38,それぞれの全力
朝、城の地下の作業場で。
俺は回復魔法の練習を続けていた。
傷を治すだけなら、もうできる。
問題は状態異常解除だ。
ゲームでは「ケア」というスキルがあった。
毒、麻痺、混乱、石化。
様々な状態異常を解除できるスキルだ。
意思の刷り込みが、その中のどれに分類されるか分からない。
分からないが、試すしかない。
俺は自分の左手に、軽い痺れを起こす魔法をかけた。
ゲームで言えば麻痺に近い状態だ。
そこにケアをかけた。
痺れが消えた。
問題なく機能した。
次は、混乱に近い状態を自分にかけてみた。
頭がぼんやりとした。
思考がまとまらなくなった。
そこにケアをかけた。
ぼんやりとした感覚が消えた。
頭が元に戻った。
悪くない。
ただ、意思の刷り込みはこれより深い。
もっと根本的なところから書き換えている。
ゲームで言えば、魅了に近いかもしれない。
魅了解除のスキルがあったはずだ。
頭の中のスキルリストを確認した。
あった。
チャーム解除。
魅了状態を解除するスキルだ。
これを意思の刷り込みに応用できるかどうか。
やってみるしかない。
俺は自分に軽い魅了魔法をかけようとした。
難しかった。
そもそも魅了は他者にかける魔法で、自分にかけるものではない。
どうするか。
俺はしばらく考えた。
誰かに実験台になってもらうしかない。
ライラはやめておこう。
タルドか。
まあ、後で考えよう。
今日はここまでだ。
俺は作業台に肘をついた。
カイトを取り戻す。
そのためには、チャーム解除が確実に機能することを確認しなければならない。
時間がない気がした。
───
城の二階では。
セバチャが情報収集の報告書をまとめていた。
机の上に、様々な情報が積み重なっていた。
帝国からの報告。
共和国の動き。
バイサーヤ教の発表。
シルネアからの非公式な情報。
セバチャはそれを一つ一つ確認した。
バイサーヤ教が二人の勇者を手に入れた。
カイト様も洗脳されている。
帝国はフロストスの被害で著しく弱体化している。
共和国がバイサーヤ教に接近している動きがある。
これらを繋げると、一つの絵が見えてくる。
セバチャは羽根ペンを走らせた。
バイサーヤ教は勇者を使って帝国を制圧しようとしている。
共和国はそれを支援する形で大陸北部の商業支配を狙っている。
二者が手を組んだとすれば、帝国は単独では対抗できない。
そしてその後の標的は、おそらくカキンオー様だ。
セバチャは書き終えた。
作戦を立てなければならない。
カキンオー様はカイト様を取り戻すことを最優先にされている。
ならば、その機会をどう作るか。
バイサーヤ教の神殿に乗り込むか。
あるいは、カイト様たちがこちらに来るのを待つか。
セバチャは静かに考えた。
来る、とすれば。
バイサーヤ教の計画通りなら、まず帝国を制圧して、その後にこの城を目標にする。
つまり、カイト様は最終的にこの城に来る。
カキンオー様の前に来る。
その時が、チャンスだ。
セバチャは新しい紙を取り出した。
作戦を書き始めた。
───
台所では。
ライラが朝から動き続けていた。
カキンオー様が全力で練習している。
ならば、自分も全力でお世話をしなければならない。
食事は栄養のあるものを。
睡眠は十分に取っていただけるよう、夜は静かに。
体に負担がかからないよう、作業場の室温も管理する。
ライラは台所で料理をしながら、頭の中で今日のスケジュールを確認した。
朝食、昼食、夕食。
間食も用意しよう。
魔法の練習は体力を消耗すると聞いた。
甘いものも用意しよう。
レリスが台所に入ってきた。
「ライラ、なにしてるの」
「お食事の準備です」
「てつだう」
「ありがとう。では野菜を洗ってください」
レリスが野菜を抱えた。
「おじさん、さいきんずっとちかにいるね」
「そうですね」
「なにしてるの」
「練習をされています」
「なんの?」
ライラが少し考えた。
「カイトさんを助けるための練習です」
レリスが野菜を洗いながら考えた。
「カイト、どこいったの」
「少し遠いところにいます」
「かえってくる?」
「カキンオー様が連れ戻してくださいます」
レリスが頷いた。
「おじさん、つよいもんね」
「そうですね」
ライラが微笑んだ。
「強くて、優しい方ですから」
───
同じ頃、ファルネイスの共和国議会の密室で。
ドリスとドレイスが向かい合っていた。
他には誰もいなかった。
「話は決まりましたね」
ドリスが静かに言った。
「はい」
ドレイスが頷いた。
「我々バイサーヤ教は、まず帝国を制圧します。洗脳した勇者二人を使えば、弱体化した帝国の軍など問題ありません」
「帝国を制圧した後は」
「ホノボーノン教を廃絶します。あの宗教は我々の障害でしかない」
ドレイスが静かに聞いていた。
「その後、共和国と帝国を合わせた大陸北部を、我々が宗教的に支配します」
「共和国の商業的な独立は保証されると」
「もちろんです。我々は政治には介入しません。精神的な支配だけを求めます」
ドレイスが少し考えた。
「南の魔王については」
「最終目標です。帝国を制圧してから向かいます」
「勇者二人で倒せますか」
ドリスが少し間を置いた。
「帝国を制圧できれば、自信があります」
ドレイスが頷いた。
「分かりました。共和国は経済的な支援を行います」
「ありがとうございます」
ドリスが立ち上がった。
「では、動き始めます」
───
帝都では。
モブテキが報告を受けていた。
バイサーヤ教の勇者二人が、帝国の国境に向かって移動しているという報告だった。
モブテキが顔を上げた。
「カイトが、敵として来るということか」
「そうなります」
モブテキが窓の外を見た。
フロストスの被害で、帝国の軍は半壊していた。
補充も追いついていない。
勇者二人相手に、今の帝国では対抗できない。
モブテキは静かに言った。
「南の城に使者を送れ」
「何と伝えますか」
モブテキが少し考えた。
「助けてくれとは言えない」
「では」
「状況を伝えるだけでいい。判断はあちらに任せる」
伝令が走り出した。
モブテキは窓の外を見続けた。
カイト。
あいつが敵として来る。
モブテキは静かに息を吐いた。
面倒くさいことになった。
また独り言を言った。
誰も答えなかった。
───
夕方、セバチャが地下の扉をノックした。
「カキンオー様、ご報告があります」
俺は練習の手を止めた。
セバチャが入ってきた。
机の上に書類を広げた。
「バイサーヤ教とファルネイス共和国が手を組んだと見られます。まず帝国を制圧して、その後にこの城を目標にする計画のようです」
俺は頷いた。
予想はしていた。
「帝国からも使者が来ました。状況の報告だけで、具体的な要請はありませんでしたが」
また頷いた。
「カイト様たちは最終的にこの城に来ます。その時が、チャンスです」
セバチャが続けた。
「カキンオー様がカイト様に状態異常解除をかける。それが最も確実な方法かと思われます」
俺は頷いた。
そのために練習している。
「準備の進捗はいかがですか」
俺は少し考えた。
まだ不安定だ。
でも、確実に近づいている。
小さく頷いた。
セバチャが深く頭を下げた。
「必ず間に合わせてください」
俺は頷いた。
間に合わせる。
必ず。
───
夜、ライラが夕食を持ってきた。
スープと、焼いた肉と、甘い菓子が乗ったトレイだった。
「カキンオー様、今日もお疲れ様でした」
俺は作業台から顔を上げた。
ライラがトレイを置いた。
「甘いものも用意しました。魔法の練習は体力を使うと聞きましたので」
俺は菓子を一つ手に取った。
甘かった。
ライラが少し微笑んだ。
「カイト様を必ず取り戻しましょう」
俺は頷いた。
「私たちも、できることを全力でやります」
ライラが部屋を出た。
俺はスープを飲んだ。
うまかった。
作業台の上に、今日練習した記録が残っていた。
チャーム解除の手応えが、少し掴めてきた気がした。
まだ不安定だけど。
でも、確実に近づいている。
静かだった。
やることは決まっている。
練習を続けよう。
そう思った。




