4,謁見
人生には目的が必要だ。
そう思った。
死んで、転生して、城を出して、地下に引きこもった。
それは良かった。
問題は、その後だ。
やることがない。
本は読んだ。
ボードゲームも一通りやった。
チェスも、双六も、カードゲームも。
一人でやれるものは、一人でやった。
最初は良かった。
静かで、誰にも邪魔されなくて、最高だった。
だが、飽きた。
そもそもこういうものは、誰かと向かい合ってやるものだったのかもしれない。
一人でチェスの白と黒を交互に動かしていたら、なんとなくそう思った。
俺は駒を片付けて、天井を見上げた。
静かだった。
静かすぎた。
そこにノックの音が響いた。
───
「失礼いたします、カキンオー様」
セバチャだった。
いつもの端正な立ち姿で、しかし今日は少しだけ表情が違った。
「帝国の使者が、城門前に参っております」
俺は天井から視線を外した。
「使者、と申しますのは、ガルチュラ帝国より正式な書状を携えた者です。カキンオー様への謁見を求めております」
俺はしばらく考えた。
使者。
謁見。
ボス部屋だな。
久しぶりだ。
ゲームの頃、プレイヤーが城に乗り込んでくるたびに、謁見の間で待ち受けていた。
あの感じが、なんとなく懐かしかった。
「カキンオー様、いかがなさいますか」
俺は起き上がった。
セバチャが、わずかに目を見開いた。
俺は指輪に意識を向けた。
最強の装備セットが、空気を震わせながら展開していく。
黒鎧が纏わりつき、兜が頭を覆い、マントが広がる。
セバチャが深く頭を下げた。
「御意のままに」
───
謁見の間では。
ラスボス代行が玉座に座っていた。
セバチャが静かに声をかけた。
「下がっていてください」
ラスボス代行が立ち上がった。
扉の奥、別室に下がった。
入れ替わりに、黒鎧のカキンオーが玉座に座った。
謁見の間に、松明の光が揺れた。
静かだった。
───
帝国の使者、ハルトは三十代の実務肌の男だった。
これまで皇帝への謁見も経験してきた、場数を踏んだ外交官だ。
どんな相手でも動じないことが、自分の強みだと思っていた。
扉が開いた瞬間、その自信が音を立てて崩れた。
広い謁見の間の奥。
松明の光の中に、黒鎧の存在が一つ、玉座に座っていた。
微動だにしない。
音を立てない。
ただそこにいるだけで、部屋の空気が変わっていた。
ハルトは三歩進んだところで、足が止まった。
膝が、勝手に折れそうになった。
隣に控えていたセバチャが静かに言った。
「カキンオー様がご謁見をお許しになりました。ご用件をどうぞ」
ハルトは深呼吸した。
膝を折らなかったことを、自分で褒めた。
「ガルチュラ帝国、皇帝陛下よりの書状をお持ちしました」
震えていない声が出た。
よかった。
「南の地に突如出現した城と、その主カキンオー殿について、帝国として正式に存在を認知し、友好的な関係を築きたいとの意向を伝えるよう、命を受けております」
ハルトは書状を取り出し、前に進み出ようとした。
そのとき、玉座の存在が、ゆっくりと腕を組んだ。
それだけだ。
それだけの動作なのに、ハルトの足が完全に止まった。
心臓が跳ね上がった。
セバチャが一歩前に出た。
「書状はこちらでお預かりします」
ハルトは無言で書状を渡した。
セバチャがそれを受け取り、一礼した。
「カキンオー様よりご返答申し上げます」
ハルトが固唾を呑んだ。
玉座の存在が、静かに口を開いた。
「……ふん」
それだけだった。
たった一言。
しかし謁見の間に、その一言が重く響いた。
セバチャが深々と頭を下げた。
「カキンオー様は、帝国の誠意を受け取られたと仰せです。返答は追って使者を遣わすとのことです。今日のところはお引き取りを」
ハルトは気づいたら頭を下げていた。
後ずさりで扉まで戻り、廊下に出た瞬間、壁に背中をついた。
息が、できていなかった。
───
謁見の間では。
俺は腕を組んだまま、使者が去った扉を眺めていた。
「ふん」か。
我ながら、悪くなかった。
ゲームの頃に練習した甲斐があった。
恥ずかしいけど。
セバチャが書状を開きながら、静かに言った。
「見事なご対応でございました、カキンオー様」
俺は何も言わなかった。
早く地下に戻りたかった。
「帝国が正式に接触を試みてきたということは、カキンオー様の存在が帝都まで届いたということです。宝箱の件も、おそらく影響しているかと」
セバチャが書状から目を上げた。
「カキンオー様は、最初からこうなることをご存知だったのでしょうか」
俺は答えなかった。
答えようがなかった。
知らなかった。
全部、知らなかった。
セバチャが深く頷いた。
「やはり、そうでしたか」
そうじゃない。
「すべては計算の上だったのですね」
全然違う。
俺は無言のまま踵を返した。
地下に戻ろう。
チェスの駒を片付けたままにしていた。
───
城の廊下でライラとすれ違った。
ライラが目を輝かせた。
「ご主人様、謁見のお姿、遠くから拝見しました……! 本当に、本当に素晴らしくて……!」
俺は黙って通り過ぎた。
ライラが廊下の真ん中で胸を押さえてその場にしゃがみ込んでいたが、振り返らなかった。
───
地下に戻って装備を解除した。
チェス盤を眺めた。
誰かと指せたら、少し面白かったかもしれない。
まあ、いないんだけど。
俺は天井を見上げた。
静かだった。
ただ、少しだけ、静かすぎる気もした。




