35,殺到
朝、セバチャが地下の扉をノックした。
「カキンオー様、ご報告があります」
俺は作業台から顔を上げた。
「昨日より、謁見の申請が殺到しております」
俺は手を止めた。
「帝国から二件。共和国から三件。バイサーヤ教から一件。ホノボーノン教から一件。その他、身元不明の使者が四件」
セバチャが一呼吸置いた。
「合計十一件です。本日だけで」
俺はしばらく黙っていた。
十一件。
一日で。
フロストスの件が広まったらしい。
「いかがなさいますか」
俺は少し考えた。
全部断るのは簡単だ。
でも全部断ったら、また乗り込んでくるかもしれない。
受けるとしたら、どう捌くか。
俺はセバチャを見た。
セバチャが静かに言った。
「私にお任せいただけますか」
俺は頷いた。
「全権を」
また頷いた。
セバチャが深く頭を下げた。
「御意のままに」
───
執務室で、セバチャが申請書類を広げた。
カイトが向かいに座っていた。
「手伝えることがあれば」
「ありがとうございます。では、帝国の件についてお聞きしてもよろしいですか」
「もちろん」
「帝国の申請、二件の内訳は」
「一件はモブテキからの正式な使者。フロストスの件への謝意と、今後の関係についての協議を求めてる」
「謝意、ですか」
「帝国領でフロストスが暴れた。その鎮圧を、結果的にカキンオーがしてくれた形になってる。モブテキはそれに礼を言いたいらしい」
セバチャが書き留めた。
「もう一件は」
「帝国軍の将軍からだ。南の城との軍事同盟を結びたいという申請」
セバチャが少し間を置いた。
「軍事同盟、ですか」
「フロストスを一撃で吹き飛ばした存在と同盟を結べれば、帝国は無敵だと思ったんだろ」
「カキンオー様のご意向としては」
カイトが苦笑いした。
「断るだろうな。あいつは静かに暮らしたいだけだから」
セバチャが深く頷いた。
「まあ、そうなりますね」
───
謁見の間では。
午前中から使者が次々と通された。
セバチャが全員を捌いた。
帝国の使者には「謝意はカキンオー様に伝えます。軍事同盟については検討中とお伝えください」と告げた。
共和国の使者三件は、いずれも南の城との通商関係の樹立を求めてきた。
「カキンオー様のご判断を仰ぎます」と告げて帰した。
バイサーヤ教の使者には「カキンオー様はすべてをご存知です」と言った。
使者が青くなって帰った。
ホノボーノン教の使者は「南の城は神の意志に従うべきだ」と主張した。
セバチャが静かに微笑んだ。
「カキンオー様は神の意志そのものです」
使者が混乱して帰った。
身元不明の四件は全員断った。
理由は聞かなかった。
───
昼過ぎ、セバチャが地下の扉をノックした。
「午前中の件、ご報告します」
俺は作業台から顔を上げた。
セバチャが淡々と報告した。
帝国の謝意。
軍事同盟の打診。
通商関係の樹立要請。
両宗教からの接触。
俺はそれを聞きながら、金属を磨いていた。
面倒くさい。
でも、セバチャが全部捌いてくれた。
セバチャが最後に言った。
「軍事同盟については、いかがなさいますか」
俺は首を横に振った。
「通商関係については」
少し考えた。
素材が売れるなら悪くないかもしれない。
小さく頷いた。
「分かりました。共和国との通商について、詳細を詰めます」
セバチャが頭を下げた。
「もう一件」
俺は顔を上げた。
「バイサーヤ教の使者が来ました。おそらく、召喚儀式の件についての接触だと思われます」
俺は少し間を置いた。
カイトから聞いた話が頭をよぎった。
意思を刷り込む儀式。
来月の満月。
「カキンオー様、バイサーヤ教の件については何かお考えはありますか」
俺は答えられなかった。
考えてはいる。
でも、答えが出ていない。
首を横に振った。
セバチャが頷いた。
「引き続き考えます。御意のままに」
───
夕方、カイトが作業場に顔を出した。
「セバチャさん、すごいな」
俺は手を止めた。
「午前中だけで十一件捌いた。しかも全部それなりの形で収めた」
俺は頷いた。
まあ、セバチャは有能だ。
「お前、いい人材を持ってるな」
俺は少し考えてから、また頷いた。
カイトが作業台の剣を眺めた。
「それ、付与の練習か」
俺は頷いた。
「うまくいってるか」
俺は少し首を傾げた。
なんとも言えない。
感覚は掴めてきた。
でも、まだ不安定だ。
カイトが椅子に座った。
「バイサーヤ教の件、少し考えてたんだけど」
俺は手を止めた。
「召喚された人物が、意思を刷り込まれた状態で現れる。それを止める方法があるとすれば」
カイトが少し考えた。
「儀式そのものを止めるか、召喚された人物を助けるか、どちらかだと思う」
俺は聞いていた。
「儀式を止めるには、神殿に乗り込む必要がある。でもそれは、お前には向いてない」
俺は頷いた。
向いていない。
絶対に向いていない。
「となると、召喚された人物を助ける方が現実的だ。意思の刷り込みが解除できるかどうか、分からないけど」
カイトが俺を見た。
「何かできそうか」
俺はしばらく考えた。
全ジョブカンストの中に、僧侶がある。
状態異常の解除スキルがある。
意思の刷り込みが状態異常に分類されるかどうかは分からない。
でも、試す価値はあるかもしれない。
俺は小さく頷いた。
カイトが頷き返した。
「そうか。じゃあ、召喚されたやつが城に来たら、お前に任せる」
俺は頷いた。
来るかどうかも分からないけど。
まあ、来たら考えよう。
カイトが立ち上がった。
「飯、できてるらしいぞ。ライラが呼んでた」
俺は作業台の剣を置いた。
まあ、腹は減っている。
二人で作業場を出た。
───
城の二階では。
セバチャが報告書を書いていた。
本日、十一件の謁見申請を処理した。
フロストス撃退の件が大陸全土に広まりつつある。
セバチャはそこで一度ペンを止めた。
カキンオー様はフロストスを撃退された。
その噂が広まった結果、各勢力が一斉に動き出した。
カキンオー様は何もしていない。
ただ、フロストスが来たから対応しただけだ。
それだけで、大陸が動いた。
もはやカキンオー様を中心に、世界が回り始めている。
大陸支配など、とうに達成されているのかもしれない。
なんと深謀遠慮な御方か。
セバチャは報告書の末尾に、震える手でそう書き添えた。
一切合切が、全力でズレていた。
───
地下では。
俺はライラが作ったシチューを食べていた。
うまかった。
カイトが隣で食べていた。
レリスが向かいで食べていた。
「おじさん、きょうおきゃくさんいっぱいきたんだって」
俺は頷いた。
「なんで?」
俺は少し考えた。
答えようがなかった。
カイトが代わりに言った。
「カキンオーが有名になったからだ」
「ゆうめい?」
「ドラゴンをやっつけたから」
レリスが目を輝かせた。
「おじさん、ゆうめいなの!?」
俺は首を横に振った。
有名になりたくない。
静かに暮らしたい。
レリスがにこにこした。
「すごいじゃん!」
俺はシチューを食べた。
全然すごくない。
ただ、面倒くさくなっただけだ。
静かだった。
まあ、飯はうまかった。
それでいい。




