37,召喚
帝都で、カイトはモブテキと向かい合っていた。
執務室の机の上に、古い地図が広げられていた。
モブテキが指で一点を指した。
「バイサーヤ教の本殿はここだ。ファルネイスの北部、山の中腹にある」
「警備は」
「儀式の準備中は外部からの参拝を全て遮断する。内部は神官だけで固めるはずだ」
カイトが地図を眺めた。
「儀式はいつだ」
「準備は満月の前日までに完了する。発動が満月の夜、日付が変わる瞬間だ」
カイトが顔を上げた。
「満月の前日には終わっている?」
「そうだ」
「やるだけやるしかない」
モブテキが少し眉をひそめた。
「止めないが、無理はするな」
「無理はしない。儀式を止めるだけだ」
「相手は神官だけだが、儀式の最中は魔法防壁が張られる。強引に踏み込めば、お前でも無事では済まない」
カイトが頷いた。
「分かってる」
「カキンオーに連絡は」
「間に合わない」
モブテキが少し黙った。
「戻ってきたら酒でも飲もう」
カイトが少し笑った。
「じゃあな」
カイトが執務室を出た。
───
同じ頃、城の作業場で。
俺は新しい剣を作っていた。
今度は最初から付与前提で設計した。
刃に溝を刻んでおくと、付与が定着しやすいことが分かった。
金属を叩きながら、ぼんやり考えた。
カイトは元気だろうか。
もう少しで戻るはずだが。
まあ、あいつは元気だろう。
俺は金属を叩き続けた。
静かだった。
───
バイサーヤ教の本殿は、山の中腹にあった。
白い石造りの建物だった。
前日から神官たちは準備を進めていた。
本殿の中央に、複雑な魔法陣が描かれていた。
青く光る魔法陣だった。
ドリスを含む十二人の神官が、魔法陣を囲んで祈りの言葉を唱え続けた。
夜を徹して唱え続けた。
朝になっても、昼になっても、唱え続けた。
夕方、魔法陣が完全に完成した。
ドリスが頷いた。
「あとは満月を待つだけだ」
───
日が暮れた頃、カイトが山道を駆け上がっていた。
満月が空に昇り始めていた。
日付が変わるまで、まだ時間があった。
間に合うかもしれない。
本殿の入口が見えた。
扉は閉じていた。
扉の前に、魔法防壁が張られていた。
青く光る壁だった。
カイトは剣を抜いた。
二本の剣を構えた。
一本はクロデン。
もう一本は普通の剣。
防壁に向かって全力で斬りかかった。
防壁にひびが入った。
もう一撃。
ひびが広がった。
三撃目で、防壁が砕けた。
カイトが本殿に飛び込んだ。
───
本殿の中央で、魔法陣が静かに待っていた。
ドリスと十二人の神官が、魔法陣を囲んで立っていた。
日付が変わる瞬間を待っていた。
カイトが広間に飛び込んだ。
「やめろ!」
神官たちが一瞬だけ振り返った。
ドリスが静かに言った。
「来ると思っていた」
カイトが駆け寄ろうとした。
神官たちが魔法を放った。
カイトが弾き飛ばされた。
壁に叩きつけられた。
立ち上がった。
また駆けた。
また弾き飛ばされた。
十二人の神官を相手に、一人では限界があった。
そして、日付が変わった。
魔法陣が爆発的に光った。
空間が歪んだ。
中央に、人影が浮かび上がった。
若い女性だった。
二十歳前後だろうか。
黒い髪に、驚いたような顔をしていた。
異世界の服装を纏っていた。
女性が魔法陣の中央に、ゆっくりと現れた。
カイトが最後の力で駆け寄ろうとした。
しかし、魔法陣の光が広間全体に広がっていた。
カイトもその中にいた。
「しまった」
カイトが気づいた時には、遅かった。
魔法陣の光が、カイトを包んだ。
同時に、女性も包んだ。
二人の周囲に、別の魔法陣が浮かび上がった。
意思を刷り込む魔法陣だった。
ドリスが顔を上げた。
笑っていた。
「ちょうど良い」
「一人で十分だったが、二人ならなお良い」
新たな魔法陣が光った。
カイトと女性が、同時に崩れ落ちた。
光が収まった。
本殿が静まった。
魔法陣の中央に、二人が横たわっていた。
女性が目を開けた。
カイトが目を開けた。
二人とも、目の焦点が合っていなかった。
ドリスが一歩前に出た。
「私が誰か分かるか」
二人が同時に答えた。
「ドリス様」
「お前たちは何者か」
「勇者でございます」
ドリスが深く笑った。
「良い」
他の神官たちも頷いた。
「お前たちの使命は何か」
「魔王を討つこと」
「どの魔王か」
「三魔王すべて。特に、南の魔王カキンオー」
本殿の中で、ドリスが静かに頷いた。
「良い」
カイトも頷いた。
女性も頷いた。
二人の目には、何の感情もなかった。
───
翌朝、バイサーヤ教から正式な発表がなされた。
新たな勇者が召喚された。
名前はユキナ。
そして、すでに勇者として知られていた人物も、バイサーヤ教の勇者として正式に加わった。
二人の勇者。
その名が、大陸全土に広まり始めた。
───
城の地下では。
俺は新しい剣を仕上げていた。
火の付与が、今回は安定していた。
悪くない出来だった。
そこにセバチャがノックして入ってきた。
「カキンオー様、ご報告があります」
俺は手を止めた。
「バイサーヤ教から正式な発表がありました。新たな勇者が召喚されたとのことです」
俺は頷いた。
来るとは聞いていた。
「名前はユキナ。そして」
セバチャが少し間を置いた。
「カイト様も、バイサーヤ教の勇者として正式に加わったと発表されました」
俺は手を完全に止めた。
顔を上げた。
セバチャを見た。
セバチャの表情が、いつもより硬かった。
「詳細は分かりませんが、カイト様が儀式の場にいた可能性があります」
俺は立ち上がった。
「儀式を止めに行ったのかもしれません。しかし、発表の内容からすると」
セバチャが静かに続けた。
「意思の刷り込みを、受けた可能性があります」
俺は作業台に手をついた。
しばらく動けなかった。
カイトが。
あいつが。
俺は深く息を吐いた。
それから、顔を上げた。
「取り戻す」
一言だけ出た。
それだけで十分だった。
セバチャが深く頭を下げた。
「御意のままに」




