36,感覚
朝、カイトが荷物をまとめていた。
レリスが部屋の入口に立っていた。
「またいくの」
「ああ」
「いつかえるの」
「来月の満月の前には戻る」
「まんげつ?」
「丸い月の夜だ」
「まんまる?」
「そう」
レリスが少し考えた。
「わかった」
「今度はすぐ帰る」
「ほんとう?」
「本当に」
レリスが頷いた。
カイトが荷物を担いだ。
───
廊下で、ライラとタルドが見送った。
「道中お気をつけて」
「ありがとう」
「お土産、期待しています」
「え」
ライラが微笑んだ。
「冗談です」
「ライラさんの冗談、分かりにくいな」
タルドが小さく笑った。
セバチャが城門の前に立っていた。
「情報収集、よろしくお願いします」
「任せろ」
「くれぐれもご無理なさらず」
「分かってる」
カイトが歩き出した。
地下への石段の前で、カキンオーが立っていた。
カイトが振り返った。
「じゃあな」
カキンオーが小さく頷いた。
「満月までには戻る」
また頷いた。
カイトが手を上げた。
カキンオーが小さく手を上げた。
カイトが城門を出ていった。
───
城に静けさが戻った。
カイトがいなくなると、空気が少し違った。
賑やかさが減った。
それはそれで、悪くなかった。
俺は作業場に戻った。
やることは決まっていた。
僧侶スキルの練習だ。
全ジョブカンストの中に、僧侶がある。
回復魔法、状態異常解除、補助魔法が使える。
状態異常解除は、意思の刷り込みにも効くかもしれない。
でも、その前に基本の回復魔法から始めよう。
俺は作業台に座った。
右手を見た。
フロストスを殴った時、赤くなった。
もう治っているが、うっすらと痕があった。
これを治してみよう。
頭の中のスキルを探した。
回復魔法の項目があった。
ヒール、ケア、リジェネ。
一番弱いヒールを試してみる。
俺は右手に意識を向けた。
光が手のひらから出るイメージ。
何も起きなかった。
もう一度。
同じ。
何かが違う。
俺はしばらく考えた。
鍛冶のイメージは「形」だった。
魔法はどうだろうか。
少し違う気がする。
形ではなく、別の何か。
俺はもう一度試した。
光を出すのではなく、体の中の何かを流す感覚。
右手に、温かいものが流れた気がした。
うっすらとした痕が、少し薄くなった。
ほう。
なんとなく、感覚が掴めそうだった。
鍛冶は「形のイメージ」。
魔法は「流れのイメージ」。
そういうことらしい。
───
数時間後、俺は左手に軽く切り傷をつけた。
わざとだ。
練習のためだ。
痛いけど、仕方ない。
切り傷に意識を向けた。
流れを作った。
温かいものが流れた。
切り傷が、ゆっくりと塞がった。
少し時間はかかったが、確実に塞がった。
悪くない。
感覚が固まってきた。
俺はもう少し深い切り傷をつけた。
今度はもう少し痛かった。
同じように流した。
今度は少し速く塞がった。
コツが掴めた気がした。
流れの強さと、意識の集中。
それだけだ。
俺は一息ついた。
悪くない一日だった。
───
そこに扉がノックされた。
返事をしないでいると、扉が開いた。
レリスだった。
「おじさん、なにしてるの」
俺は少し固まった。
左手の切り傷はもう塞がっていたが、血の跡が残っていた。
レリスが俺の手を見た。
「てがあかい」
「……」
「いたいの?」
俺は首を横に振った。
レリスが俺の手を両手で包んだ。
「いたいのいたいのとんでいけ」
俺は少し止まった。
「なおった?」
俺は小さく頷いた。
レリスがにこにこした。
「よかった!」
走って出ていった。
「タルドー! おじさんがまたてをいたくしてたよー!」
廊下の奥から、タルドの驚いた声が聞こえた。
「カキンオー様が? 何してるんだ?」
俺は作業台に戻った。
まあ、心配されるほどではない。
次は付与の練習をしよう。
───
付与の感覚は、回復魔法と似ていた。
流れを作る。
対象に流す。
違うのは、流す対象が金属で、流すのは属性や効果だった。
俺は作業台の剣を手に取った。
昨日仕上げた剣だ。
形は悪くない。
これに火の属性を付与してみる。
手のひらに火のイメージを作った。
それを剣に流した。
何も起きなかった。
もう一度。
同じ。
俺はしばらく考えた。
火のイメージが弱かったのかもしれない。
もっと明確なイメージ。
赤く燃える、熱い、焼く、焦がす。
そのイメージを剣に流し込んだ。
剣の刃が、一瞬だけ赤く光った。
光が消えた。
でも、何かが残った気がした。
俺は剣を振った。
空気が少しだけ揺れた。
ほんの少しだけ、熱い風が生まれた。
できた。
まだ不安定だけど。
でも、できた。
俺はしばらく剣を眺めた。
悪くない。
かなりいい。
今日は収穫があった。
───
夕方、ライラが夕食を持ってきた。
「カキンオー様、お食事です」
俺は作業台から顔を上げた。
ライラがトレイを置いた。
「今日は、何か特別な日ですか」
俺は少し首を傾げた。
「なんとなく、ご機嫌がいいように見えて」
俺は少し考えた。
そうかもしれない。
付与ができた。
まあ、機嫌がいいとまでは言わないが、悪くない気分ではある。
俺は小さく頷いた。
ライラが微笑んだ。
「よかったです」
ライラが部屋を出た。
俺はシチューを食べた。
うまかった。
作業台の剣を眺めた。
明日はもう一本作ろう。
今度は最初から付与前提で作ろう。
次は氷属性にしてみようか。
それとも電撃か。
考えるだけで、なんか楽しかった。
静かだった。
カイトが戻るまで、まだ時間がある。
その間にもう少し練習しよう。
そう思った。




