44,ユキナという存在
朝、作業場で付与の練習を再開していた。
少し鈍くなっていた感覚が、徐々に戻ってきた。
やはり毎日続けることが大事らしい。
金属に意識を向けた。
流れを作った。
火の属性が、剣の刃に定着した。
悪くない。
カキンオーは剣を眺めながら、ぼんやり考えた。
ユキナが帝国にいる。
いずれ接触してくるかもしれない。
考えたくなかったが、考えざるを得なかった。
───
ユキナとの最初の出会いは、ゲームを始めてしばらく経った頃だった。
ソロで狩りをしていると、チャットが来た。
「ねえねえ、その装備どこで手に入れたの? 一本くれない?」
無視した。
また来た。
「課金したの? かぶってるやつとかない?」
無視した。
直接近づいてきた。
ゲームの中で、目の前に現れた。
「ちょっと待ってよ、一本でいいから」
無言でその場を離れた。
ついてきた。
ログアウトした。
次にログインすると、いた。
「あ、いたいた。昨日の話の続きなんだけど」
それが始まりだった。
最初は、良い装備を持つ課金プレイヤーにたかる、よくいるタイプだと思っていた。
しかしそのうち、物をくれとは言わなくなった。
ただ来るだけになった。
返事がなくても、来た。
無視しても、来た。
何週間経っても、来た。
カキンオーがラスボス認定されてからも、来た。
ユキナが来るたびにラスボス代行と入れ替わるようにした。
しかしユキナは、ラスボス代行が出てきても構わず話し続けた。
無言のラスボス代行に向かって、一人で喋り続けた。
何十回倒されても、また来た。
カキンオーはその様子を、別室でずっと見ていた。
こいつは何なんだ、と思っていた。
疲れた、とも思っていた。
ゲームの中でこれほど消耗したことは、なかった。
そういえば、途中から物をくれとは全く言わなくなった。
なぜあんなにしつこかったのか。
今でも分からない。
まあ、いい。
来たら、ラスボス代行に任せよう。
それだけ決めていれば十分だ。
会わなければいい。
会いたくない。
カキンオーは剣を磨いた。
静かだった。
───
台所では。
ライラがレリスと一緒に昼食の準備をしていた。
レリスが野菜を洗いながら言った。
「ねえ、ゆきなってだれ」
ライラが少し止まった。
「どこで聞きましたか」
「アモンがいってた」
ライラが包丁を置いた。
「アモンが何と言っていましたか」
「カキンオーおじさんが知ってるひとだって。おじさんの元の世界のひとだってチュ」
ライラは黙って野菜を切り始めた。
「それで?」
「おじさんが叫んで洗脳がとけたんだって。ゆきなの」
ライラの手が、少し止まった。
「そうですか」
「しってた?」
「知りませんでした」
レリスが首を傾げた。
「ライラ、どうしたの。かおがへん」
「何でもないです」
「へんだよ」
「何でもないです」
ライラが鍋をかき混ぜた。
少し強めにかき混ぜた。
カキンオー様が叫んだ。
ユキナという女性のために。
元の世界で知っていた人のために。
ライラは鍋をかき混ぜ続けた。
「ライラ?」
「何でもないです」
「ほんとに?」
「本当に何でもないです」
レリスがライラの顔をじっと見た。
「なんかおこってる?」
「怒っていません」
「かなしい?」
「悲しくもないです」
レリスがしばらく考えた。
「じゃあなんで」
「何でもないと言っています」
ライラが微笑んだ。
いつもの笑顔だった。
ただ、少しだけ、目が笑っていなかった。
レリスはそれ以上聞かなかった。
なんとなく、聞いてはいけない気がした。
ライラが静かに言った。
「レリス、野菜の続きをお願いします」
「うん」
台所に、鍋をかき混ぜる音だけが響いた。
───
同じ頃、帝国の宮殿の一室で。
ユキナは窓の外を見ていた。
帝国の兵士に保護されて、三日が経っていた。
モブテキが一度面会に来た。
「安静にしていてくれ。体が回復したら話を聞かせてほしい」
それだけ言って、去った。
悪い人ではなさそうだった。
ユキナは窓の外の南の空を見た。
南に、黒い城があるらしい。
カキンオーの城が。
ユキナは少し笑った。
この世界にも来てたんだ、あの人。
また会える。
ユキナは立ち上がった。
体はもう回復していた。
魔力もほとんど戻っていた。
帝国の人に話を聞かせた後、南に行こう。
南の城に行こう。
カキンオーに会いに行こう。
ユキナは南の空を見つめた。
笑顔だった。
───
城の地下では。
カキンオーが剣を磨いていた。
嫌な予感が、まだしていた。




