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カキンオー(課金王)~コミュ障の俺が魔王扱いされ、世界が勝手に震えてる~  作者:


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2/17

2,静かな城の騒がしい一日

 目が覚めた。


 静かすぎる。


 これが俺の地下室。


 うん、悪くない。


 むしろ、これほど心地よい目覚めは生まれて初めてかもしれない。


 病院の天井は、もっと白かった。


 消毒液の匂いが染みついた、均一に明るい白。


 点滴のチューブが腕に刺さって、モニターが規則正しく音を立てて、廊下からは看護師の足音が絶え間なく聞こえてくる。


 静かにしたくても、静かにできない場所だった。


 そんなことを考えていると、控えめなノックの音が響いた。


 返事をしないでいると、扉が静かに開いた。


 セバチャだった。


───


「おはようございます、カキンオー様」


 俺は黙って体を起こした。


「少々、ご報告がございます」


 セバチャが一呼吸置いた。


「食料の備蓄が、残り三日分ほどとなりました」


 俺は無言でセバチャを見た。


「城の転移に際して、備蓄の大半が消費されたようです。早急に補充が必要かと」


 なるほど。


 食料がなければ飯が食えない。


 飯が食えなければ腹が減る。


 腹が減るのは嫌だ。


 だが外に出て人と関わるのも嫌だ。


「ライラが近隣の村への買い出しを申し出ております」


 ああ、それなら話が早い。


 問題は交換するものだ。


 俺は指輪に意識を集中させた。


 収納リストの中で、最も安い部類の短剣を一本引き出す。


 無言でセバチャに差し出した。


 それだけだ。


 それ以上の意図は何もない。


 しかしセバチャがそれを受け取った瞬間、老執事の目つきが変わった。


 短剣を両手で捧げ持ち、刀身を光にかざして、食い入るように見つめている。


 長い沈黙があった。


「……カキンオー様」


 セバチャがゆっくりと顔を上げた。


「これを、ライラに持たせると」


 俺は頷いた。


 それだけだ。


 しかしセバチャは頷かなかった。


 じっと短剣を見つめたまま、何かを考えている。


 その目が、静かに、しかし確実に何かを組み立てていくような光を帯びていた。


 沈黙があった。


「……なるほど」


 セバチャが静かに言った。


「カキンオー様は、わざとこれを選ばれた」


 俺は天井を見た。


 わざと?安いから選んだだけだ。


「なるほど、そういうことですか」


 セバチャが一人で何やら理解した。


「つまりカキンオー様は、村に対して力を測っておられる。この短剣一本への反応を見て、外の世界の水準を把握しようとされているのです」


 違う。


「さらに言えば、これは試金石です。村がこの短剣をどう扱うか。適切に評価するか、あるいは見くびるか。その反応によって、今後の村との関係を決めるおつもりなのでしょう」


 全然違う。


 セバチャが深く、深く頭を下げた。


「御意のままに。ライラに申し伝えます」


 俺は何も言わなかった。


 言える言葉がなかった。


 そもそも、違うと言ったところで、セバチャが信じるかどうかも分からない。


 セバチャが部屋を出ていく背中を見ながら、俺はただ天井を見上げた。


 一切合切が、全力でズレていた。


───


 城門を出るライラを、セバチャが見送った。


「くれぐれも穏便に」


「分かってます」


「カキンオー様の試金石であることを忘れず」


「……試金石?」


「村がその短剣をどう扱うかを観察してください。カキンオー様はそれを知りたがっておられます」


 ライラが首を傾げた。


「でも食料が欲しいだけでは」


「表向きはそうです」


 セバチャが静かに、しかし確信に満ちた声で続けた。


「カキンオー様が、ただ食料のためだけにあれほどのものを渡されるはずがない」


 ライラはしばらく考えてから、深く頷いた。


「さすがカキンオー様……」


 セバチャが静かに息を吐いた。


「……お気をつけて」


 ライラはにこりと笑って、沼地の外へと歩き出した。


───


 北へ向かって半刻ほど歩いたところに、小さな村があった。


 村の入口で、ライラは立ち止まった。


 畑仕事をしていた村人が、見慣れない人影に気づいて手を止める。


「あの、どちら様で」


「こんにちは」


 ライラが深々と頭を下げた。


「南の城からまいりました。食料の買い出しに伺いたいのですが」


 村人の顔が、みるみる強張った。


 南の城。


 一週間前から噂になっている、あの黒い城だ。


「……少々お待ちを」


 村人が早足で村の奥へと消えた。


 ライラは村の入口で、にこにこしながら待った。


───


 しばらくして、村の長老格の老人が数人の村人を連れて現れた。


 老人はライラを頭のてっぺんからつま先まで眺めてから、無表情のまま口を開いた。


「何が要る」


 警戒を隠す気もない、剥き出しの声だった。


 ライラが買い出しのリストを取り出した。


「小麦粉と塩、乾燥豆、干し肉を少々、根菜を幾つか。こちらと交換していただければ」


 ライラが腰の布袋から短剣を取り出した。


 老人がそれを受け取り、ぐるりと眺めた。


 村人たちが後ろから覗き込む。


 使い古した短剣に見えた。


 特別高価そうにも見えない。


 老人が値踏みするように目を細めた。


「これ一本で、そのリストの全部は難しい」


「そうですか」


 ライラが静かに頷いた。


「では交換できるものだけで構いません」


 老人が村人たちと目を合わせた。


 ひそひそと声が交わされる。


 まあ、短剣でも武器には違いない。


 食料ならいくらでもある。


 悪い取引ではないだろう。


「小麦粉ひと袋と塩、乾燥豆少々でどうだ」


 リストの半分にも満たない。


「分かりました」


 ライラがにこりと笑った。


 老人がわずかに眉を上げた。


 値切ると思っていたのか、あるいは怒ると思っていたのか。


 ライラはそのどちらでもなく、ただにこにこしていた。


 そのとき、村人たちの後ろから、子供が一人顔を出した。


 短剣を指差して、母親の袖を引いた。


「ねえ、あれ、すごい。刃のところ、光ってる」


「しっ」


 母親が素早く子供の口を塞いだ。


 老人は何も言わなかった。


 ただ、手の中の短剣を、もう一度だけ静かに眺めた。


 それからライラに向き直り、顎をしゃくった。


「食材を持ってこい」


 村人が渋々と食材を集め始めた。


───


 取引が終わって、ライラが深々と頭を下げた。


「ありがとうございました。また来週伺います」


 老人が素っ気なく顎をしゃくった。


 村人たちは誰も手を振らなかった。


 子供たちは親の陰に隠れたまま、遠巻きにライラを見ていた。


 ライラは振り返らずに歩き続けた。


 その背中は、いつもと変わらず真っ直ぐだった。


───


 城に戻ったライラが地下の扉をノックしたのは、日が傾きかけた頃だった。


 返事がないまま扉が開く。


 ライラが食材の入った籠を抱えて入ってきた。


「ただいま戻りました」


 俺は天井から視線を外して、ライラを見た。


 籠の中身は少なかった。


 短剣一本にしては、明らかに少なかった。


 ライラが籠をテーブルに置いた。


「皆さん、とても慎重な方たちでした」


 一拍置いてから、ライラが続けた。


「カキンオー様」


 俺は天井を見たまま、動かなかった。


「次からは私が何とかします。ご主人様のお手を煩わせません」


 俺は何も言わなかった。


 言えなかった。


 ただ、ライラの声が少しだけ硬かったことは分かった。


 部屋に静かな時間が流れた。


───


夜が更けた頃、城の外で気配がした。


 人間だ。


 一人、沼地の外縁を、慎重な足取りで動いている。


 木々の影から城をじっと観察しているようだった。


 城の範囲内だ。


 俺はそれに気づいていた。


 だが、起き上がる気にはなれなかった。


 面倒だった。


 俺は目を閉じた。


───


 その男、ゴルドは茂みの影から城を見つめていた。


 依頼は単純だった。


 昨日逃げた自分を情けなく思った元締めのバッハが、もう一度だけ確認してこいと言った。


 遠目に見るだけでいい。


 城があるかどうかだけ確認すればいい。


 そう言われて来たはいいが、城は確かにそこにあった。


 黒く、巨大に、沼地の中央に鎮座していた。


 ゴルドが踵を返そうとしたとき、気がついた。


 いつから、そこにいたのか。


 城門のそばに、人影があった。


 白いエプロンを纏った、女性だ。


 動いていない。


 音もない。


 ただ、こちらを見ている。


 暗闇の中でなぜかはっきりと表情が見えた。


 笑っていた。


 最初から、ずっと笑っていたのかもしれない。


 ゴルドは自分が息をしていないことに気づいた。


 いつから止まっていたのかは、分からなかった。


 声も出ないまま、来た道を全力で引き返した。


 翌朝、報告書にはこう書かれていた。


「城は実在する。近づくな。以上」



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