47,すれ違い
朝、ユキナは城内をうろついていた。
城に来て、何日が経っただろうか。
カキンオーには、まだ会えていない。
ラスボス代行は何度か見た。
ライラには毎日阻まれた。
レリスとは仲良くなった。
アモンには嫌われた。
タルドとミナとは普通に話せるようになった。
セバチャとは、まだ少し距離がある。
カキンオーだけが、会えない。
ユキナは廊下を歩きながら、ため息をついた。
会えないのに、居心地は悪くなかった。
城の飯はうまいし、部屋は静かだし、レリスは可愛い。
カキンオーが作った城だからかもしれない。
あの人らしい空間だと思った。
───
広間で、レリスがユキナの隣に座っていた。
二人で窓の外を眺めていた。
「ユキナ、いくつ?」
「二十五」
「ふーん」
レリスが少し考えた。
「レリスは五つ」
「そうか。大きくなったらどうしたい?」
「おじさんのおしろにいる!」
「ずっと城にいるの?」
「うん!」
ユキナが少し笑った。
「学校とか、行かないの?」
レリスが首を傾げた。
「がっこう?」
「勉強したり、友達と遊んだりするところ」
「ともだちと?」
「同じくらいの年の子がいっぱいいてさ、一緒に色々学ぶんだよ」
レリスが目を輝かせた。
「いきたい!!」
「そうだよね、行った方がいいと思う」
「おじさんにきく!」
レリスが立ち上がった。
「ちょっと待って、まず大人に相談した方が」
レリスがすでに走り出していた。
「おじさーん!!」
ユキナが苦笑いした。
まあ、いいか。
───
地下への石段の前で。
レリスがライラに捕まっていた。
「がっこうにいきたい!」
「学校、ですか」
「ユキナがおしえてくれた! ともだちがいっぱいできるって!」
ライラがユキナを見た。
ユキナが少し目を逸らした。
「カキンオー様に、ですか」
「おじさんにきく!」
「後でセバチャと相談しましょう」
「いまきく!」
「後で」
「いま!」
ライラが深呼吸をした。
「分かりました。セバチャを呼びます」
───
執務室で、セバチャが話を聞いた。
レリスが学校に行きたいと言っている。
セバチャはしばらく考えた。
レリスはこの城の者だ。
法的にも、カキンオー様の城に属している。
外に出ること自体は問題ない。
ただ、近隣の村に学校があるかどうか。
身元をどう説明するか。
護衛をどうするか。
問題は山積みだった。
「カキンオー様にご相談します」
「おじさんはいいっていう!」
「レリス様、まずは私からご説明します」
「いいっていう!」
「レリス様」
「ぜったいいいっていう!」
セバチャが静かに息を吐いた。
───
地下の扉をセバチャがノックした。
「カキンオー様、レリスの件でご相談があります」
返事がないまま扉が開いた。
セバチャが説明した。
レリスが学校に行きたいと言っている。
護衛と身元の問題がある。
カキンオーはしばらく黙っていた。
レリスが学校か。
まあ、行けるなら行った方がいいかもしれない。
あの子は城の外をほとんど知らない。
小さく頷いた。
セバチャが深く頭を下げた。
「御意のままに。詳細は詰めます」
扉が閉まった。
廊下でレリスの歓声が聞こえた。
「やったー!!」
カキンオーは作業台に向かった。
まあ、よかった。
そう思った。
───
同じ頃、城門に来訪者があった。
タルドが出迎えた。
五十代の男だった。
大きな体に、鍛冶師らしい厚い手をしていた。
腰に工具を下げていた。
目が鋭かった。
「謁見の申請をしたい。ガドラという」
タルドが少し止まった。
ガドラ。
聞いたことがある名前だった。
帝国で一番有名な鍛冶師だ。
皇帝の武器も作ったと言われている。
「少々お待ちください」
───
セバチャがガドラと応接室で向かい合った。
「謁見のご用件は」
ガドラが懐から剣を取り出した。
テーブルに置いた。
見覚えのある剣だった。
タルドが売った剣だった。
「これを作った者に会いたい」
セバチャが剣を見た。
「この剣がどこから来たか調べた。帝国の買取屋から始まって、三人の手を経て俺のところに来た」
「なるほど」
「俺は帝国で四十年鍛冶をやってる。皇帝の剣も作った。それでも、これほどの付与は再現できない」
ガドラが剣を手に取った。
「誰が作ったのか教えてくれ」
セバチャが少し間を置いた。
「カキンオー様にお取り次ぎします。少々お待ちください」
───
地下の扉をセバチャがノックした。
「カキンオー様、帝国の著名な鍛冶師ガドラという方が謁見を求めています。カキンオー様が作られた剣について、直接お話ししたいとのことです」
沈黙があった。
鍛冶師か。
まあ、断る理由もない。
小さく頷いた。
「装備は不要かと思われますが」
カキンオーが少し考えた。
また頷いた。
装備なしで行くか。
鍛冶師相手なら、そういう装備にするか。
───
応接室に、カキンオーが入ってきた。
作業着のような服を着た痩せた青年だった。
ガドラが立ち上がった。
青年を見た。
しばらく黙っていた。
「あなたが、カキンオー様か」
カキンオーが頷いた。
「この剣を作ったのか」
また頷いた。
「他にもあるのならもう一本、見せてもらえるか」
カキンオーが少し考えた。
指輪から今日作りかけの剣を取り出した。
ガドラが受け取った。
眺めた。
刃を光にかざした。
溝の入り方を確認した。
重さを確かめた。
長い沈黙があった。
「独学か」
カキンオーが頷いた。
「どこかで習ったわけじゃないんだな」
また頷いた。
ガドラが剣を返した。
「技術的には俺に教えられることはあるな」
カキンオーが少し止まった。
「ただ」
ガドラが続けた。
「一つ聞いていいか」
カキンオーが頷いた。
「付与の感覚は、どうやって掴んだ」
カキンオーはしばらく考えた。
どう説明すればいいか分からなかった。
でも、鍛冶師相手なら伝わるかもしれない。
指輪から紙と炭を取り出した。
剣を書き、矢印で流れのイメージを書く。
ガドラが受け取った。
読んだ。
しばらく黙っていた。
「流れ、か」
また黙った。
「俺は四十年、形のイメージで叩いてきた」
カキンオーは何も言わなかった。
「流れか」
ガドラが立ち上がった。
「邪魔したな。また来てもいいか」
カキンオーが小さく頷いた。
ガドラが深く頭を下げた。
「ありがとう」
ガドラが応接室を出た。
廊下を歩きながら、小さく呟いた。
「流れ、か」
───
夕方、ユキナが広間から出てきたところだった。
廊下の奥に、人影があった。
痩せた青年が、石段に向かって歩いていた。
ユキナが止まった。
カキンオーだった。
いつもと違う服装だが間違いない。
ユキナは走り出した。
「ちょっと待って」
声が出なかった。
出たが、届かなかった。
廊下が長かった。
カキンオーは気づかなかった。
ただ歩いて、石段を降り始めていた。
ユキナが石段の前に着いた時。
扉が、静かに閉まるところだった。
ユキナは扉に手をかけた。
動かなかった。
鍵がかかっていた。
ユキナは扉を見た。
ライラはいなかった。
頼める人間もいなかった。
この扉は、カキンオーが開けない限り開かない。
ユキナはしばらく扉の前に立っていた。
それから、小さく言った。
「田中君」
廊下に、その声だけが残った。
誰も聞いていなかった。
ユキナは扉に額をつけた。
しばらくそのままでいた。
それから、静かに離れた。
廊下を歩いて、自分の部屋に戻った。
───
地下では。
カキンオーが作業台に戻っていた。
ガドラとの話を思い返した。
流れのイメージ、か。
伝わったかどうか分からなかった。
でも、あの鍛冶師の目が変わった気がした。
悪くなかった。
金属を手に取った。
静かだった。
廊下の奥で、誰かが扉に額をつけていたことを、カキンオーは知らなかった。




