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カキンオー(課金王)~コミュ障の俺が魔王扱いされ、世界が勝手に震えてる~  作者:


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42/73

42,ただいま

 南への街道は、長かった。


 カキンオーは黙って歩き続けた。


 手のひらにアモンが乗っていた。


 まだ寝ていた。


 時々、小さな寝言が聞こえた。


「うるさいチュ」とか「面白いチュ」とか。


 寝言でも口調が変わらなかった。


 カキンオーは揺らさないように歩いた。


 日が傾いてきた。


 沼地が見えてきた。


 城が見えてきた。


 黒い城壁が、夕暮れの空に浮かんでいた。


 カキンオーは少し止まった。


 城を見上げた。


 また歩き始めた。


───


 城門の前で、ライラが待っていた。


 タルドも立っていた。


 セバチャも立っていた。


 レリスも立っていた。


 全員が南の街道を見ていた。


 タルドが最初に気づいた。


「来ました」


 全員が一斉に見た。


 黒いローブを纏った、痩せた青年が歩いてきた。


 片手に何かを乗せていた。


 ライラが城門を開けた。


 走り出しかけた。


 セバチャがライラの肩に手を置いた。


「落ち着いて」


 ライラが止まった。


 深呼吸をした。


 一回。


 二回。


 三回。


 足が震えていた。


 カキンオーが城門の前まで来た。


 全員がカキンオーを見た。


 カキンオーが全員を見た。


 沈黙があった。


 レリスが走り出した。


「おじさん!!」


 カキンオーの腰に飛びついた。


 カキンオーが少しよろけた。


 アモンを乗せた手を高く上げて、バランスを取った。


「おじさん、どこいってたの!」


 カキンオーは答えなかった。


 でも、空いている方の手で、レリスの頭を一度だけ撫でた。


 レリスがカキンオーの顔を見上げた。


「かえってきた?」


 カキンオーが小さく頷いた。


「よかった」


 レリスが腰にしがみついたまま離れなかった。


───


 ライラが前に出た。


 目が赤かった。


 でも、笑っていた。


「お帰りなさいませ、カキンオー様」


 カキンオーは頷いた。


 ライラは一歩近づいた。


 カキンオーの顔を見た。


 傷はなかった。


 疲れた顔をしていたが、無事だった。


 ライラはもう一歩近づいた。


 それから、深く頭を下げた。


 頭を下げたまま、しばらく動かなかった。


 声が震えていた。


「ご無事で、本当によかったです」


 カキンオーは何も言わなかった。


 ライラが顔を上げた。


 目に涙が浮かんでいた。


 こぼれなかった。


 こぼれないように、笑っていた。


「お腹が空いたでしょう。すぐにお食事の準備をします」


 カキンオーが小さく頷いた。


 ライラが踵を返して城の中に走り込んだ。


 走りながら、袖で目を拭っていた。


 タルドがそれを見て、小さく息を吐いた。


 セバチャが深く頭を下げた。


「ご無事で何よりです。詳しいお話は後日改めて伺います」


 カキンオーが頷いた。


 城門をくぐった。


 レリスが腰にくっついたまま、一緒に歩いた。


「ねえねえ、どこいってたの」


 カキンオーは答えなかった。


「カイトのとこ?」


 小さく頷いた。


「カイトは?」


 カキンオーは少し止まった。


 首を横に振った。


 レリスが少し考えた。


「まだむこうにいるの?」


 頷いた。


「かえってくる?」


 カキンオーはしばらく考えた。


 小さく、頷いた。


 レリスが頷いた。


「わかった。まってる」


 また歩き始めた。


───


 台所では。


 ライラが動き続けていた。


 目が赤いままだった。


 でも、手は止まらなかった。


 今日一番のものを作ろう。


 カキンオー様が帰ってきた。


 それだけで十分だった。


 でも、もっとよくしたかった。


 スープを火にかけた。


 肉を切った。


 パンを焼き始めた。


 甘い菓子も出そう。


 果物も用意しよう。


 タルドが台所に入ってきた。


「手伝います」


「ありがとうございます」


「ライラさん、目が」


「料理の煙です」


「煙出てないですよ」


「出てます」


 タルドは黙って野菜を切り始めた。


 しばらく二人で黙って動いた。


 タルドが小さく言った。


「よかったですね、カキンオー様が帰ってきて」


「はい」


「ライラさん、昨日からずっと城門の前にいたじゃないですか」


「そんなことないです」


「夜中も立ってましたよね」


「気のせいです」


 タルドが苦笑いした。


 ライラが鍋をかき混ぜた。


「タルドさん」


「はい」


「カキンオー様は、すごい方です」


「そうですね」


「言葉はなくとも、伝わります」


「まあ、そうですね」


「私、カキンオー様のおそばにいられて、本当によかったと思ってます」


 タルドは何も言わなかった。


 ライラが続けた。


「カイトさんのために、一人で城を出て行かれた」


「はい」


「誰にも言わずに」


「はい」


「止めたかったです。止めて、一緒に行きたかったです」


 ライラの手が、少し止まった。


「でも、カキンオー様は一人で行かれた。それが正しかったと思います」


「なぜですか」


「あれは、カキンオー様とカイトさんの間のことだから」


 タルドが頷いた。


 ライラが鍋をかき混ぜ続けた。


「カイトさんは、戻ってくると思いますか」


「戻ってくると思います」


「なぜですか」


「カキンオー様が待ってるから」


 ライラが微笑んだ。


「そうですね」


───


 夜、ライラが地下の扉をノックした。


 返事がないまま扉が開く。


 トレイを持って入った。


 スープ、焼いた肉、パン、果物、甘い菓子。


 いつもより品数が多かった。


 カキンオーが作業台に座っていた。


 金属を触っていた。


 疲れているはずなのに、手が動いていた。


「カキンオー様」


 ライラがトレイを置いた。


「今日は、本当にお疲れになったでしょう」


 カキンオーは答えなかった。


「無事に帰ってきてくださって、ありがとうございます」


 カキンオーが少し止まった。


「ご報告はしなくていいです。詳しいことは、セバチャが後で調べます」


 カキンオーが頷いた。


「ただ」


 ライラが少し間を置いた。


「カキンオー様が一人で城を出て行かれた時、私、怖かったです」


 カキンオーは動かなかった。


「止めることができなかったし、ついていくこともできなかった。ただ待つしかなくて」


 ライラが静かに続けた。


「でも、帰ってきてくださいました」


 カキンオーは何も言わなかった。


「それだけで、十分です」


 ライラが深々と頭を下げた。


「ゆっくりお休みください」


 扉を閉めた。


───


 カキンオーは一人でスープを飲んだ。


 うまかった。


 城の飯は、やっぱりうまかった。


 ライラが怖かったと言っていた。


 でも、行かなければならなかった。


 うまく説明できないけど。


 そういうことだった。


 菓子を一つ食べた。


 甘かった。


 天井を見た。


 静かだった。


 カイトは今、どこにいるのだろうか。


───


 同じ頃、帝国のどこかで。


 カイトは一人でいた。


 廃屋の隅に座って、膝を抱えていた。


 暗かった。


 静かだった。


 断片的な記憶が、頭の中で繰り返されていた。


 自分の手が、剣を振っていた。


 命令通りに動いていた。


 止められなかった。


 カイトは頭を抱えた。


 しばらくそのままでいた。


 やがて、顔を上げた。


 廃屋の壁に、小さな穴があった。


 そこから、夜空が見えた。


 星が出ていた。


 南の方角に、星が一つ、特別に明るかった。


 カイトはしばらくそれを見ていた。


 カキンオーが叫んでいた。


 あいつが、叫んでいた。


 俺の名前を、叫んでいた。


 カイトは静かに息を吐いた。


 まだ、戻れない。


 でも……いつかは。



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