46,それぞれの朝
朝、作業場で二本目の付与剣が完成した。
今度は氷の付与だ。
刃に触れると、指先がひやりとした。
悪くない。
前回より定着が安定していた。
カキンオーは剣を眺めた。
一本目は誰かに渡そうと思ったまま、まだ渡せていなかった。
タルドに渡すか。
まあ、後で考えよう。
そう思っていると、扉がノックされた。
返事をしないでいると、扉が開いた。
タルドだった。
「カキンオー様、おはようございます。あの」
タルドが少し言いにくそうにした。
「昨日完成した剣なんですが、もし良ければいただけますか」
カキンオーが頷いた。
一本目の剣を差し出した。
タルドが両手で受け取った。
「ありがとうございます」
タルドが少し間を置いた。
「あの、一つ聞いてもいいですか」
カキンオーが頷いた。
「この剣、売ってもいいですか」
カキンオーが少し止まった。
「ライラさんが金策で大変そうで。カキンオー様が作られた剣なら、かなりの値がつくと思うんです。もし嫌でしたら」
カキンオーはしばらく考えた。
自分で作った剣だ。
愛着がないと言えば嘘になる。
でも、使う人間がいた方がいい気もする。
それに、ライラが大変なら。
小さく頷いた。
タルドが頭を下げた。
「ありがとうございます。大切に売ってきます」
カキンオーは少し止まった。
大切に売る、というのがよく分からなかったが、まあいいか。
タルドが出ていった。
───
城内では。
ユキナが廊下をうろうろしていた。
朝食を食べてから、することがなかった。
カキンオーに会いたかった。
でも地下への石段には、昨日ライラに阻まれた。
今日も同じだろうと思いながら、とりあえず城内を歩いた。
廊下の角を曲がったところで、小さな女の子と鉢合わせた。
「だれ!」
レリスだった。
「ユキナ。昨日から泊まってる」
「しってる!」
「そっか。君は?」
「レリス!」
「かわいい名前だね」
レリスがユキナをじっと見た。
「ユキナ、おじさんのこと好きなの?」
ユキナが少し止まった。
「なんで分かるの」
「アモンがいってた」
「アモン?」
「ネズミ」
「ネズミが?」
「しゃべるネズミ」
ユキナが少し考えた。
「もしかして魔物融合系?」
「まおうゆうごう?」
「違う違う、魔物と何かを合わせて作るやつ」
「わかんない」
「そういうゲームシステムがあってさ」
「ゲーム?」
「あー、説明難しいな」
レリスが首を傾げた。
「ユキナ、なにいってるの」
「いや、そのネズミが何者か気になって」
「アモンだよ」
「アモンっていうのか」
「うん。ともだち」
そのとき、廊下の隅から声がした。
「友達じゃないチュ」
ユキナが振り返った。
小さなネズミがいた。
黒い毛並みで、赤い目をしていた。
「しゃべった」
「しゃべってるチュ」
ユキナがしゃがんでアモンに目線を合わせた。
じっと見た。
「やっぱり魔物融合だ」
「なんで分かるチュ」
「なんとなく。目が普通じゃないし、気配が違う」
アモンが少し止まった。
「鋭いチュ」
「何と何を融合したの?」
「教えないチュ」
「悪魔系?」
アモンが少し間を置いた。
「近づくなチュ」
「正解っぽい反応だ」
「近づくなチュ」
「怖くないよ」
「嫌いチュ」
レリスがアモンを見た。
「アモン、なんでいじわるするの」
「いじわるじゃないチュ。嫌いなだけチュ」
「おんなじじゃん」
「違うチュ」
ユキナが立ち上がった。
アモンをもう一度見た。
「計算高いやつは嫌いチュ」
ユキナが少し止まった。
「計算高い? 私が?」
「そうチュ」
「初対面でよく言うね」
「事実チュ」
ユキナがしばらくアモンを見ていた。
それから、笑った。
「まあ、否定はしないけど」
アモンが欠伸をした。
「正直なのは嫌いじゃないチュ。でもやっぱり嫌いチュ」
「意味分かんない」
「うるさいチュ」
レリスがユキナの手を引いた。
「ユキナ、いっしょにきて」
「どこに?」
「おじさんのさぎょうば!」
「行く行く!」
レリスが走り出した。
ユキナがついていった。
二人が角を曲がった先で、ライラの声がした。
「レリス、作業場はいけません」
「えー!」
「カキンオー様のお邪魔になります」
「ユキナもいるから平気!」
「余計に駄目です」
ユキナが苦笑いした。
アモンが廊下の隅から二人を見送った。
やっぱり嫌いチュ。
そう思った。
───
地下への石段の前で。
ユキナがライラと向かい合っていた。
今日も来ていた。
「カキンオーさんに会わせてください」
「カキンオー様は作業中です」
「少しだけでいいです」
「作業の邪魔はできません」
「五分でいいです」
「できません」
「一分」
「できません」
「三十秒」
「できません」
ユキナが腕を組んだ。
ライラが微笑んだ。
二人が向かい合っていた。
「ねえ」
「はい」
「あなた、私のこと嫌いでしょ」
「いいえ」
「また嘘くさい」
「事実です」
「じゃあなんで通してくれないの」
「カキンオー様が作業中だからです」
「カキンオーさんが自分で断ったわけじゃないでしょ」
ライラが少し間を置いた。
「カキンオー様のご意向に沿って動いております」
「ご意向って、カキンオーさんに聞いたの?」
「聞かなくても分かります」
ユキナが少し笑った。
「カキンオーさんのこと、よく知ってるつもりなんだ」
「つもりではありません」
「私の方が長く知ってるけど」
ライラの笑顔が、少しだけ固くなった。
「そうですか」
「ゲームの頃から知ってるから」
「存じております」
「それより前から知ってるけど」
ライラがもう少し固くなった。
「そうですか」
「ゲームより前から」
「存じております」
ユキナがライラをじっと見た。
ライラがユキナをじっと見た。
二人の間に、静かな時間が流れた。
「あなた」
「はい」
「カキンオーさんのこと、どれくらい好き?」
ライラが深く頭を下げた。
「お夕食は七時にお部屋にお持ちします」
「答えてよ」
「七時にお持ちします」
ライラが踵を返した。
廊下を歩いていった。
ユキナはその背中を見ていた。
それから、石段を見た。
ため息をついた。
「強いな、あの人」
───
同じ頃、東の森の奥で。
シルネアが木の上から下を見ていた。
木の根元に、カイトが座っていた。
「なんでここに来たの」
「特に理由はない」
シルネアが欠伸をした。
「城に帰らないの?」
「まだ帰れない」
「カキンオーは待ってると思うけど」
「知ってる」
しばらく沈黙があった。
「少しだけ、ここにいていいか」
「いいよ」
シルネアが木の枝に寝転んだ。
「面白い話を聞かせてね。暇だから」
カイトが南の方角を見た。
遠く、沼地の向こうに、黒い城があるはずだった。
今は見えなかった。
でも、あそこにいる。
カイトは視線を戻した。
「あいつ、叫んでたよ。俺の名前を」
「見てたよ」
「あいつが叫ぶの、初めて見た」
「私もそうだよ」
森に風が吹いた。
カイトが黙った。
シルネアも黙った。
それで十分だった。
───
街の買取屋では。
タルドが剣を差し出していた。
店主が受け取った。
眺めた。
振った。
刃を光にかざした。
長い沈黙があった。
「これ、どこで手に入れた」
「城で作ったものです」
「城って、南の黒い城か」
「はい」
店主がまた剣を眺めた。
「付与されてる」
「はい」
「こんな付与、見たことない」
「そうですか」
「値がつけられない」
タルドが少し困った顔をした。
「値がつけられないというのは」
「高すぎて相場が分からないという意味だ」
店主が剣を両手で持ち直した。
「これ、城の主が作ったのか」
「はい」
店主がしばらく黙っていた。
「買い取る。ただし値段は後で決めさせてくれ。同業者に聞いてから」
「分かりました」
タルドが店を出た。
店主は剣をしばらく眺めた。
それから、奥に走り込んだ。
「おい、これ見てくれ。南の城の主が作ったらしい」
奥から別の声がした。
「なんだそれ」
「見れば分かる」
しばらくして、感嘆の声が上がった。
その日の夜、街の鍛冶師たちの間で、南の城の剣の話が広まり始めた。
───
城の地下では。
カキンオーが三本目の剣に取り組んでいた。
上の階から、ユキナとライラの声が聞こえた。
何を話しているかは分からなかった。
でも、なんとなく、ぴりぴりした空気が伝わってきた気がした。
カキンオーは金属を叩いた。
静かじゃなかった。
全然静かじゃなかった。
まあ、仕方ない。
そう思った。
思ったが、少し気になった。
気になっただけで、上には行かなかった。




