41,帰還
街道に静寂が戻った。
帝国の兵士たちは、しばらく動けなかった。
隊長が最初に我に返った。
黒鎧の存在を見た。
カイトとユキナを一人で相手にしていた存在だ。
二人同時に捌いていた。
傷を自分で治していた。
そして、叫び一つでユキナの洗脳を解いた。
隊長は息を呑んだ。
隣の兵士が小声で言った。
「あれが、南の魔王か」
「たぶんそうだ」
「フロストスを殴り飛ばしたやつか」
「たぶんそうだ」
「味方か、敵か」
隊長は答えられなかった。
もう一人の兵士が言った。
「カイトを止めた。俺たちを助けたんじゃないか」
「でも魔王だぞ」
「魔王が俺たちを助けた」
誰も答えなかった。
───
そんな兵士たちの視線を背中に感じながら。
カキンオーは装備を解除していた。
黒鎧が消えた。
痩せた青年が残った。
ユキナが地面に座ったまま、カキンオーを見ていた。
ピンクの髪に、目元を隠すシェード状のバイザー、そして白とピンクの防具を身にまとう女性。
見覚えのある姿。
「ねえ、カキンオーさんですよね」
カキンオーは答えなかった。
「カキンオーさんですよね? ゲームの」
答えなかった。
「ねえってば」
答えなかった。
「カキンオーさん!」
カキンオーが少し目を逸らした。
ユキナが立ち上がった。
足がふらついた。
それでも立った。
「やっぱりカキンオーさんだ」
カキンオーは北の空を見た。
カイトが走り去った方向を見た。
「ねえ、聞いてます?」
聞こえていた。
聞こえていたが、答えられなかった。
ユキナがカキンオーの前に回り込もうとした。
カキンオーが少し移動した。
ユキナがまた回り込もうとした。
カキンオーがまた移動した。
アモンが呆れたように見ていた。
そのとき、ユキナが急に立ち止まった。
表情が変わった。
眉間に皺が寄った。
「ちょっと待って」
カキンオーが止まった。
「洗脳って、なんですか」
誰も答えなかった。
「私、さっきまで何かに操られてたんですよね」
また誰も答えなかった。
「記憶はあるんです。ぼんやりと。自分が動いてるのに止められなくて」
ユキナの声が低くなった。
「帝国の人を攻撃した記憶がある」
兵士たちが少し後退した。
「バイサーヤ教の神官に命令されてた記憶がある」
ユキナの目が、だんだん細くなっていった。
「召喚されて、気づいたら操られてて、人を傷つけてて」
ユキナが振り返った。
街道の北の方を見た。
遠く、ファルネイスの軍の旗が見えた。
バイサーヤ教の神官たちも見えた。
まだこちらの様子を伺っていた。
ユキナが深く息を吸った。
「洗脳ってなんですかそれーーー!!」
街道に響いた。
兵士たちが飛び上がった。
アモンが耳を塞いだ。
「召喚してきて洗脳して人攻撃させてなんなんですかあいつらーーー!!」
ユキナが右手を上げた。
手のひらに、炎が集まり始めた。
小さかった。
しかし、急激に大きくなっていった。
赤から、白へ。
白から、青白へ。
熱が、街道全体に広がった。
「ふざけんなーーー!!」
極大の炎が、北へ向かって放たれた。
轟音がした。
地面が揺れた。
ファルネイスの軍の前衛が、一瞬で吹き飛んだ。
バイサーヤ教の神官たちが逃げ惑った。
炎が収まった。
街道の北が、焦げ野原になっていた。
ユキナが息を荒くしていた。
「はあ、はあ、はあ」
そのまま、ゆっくりと崩れ落ちた。
「魔力、切れた」
地面に倒れた。
目が閉じた。
兵士たちが呆然としていた。
隊長が小さく言った。
「味方か、敵か、よく分からんな」
───
アモンがカキンオーの隣に来た。
「今のうちに帰るチュ」
カキンオーが頷いた。
アモンが少し間を置いた。
「俺も、少し力を使いすぎたチュ」
カキンオーがアモンを見た。
アモンが欠伸をした。
「足が動かないチュ。なんか疲れたチュ」
カキンオーは少し考えた。
それから、アモンをそっと手のひらに乗せた。
「……チュ」
アモンが何か言いかけて、やめた。
「丁寧に運べチュ。揺らすなチュ」
カキンオーは頷いた。
ユキナを見た。
倒れたままだった。
このまま置いていくわけにもいかない。
でも連れていく理由もない。
カキンオーが少し考えていると、隊長が前に出てきた。
「あの、南の城の方ですよね」
カキンオーは答えなかった。
「今日は、助けていただきました。礼を言います」
カキンオーは小さく頷いた。
「その女性は、我々が保護します」
カキンオーは隊長を見た。
隊長が続けた。
「カイト殿のことも、皇帝陛下に報告します。何か手があれば」
カキンオーは少し間を置いた。
小さく頷いた。
「あの、南の城の方」
隊長が一歩前に出た。
「もし良ければ、帝国と」
カキンオーは踵を返した。
南へ向かって歩き始めた。
隊長が後ろから声をかけた。
「お待ちください! 皇帝陛下がお話を」
カキンオーは止まった。
一瞬で装備が展開される。
そして片手でマントを飜えしながら振り返った。
マントが風を受けてはためいた。
兵士たちが一斉に息を呑んだ。
カキンオーが静かに言った。
「いつでも来るがいい」
それだけだった。
踵を返した。
歩き始めた。
兵士たちは誰も追いかけなかった。
追いかけられなかった。
───
街道を南へ歩きながら。
カキンオーは手のひらのアモンを見た。
アモンが目を閉じていた。
寝ていた。
カキンオーは少し止まった。
揺らすなと言っていた。
丁寧に歩こう。
また歩き始めた。
静かだった。
カイトは、どこへ行ったのか。
いつか、戻ってくるだろうか。
北の空を一度だけ見た。
それから、前を向いた。
城に戻ろう。
カイトは必ず帰ってくる
レリスにそう言っていた。
それだけ分かっていれば、今は十分だった。
それに会心のラスボスムーブだった。




