一つ聞いてもいいですか」


「何でしょう」


「肉って、どこで手に入りますか」


 セバチャが眉をひそめた。


「……肉、ですか」


「はい。最近、食料が野菜と豆ばかりで。ご主人様にちゃんとしたお肉を食べていただきたくて」


「それは確保した魔狩人に聞けということですか」


「聞けるなら聞いてほしいです」


 セバチャが長い沈黙の後、静かに口を開いた。


「……情報収集の項目に加えます」


───


 その日の午後、ライラは城の外縁を歩いていた。


 にこにこしながら。


 沼地の茂みの中で、ライラはすぐに目当てのものを見つけた。


 革鎧を着た男が、茂みに身を潜めて城を観察していた。


 魔狩人だ。


 男はライラが近づいてくるのに気づいた瞬間、立ち上がった。


 あの笑顔だ。


 ゴルドから聞いていた、あの笑顔の女だ。


「こんにちは」


 ライラが深々と頭を下げた。


「少々よろしいですか」


 男は逃げようとした。


 しかし、気づいたら城の応接室の椅子に座っていた。


 いつの間に連れてこられたのか、まったく分からなかった。


───


 セバチャが男の向かいに静かに腰を下ろした。


 机の上には羽根ペンと羊皮紙が用意されている。


 男は椅子に座ったまま、ドアを確認した。


 遠くない。


 逃げられるかもしれない。


 しかし目の前の老執事が、静かにこちらを見ていた。


 なぜか、逃げてはいけない気がした。


「いくつか質問させていただきます」


 セバチャが羽根ペンを手に取った。


「お名前は」


「……ダグ」


「ダグ殿。この城の周辺を調査していた理由をお聞かせください」


 ダグは少し考えてから答えた。


「宝箱の噂を聞いた。中身を確認したかっただけだ」


「なるほど」


 セバチャが書き留めた。


「次の質問です」


 ダグが頷いた。


「カキンオー様の噂を初めて耳にされた時、どのようなお気持ちでしたか」


 ダグが固まった。


「……は?」


「恐怖でしたか。それとも畏怖でしたか。あるいは崇敬に近いものでしたか」


「え、あ、まあ、怖いとは思ったが」


「恐怖ですね」


 セバチャが書き留めた。


「その恐怖は、カキンオー様の存在そのものに対するものでしたか。それとも城という象徴に対するものでしたか」


「……どっちだろう」


「どちらとも言えないということですか」


「そうなるか」


 セバチャが頷きながら書き留めた。


「カキンオー様の沈黙についてはどう思われますか」


「沈黙?」


「カキンオー様は滅多にお言葉を発されません。その沈黙を、外の世界の方々はどのように受け取っていますか」


 ダグはしばらく考えた。


「……余裕があるように見える」


「余裕」


「何でも知ってるから、わざわざ喋る必要がないっていうか」


 セバチャが深く頷きながら書き留めた。


「なるほど。非常に参考になります」


 ダグは自分が何の情報を提供しているのか、よく分からなかった。


 そのとき、隣の部屋からライラが顔を出した。


「あの、すみません」


 ダグがライラを見た。


「お肉って、この辺でどこで手に入りますか」


 ダグが固まった。


「……肉?」


「はい。牛でも豚でも。ちゃんとしたお肉が食べたくて」


 ダグはセバチャを見た。


 セバチャが静かに頷いた。


「お答えいただければ幸いです」


「……北の街道を三時間行ったところに、牧場がある。そこで直接買えるはずだ」


「ありがとうございます!」


 ライラが深々と頭を下げた。


 それから、少し考えるような顔をした。


「もう一つ聞いてもいいですか」


「……なんだ」


「魔物って、お金になりますか」


 ダグが少し目を細めた。


 急に話が変わった。


「なる。種類によるけどな」


「どんな部位が高く売れますか」


 ダグは椅子に座り直した。


 なぜか、こちらの方が答えやすかった。


「牙とか爪は基本的に需要がある。薬の材料になるから。あとは魔核だな」


「魔核、ですか」


「魔物の体の中心にある核だ。魔道具の材料になる。小さくても高く売れる」


「この辺の沼地の魔物にもありますか」


「ある。ただ」


 ダグが少し間を置いた。


「この辺の沼地の魔物、全部逃げちまってるんだよな。城が来てから」


 ライラが首を傾げた。


「逃げてるんですか」


「ああ。城の外縁には少しいるみたいだけど、以前に比べたら激減してる」


 ライラが静かに考え込んだ。


「つまり、城から遠い場所に行けば魔物がいると」


「そうなる」


「そこで素材を取って、どこに売ればいいですか」


「街の買取屋か、魔狩人の組合だな。どの街にもある」


 ライラがにこりと笑って、深々と頭を下げた。


「とても参考になりました。ありがとうございます」


 ダグは脱力した。


 拷問があると思っていたのに、肉の産地と魔物の部位の相場を聞かれた。


 よく分からなかった。


───


 夕方、地下の扉がノックされた。


 返事がないまま扉が開く。


 ライラが銀のトレイを持って入ってきた。


 トレイの上に、厚みのある肉が一枚、湯気を立てて置かれていた。


「ご主人様、今日は特別なお食事をご用意しました」


 俺は天井から視線を外した。


 肉だ。


 焼き目のついた、分厚い肉だ。


「牧場から直接仕入れました。街よりずっと新鮮で、美味しいと聞いております」


 俺は起き上がってトレイを受け取った。


 一口食べた。


 悪くない。


 というか、かなりいい。


 肉汁が口の中に広がった。


 朝から食べたかったのは、これだ。


 ライラが部屋の隅で、にこにこしながら立っていた。


「お口に合いましたか」


 俺は何も言わなかった。


 でも、もう一口食べた。


 ライラが静かに笑った。


───


 同じ頃、城の外縁に向かう道で。


 解放されたダグが、早足で沼地を抜けていた。


 隣を歩く魔狩人仲間が声をかけた。


「どうだった。捕まったんだろ」


「……ああ」


「拷問か」


「肉の産地を聞かれた」


 仲間が黙った。


「あと、魔王の沈黙についてどう思うかも」


 また沈黙があった。


「……生きて帰れたんだな」


「ああ」


 ダグは空を見上げた。


 正直、何が起きたのか、まだよく分からなかった。


───


 城の二階では。


 セバチャが報告書を書き続けていた。


 本日、城周辺の侵入者一名を確保し、情報収集を行った。


 外の世界における、カキンオー様への認識は概ね把握できた。


 恐怖。


 余裕への畏怖。


 沈黙への崇拝。


 カキンオー様の評価は、すでに外の世界で確固たるものになりつつある。


 セバチャはそこで一度ペンを止めた。


 侵入者を確保して解放した。


 これはカキンオー様のご意向に沿ったものだったのだろうか。


 しかし、カキンオー様は何も仰らなかった。


 沈黙は肯定である。


 セバチャは静かに結論を出した。


 今夜のステーキが、カキンオー様のご機嫌を良くしたなら、すべては正しかったのだ。


 なんと深謀遠慮な御方か。


 セバチャは報告書の末尾に、丁寧な字でそう書き添えた。


 一切合切が、全力でズレていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ