43,嵐の後
翌朝、城は静かだった。
いつもの静けさだった。
カキンオーは作業場で金属を磨いていた。
昨日の疲れは、一晩でほとんど抜けていた。
体は頑丈にできているらしい。
金属を磨きながら、ぼんやり考えた。
付与の感覚は、城を出る前よりも少し鈍くなっていた。
数日練習を休んだせいだろう。
また最初からやり直すほどではないが、取り戻すのに時間がかかりそうだ。
まあ、焦らなくていい。
時間はある。
金属を磨いた。
静かだった。
───
廊下では。
レリスがアモンの後をついて歩いていた。
「アモン、きのうどこいってたの」
「北チュ」
「おじさんといっしょに?」
「まあチュ」
「なにしてたの」
「色々チュ」
レリスが少し考えた。
「たたかったの?」
「まあチュ」
「つかれた?」
アモンが少し間を置いた。
「少しチュ」
「だいじょうぶ?」
「うるさいチュ」
レリスが笑った。
「だいじょうぶなんだね」
アモンが欠伸をした。
「心配するなチュ」
「ともだちだから心配」
「うるさいチュ」
アモンが歩き続けた。
レリスがついていった。
───
執務室では。
セバチャが書類を広げていた。
帝国からの報告。
共和国の動き。
バイサーヤ教の現状。
様々な情報が集まっていたが、肝心なことが分からなかった。
カキンオー様が北でどう動かれたか。
何があったか。
カイト様はどこへ行ったか。
セバチャは地下の扉をノックした。
返事がないまま扉が開いた。
「カキンオー様、先日の件について伺えますか」
カキンオーが顔を上げた。
「カイト様は今どちらに」
カキンオーが首を横に振った。
「バイサーヤ教との戦闘の詳細は」
カキンオーが小さく頷いた。
「頷かれても」
カキンオーは作業台に視線を戻した。
セバチャが少し間を置いた。
「アモンは何か知っていますか」
廊下の奥から声がした。
「うるさいチュ」
セバチャが静かに息を吐いた。
しばらく扉の前に立っていた。
カキンオーは金属を磨き続けていた。
「……分かりました。自分で調べます」
扉が閉まった。
───
セバチャが執務室に戻った。
椅子に座った。
羽根ペンを取り出した。
情報収集の手順を書き始めた。
帝国の兵士たちへの聞き込み。
街道沿いの住民の証言。
バイサーヤ教の動向確認。
ユキナという人物の身元調査。
順番に当たれば、だいたいのことは分かるはずだ。
───
夕方、帝国からの情報が届いた。
街道での戦闘の概要。
兵士たちの証言。
南の魔王が二人の勇者と戦った。
片方の洗脳が解けた。
もう片方は逃走した。
そして南の魔王が叫んだ。
カイト様の名前を呼んで、叫んだ。
セバチャはそこで一度ペンを止めた。
カキンオー様が、叫ばれた。
あのカキンオー様が。
セバチャはしばらく天井を見た。
整理しなければならない。
まず、カキンオー様は一人で城を出られた。
誰にも言わずに。
次に、二人の勇者と単独で戦われた。
そして叫ばれた。
カイト様の名を。
結果、ユキナという人物の洗脳が解けた。
ユキナは極大魔法でバイサーヤ教とファルネイスの前衛を壊滅させた。
そしてカイト様は逃げた。
セバチャはここで大きく頷いた。
待て。
カイト様の洗脳も、揺れていたはずだ。
しかしカイト様は逃げた。
洗脳が解けたのに、逃げた。
なぜか。
解けていなかったから逃げた?
いや、兵士の証言によれば、カイト様の目に一瞬感情が戻っていた。
つまり、ある程度は解けていた。
それでも逃げた。
なぜか。
セバチャは静かに考えた。
カイト様はバイサーヤ教の内部にいた。
洗脳されている間に、様々な情報を得ていたはずだ。
儀式の詳細、神官たちの計画、内部の構造。
そしてカイト様は今、その情報を持ったまま行方不明だ。
つまり。
カイト様はわざと逃げたのだ。
情報を持ち帰るために。
表向きは逃走、実態は潜入工作。
カキンオー様はそれを見越して、カイト様の洗脳を完全に解かなかった。
完全に解いてしまえば、カイト様が潜入工作員として動けなくなるから。
中途半端に揺さぶることで、カイト様が自分の意思で動ける状態を作った。
そしてユキナを使ってバイサーヤ教とファルネイスの戦力を壊滅させた。
一夜にして、二つの勢力がガタ落ちになった。
はからずとも、大陸の勢力図が塗り変わった。
まさか、ここまで読んでおられたとは。
セバチャは羽根ペンを置いた。
そして静かに、もう一段深く考えた。
フロストスは撃退された。
シルネアは定期的に情報を持ってくる。
帝国は「いつでも来るがいい」という一言で恭順した。
バイサーヤ教とファルネイスは壊滅した。
ホノボーノン教は動けない。
カイト様は潜入工作員として動いている。
つまり。
大陸の支配は、すでに完成しているのではないか。
カキンオー様は何もしていないように見えて、すべてを掌握しておられる。
戦わずして、大陸を手中に収めておられる。
もはや魔王などという器ではない。
セバチャは震える手で羽根ペンを走らせた。
なんと深謀遠慮な御方か。
なんと恐ろしい御方か。
報告書の末尾に、震える手で支配完了と書き添えた。
一切合切が、全力でズレていた。
───
夜、カキンオーはベッドに横になっていた。
天井を見ていた。
静かだった。
ユキナ。
帝国が保護しているらしい。
ユキナは、ゲームの頃からカキンオーを知っていた。
知っていた、どころか。
カキンオーは少し目を閉じた。
あいつは、ゲームの頃からずっとカキンオーにつきまとっていた。
何度ログアウトしても、次にログインすると現れた。
城に何度も挑みに来た。
負けても、また来た。
また負けても、また来た。
カキンオーは当時、かなり消耗していた。
そういうやつだった。
カキンオーは天井を見た。
会いたくない。
心の底から、そう思った。
でも、帝国が保護しているとなれば、いずれ接触してくるかもしれない。
「いつでも来るがいい」と言ってしまった。
あれは帝国に向けた言葉だったが、ユキナにも届いているかもしれない。
カキンオーは目を閉じた。
静かだった。
嫌な予感がした。




