3,整理していただけなのに
3,整理していただけなのに
指輪の整理をしようと思ったのは、特に理由がなかった。
ただ、天井を眺めるのに飽きた。
それだけだ。
俺は起き上がり、右手の人差し指の指輪に意識を向けた。
収納リストが脳裏に広がる。
膨大だ。
武器だけでも数十種類。
防具、魔道具、素材、消耗品。
課金の歴史が、そのままリストになっている。
眺めていると、ゲームをやっていた頃のことを思い出した。
───
カキンオーは、ゲームの中のラスボスだった。
正確には、プレイヤーでありながら公式にラスボスと認定された、前代未聞の存在だ。
専用マップと専用の城を与えられ、挑んでくるプレイヤーたちを待ち受けるのが役割だった。
最初は戸惑った。
ラスボスとは何をすればいいのか、まったく分からなかった。
だが、考えてみれば単純な話だった。
プレイヤーが楽しめればいい。
それだけだ。
俺は研究した。
他のゲームのラスボスがどんな台詞を言うか。
どんな登場の仕方をするか。
どんな演出が盛り上がるか。
そして特訓した。
定型文なら言える。
演技なら喋れる。
普段の会話は無理でも、ラスボスムーブは別だ。
「ぐわっはっはっは、愚かな冒険者どもよ」
一人で練習するのは、かなり恥ずかしかった。
だが、プレイヤーたちが城に来るたびに盛り上がっているのを見ると、悪くない気分だった。
宝箱も置いた。
挑んできたプレイヤーへの報酬として、城のあちこちに装備を入れた宝箱を配置した。
プレイヤーたちが宝箱を開けて喜んでいるのを見るのが、意外と好きだった。
誰かが喜ぶのを、遠くから眺めるのは、悪くなかった。
───
俺は収納リストを眺めながら、そんなことを思い出していた。
この世界でも、いらない装備は山ほどある。
置いておいても仕方がない。
どこかに出しておけばいいか。
深く考えなかった。
ゲームの頃と同じように、ただそう思っただけだ。
指輪から木箱を二つ取り出した。
一つに装備を数点入れて、廊下に出て置いておいた。
もう一つは城の外に出て、城門のそばの目立つ場所に置いた。
それだけだ。
用が済んだので地下に戻った。
ラスボス代行がそれを見ていた。
───
城の外に箱が置かれていることに最初に気づいたのは、帝国の偵察兵だった。
二人組の若い兵士が、沼地の外縁から城を観察する任務についていた。
上官からの命令は単純だ。
城の規模と動向を把握して報告せよ。
近づくな。
その命令を、二人はほぼ守っていた。
ほぼ、というのは、城門のそばに見慣れない木箱が置かれているのを発見したからだ。
二人は顔を見合わせた。
「罠か」
「かもしれない」
「でも箱だ」
「箱だな」
しばらく二人は茂みの中から箱を眺めた。
箱は動かない。
何も起きない。
ただそこにある。
「開けてみるか」
「死ぬかもしれない」
「でも箱だ」
結局、じゃんけんで負けた方が恐る恐る近づき、震える手で蓋を開けた。
中を見た。
固まった。
「……おい」
「何だ」
「来い」
もう一人が近づいて中を覗き込んだ。
二人とも、しばらく黙っていた。
箱の中には、剣が一本と、鎧が一式入っていた。
どちらも、見たことのない作りだった。
帝国の宮廷鍛冶師が作るものとも、ファルネイスの職人が作るものとも違う。
剣の刃には、読めない紋様が刻まれていた。
鎧の表面には、光の当たり方によって色が変わるような加工が施されていた。
一人が生唾を飲み込んだ。
「これ、持って帰っていいのか」
「罠かもしれない」
「でも」
「持って帰ろう」
二人は箱ごと抱えて、来た道を引き返した。
早足で、しかし走らないように。
走ったら負けな気がしたからだ。
───
同じ頃、別の方角から城に近づいていた人物がいた。
バイサーヤ教の若い修道士、ノームだ。
任務は情報収集だった。
南の魔王と呼ばれる存在について、教会として把握しておく必要がある。
城門のそばに木箱が置かれているのを見つけた。
ノームは立ち止まった。
城の中から、少し痩せた青年が出てきて箱を置いていったことを見ていた。
ノームは震えた。
あれが、魔王か。
普通の青年に見えた。
だが、それが余計に恐ろしかった。
ノームは手帳に書き殴った。
城の主は、自ら城門を出て何かを置いた。
無言で。
無表情で。
まるで儀式のように。
ノームは手帳を閉じて、神殿への報告書を頭の中で組み立て始めた。
───
夕方、セバチャが地下の扉をノックした。
返事がないまま扉が開く。
「カキンオー様、本日城門付近に置かれた木箱の件ですが」
俺は天井を見たまま動かなかった。
「外の箱は帝国の兵士が持ち去りました」
そうか。
セバチャが一呼吸置いた。
「なぜ今日、城門の外に箱を置かれたのでしょうか」
俺は答えなかった。
整理していただけだ。
それだけだ。
沈黙が続いた。
セバチャが静かに、しかし確信に満ちた声で言った。
「なるほど。誰が持ち去るかを把握することで外の勢力を炙り出す。最小限の行動で最大限の情報を得る、ということですね」
全然違う。
セバチャが深く頭を下げた。
「箱を置くだけで……なんと深謀遠慮な御方か」
俺は何も言わなかった。
ただ天井を見ていた。
一切合切が、全力でズレていた。
───
その夜、帝国の前線基地に一通の報告書が届いた。
内容を読んだ副官が眉をひそめた。
「箱を持ち帰った?」
「はい。中身を添付してあります」
副官が箱の中身を取り出した。
剣を手に取り、刃の紋様を眺めた。
鎧を広げ、加工の細かさを確認した。
長い沈黙があった。
「これを、城の前に置いていたのか」
「はい」
「なぜだ」
「分かりません」
副官がもう一度剣を眺めた。
帝国最高の鍛冶師に作らせた剣より、明らかに上だ。
それを、誰でも持っていけるように城の前に置いていた。
「上に報告しろ」
「何と書きますか」
副官がしばらく考えた。
「南の城の主は、我々の知らない力を持っている。そして、それを惜しげもなく外に出している。理由は不明。以上だ」
───
同じ頃、バイサーヤ教の神殿では。
ノームの報告書を読んだ上級神官が立ち上がった。
「城の主が、自ら外に出て何かを置いた」
「はい」
「無言で」
「はい」
「無表情で」
「はい」
上級神官が窓の外の南の空を見た。
「討伐か、接触か」
誰も答えなかった。
───
地下の自室では。
俺はベッドに寝転がりながら、ぼんやりと考えていた。
ゲームの頃、宝箱を置くとプレイヤーたちが喜んでいた。
この世界でも、誰かが持っていったなら、まあよかったんじゃないか。
そういえば、武器だけじゃなくて回復薬も置いていたな。
あっちの方が喜ばれることもあった。
次は回復薬でも入れておくか。
深く考えるでもなく、そう思った。
それだけだ。
目を閉じた。
静かだった。
それでよかった。




