48,準備
セバチャが地図を広げていた。
レリスが隣でじっと地図を見ていた。
「近隣の村には、残念ながら学校がありません」
「ない?」
「はい。学校があるのは帝都か、ファルネイスになります」
レリスが地図を見た。
城から遠かった。
「とおい?」
「遠いです。通いは難しい距離です」
レリスが少し黙った。
「つまり、そこに住むことになります」
レリスがセバチャを見た。
「おしろにかえってこれない?」
「定期的には帰れます。ただ、毎日は難しい」
レリスがまた黙った。
ライラがレリスの隣に座った。
「レリス、どうしますか」
レリスが膝の上で手を握った。
しばらく黙っていた。
「おじさんと、はなれる?」
「そうなります」
「ライラとも?」
「はい」
「タルドとも?」
「はい」
レリスが下を向いた。
目が少し赤くなっていた。
「アモンとも?」
廊下の隅から声がした。
「俺は関係ないチュ」
レリスが顔を上げた。
「アモンも会えなくなる」
「関係ないチュ」
「うそだ」
「うそじゃないチュ」
レリスがまた下を向いた。
しばらく誰も喋らなかった。
扉がノックされた。
返事がないまま開いた。
カキンオーだった。
全員がカキンオーを見た。
カキンオーがレリスを見た。
レリスがカキンオーを見た。
目が赤かった。
カキンオーがレリスの前にしゃがんだ。
レリスと目線を合わせた。
しばらく二人が向かい合っていた。
カキンオーが小さく言った。
「行け」
レリスが少し止まった。
「いいの?」
カキンオーが頷いた。
「でも、さみしい」
カキンオーは答えなかった。
でも、レリスの頭に手を置いた。
ライラが静かに言った。
「レリス」
レリスがライラを見た。
「嫌になったら、いつでも帰ってきてください。この城は、いつでもレリスの場所ですから」
レリスの目から、涙がこぼれた。
「うん」
「カキンオー様も、そう思っておられます」
カキンオーが頷いた。
レリスが頷いた。
「わかった。いく」
カキンオーが立ち上がった。
扉に向かった。
「おじさん」
振り返った。
「ありがとう」
カキンオーは何も言わなかった。
扉が閉まった。
ライラが袖で目を拭っていた。
セバチャも少し目を細めていた。
アモンが廊下の隅で欠伸をした。
「うるさいチュ」
誰も何も言わなかった。
───
地下の作業場で。
カキンオーはレリスに渡す装備品を考えていた。
課金アイテムは、譲渡不可な物も多い。
まず、頭部防御のある眼鏡を取り出した。
指輪の中にあった装備品だ。
防御力は高い。
見た目も、子供が使えるくらいの大きさだ。
次に、防御力特化の首飾り。
各種耐性のブレスレットと指輪。
毒無効。
睡眠無効。
麻痺無効。
即死無効。
一通り揃えた。
最後に武器だ。
カキンオーは指輪の中の武器リストを確認した。
問題があった。
指輪の中にある武器は、すべて規格外の威力だ。
レリスが使えば、相手を即死させてしまう。
手加減ができる武器がない。
ならば、作るか。
死なない程度に感電する武器。
短い棒状のもの。
伸縮式にすれば、持ち運びにも便利だ。
シャキーンと伸びるやつ。
ただ、付与が問題だった。
感電の強さを調整する付与が必要だが、強すぎても弱すぎてもいけない。
今の自分の付与の精度では、調整が難しかった。
強すぎれば即死させてしまう。
弱すぎれば意味がない。
もう少し付与の制御を練習する必要がある。
カキンオーは棒の形だけ作った。
感電の付与は、まだできない。
春までには仕上げよう。
そう思った。
───
執務室で、セバチャが書類を広げていた。
ライラが向かいに座っていた。
「行き先は帝都かファルネイスか、どちらがよいでしょうか」
「学校の質と、住む場所の安全性で判断すべきかと」
「帝都はモブテキ陛下との関係がありますから、保護は受けやすいですね」
「ただ、帝国はバイサーヤ教との一件で不安定な部分もあります」
「ファルネイスは商業都市ですから、子供の教育環境は整っているかもしれません」
「ただ、ザガンの件がありますから」
二人が少し黙った。
「両方の情報を集めてから決めましょう」
セバチャが頷いた。
「今は冬が近い。雪が降り始めれば街道も難しくなります」
「では春に出発ということでしょうか」
「それが現実的かと思います。その間に学校の情報、住む場所、護衛の手配を整えます」
ライラが頷いた。
「レリスには、春になったら行くと伝えましょう」
「それがよいですね」
───
廊下で、ライラがレリスに伝えた。
「春になったら出発します。それまでに準備を整えます」
「はる?」
「もう少し先です。冬が終わったら」
レリスが少し考えた。
「ふゆのあとがはる?」
「そうです」
「ふゆって、どのくらい?」
「四ヶ月くらいです」
レリスが指を折り始めた。
四本折った。
「みっつしかない」
「四つです」
「よっつ?」
「はい」
レリスがまた指を折った。
「わかった。はるにいく」
「その間に、お勉強もしておきましょう。読み書きも少し覚えておいた方がいいです」
レリスが頷いた。
「ライラがおしえてくれる?」
「もちろんです」
「おじさんにもてがみかけるようになる?」
「なれます」
レリスが嬉しそうにした。
「やった! おじさんにかく!」
───
その夜、カキンオーは作業台に向かっていた。
付与の制御の練習をしていた。
強さを細かく調整できるようになれば、感電棒を仕上げられる。
春までには間に合わせよう。
金属に意識を向けた。
流れを作った。
少し強く。
少し弱く。
調整する。
まだ難しかった。
でも、感覚が少しずつ掴めてきた気がした。
静かだった。
廊下から、レリスの声が聞こえた。
「ライラ、あいうえお、つぎは?」
「あいうえお、かきくけこ、です」
「かきくけこ!」
「はい。もう一度」
「かきくけこ!」
カキンオーは金属を叩いた。
静かじゃなかった。
でも、悪くなかった。




