34,帰還と余波
朝、シルネアが来た。
謁見の申請もなく、いきなり城門をノックした。
タルドが出ると、シルネアがにこにこしていた。
「カキンオーに会いたい。急ぎ」
タルドが少し困った顔をした。
「一応、申請を」
「急ぎだから」
「でも」
「急ぎだから」
タルドはセバチャを呼んだ。
セバチャが出てきた。
シルネアを見た。
「どのようなご用件でしょうか」
「フロストスの話。昨日の件。カキンオーは知っといた方がいい」
セバチャが少し間を置いた。
「分かりました。ご案内します」
───
謁見の間で。
シルネアがお茶を飲んでいた。
玉座に黒鎧の存在が座っていた。
「昨日、フロストスに会いに行ったよ」
黒鎧は答えなかった。
「山脈に戻ってたよ。また寝てた」
黒鎧は聞いていた。
「ただ」
シルネアが茶器を置いた。
「様子がおかしかった」
黒鎧が少し動いた。
「怒ってるとか、傷ついてるとかじゃなくて。なんか、混乱してた」
「混乱、ですか」
セバチャが口を開いた。
「そう。フロストスが混乱するのって、珍しいんだよね。何百年も生きてて、そういう感情とは無縁のやつだから」
シルネアがお茶を一口飲んだ。
「何に混乱してたか、聞いたよ」
黒鎧は動かなかった。
「自分がなぜ引いたのか、分からないって」
シルネアが笑った。
「本能的に引いた。でも理由が分からない。フロストスにとってそれは、あり得ないことらしくて」
黒鎧は答えなかった。
「そして全力のブレスを殴り飛ばされて、自分が吹き飛ばされた」
シルネアが少し前に乗り出した。
「ねえ、あれどうやったの」
黒鎧は答えなかった。
「教えてくれないの」
答えなかった。
「まあいいか」
シルネアが背もたれに体を預けた。
「フロストスはしばらく山脈から出てこないと思う。プライドが高いから、また同じ目に遭うかもしれない場所には近づかない」
セバチャが書き留めた。
「ただ、一個だけ伝言を預かってきた」
黒鎧が少し止まった。
「次はないぞ、って言葉、覚えてる?」
黒鎧が頷いた。
「あれ、フロストスも言ってた」
シルネアが笑った。
「次はないぞ、って」
部屋に沈黙があった。
「どっちが次に手を出すか、ってことだと思うけど」
シルネアが立ち上がった。
「まあ、面白くなってきたね」
出口で振り返った。
「あと、外が騒がしくなってきてる。帝国も共和国も宗教も、昨日の件を聞いて大パニックだと思う。フロストスを一撃で吹き飛ばした話が広まったら、どうなるかね」
黒鎧は答えなかった。
「まあ、君には関係ない話か」
シルネアが出ていった。
───
謁見の間に一人残った俺は、しばらく動かなかった。
フロストスも「次はないぞ」と言っていたか。
まあ、お互い様だ。
向こうが来なければ、こちらも行かない。
それだけだ。
俺は装備を解除した。
地下に戻ろう。
付与の練習の続きをしたかった。
廊下を歩いていると、セバチャが追いかけてきた。
「カキンオー様、外が騒がしくなる可能性があります」
俺は頷いた。
「昨日の件が広まれば、各勢力が動いてくるかもしれません」
また頷いた。
「対応はこれまで通り、謁見申請制でよろしいですか」
頷いた。
「御意のままに」
セバチャが戻っていった。
俺は石段を降りた。
静かだった。
外がまた騒がしくなるらしい。
まあ、いつものことだ。
───
その日の午後、城門の前に人影が現れた。
タルドが城門から顔を出した。
旅装束の男が立っていた。
がっしりとした体格。
腰に剣を二本。
タルドが目を細めた。
「カイトさん」
「久しぶり。カキンオーいる?」
「います」
「会えるか」
「ライラさんに確認します」
タルドが城内に走った。
カイトが城を見上げた。
相変わらずでかい城だな、と思った。
それから南西の空を見た。
昨日、遠くで何かが光っていた。
街道を急いで来る途中で、逃げてくる帝国兵に会った。
「フロストスが吹き飛ばされた」と震えながら言っていた。
誰が、とは聞かなかった。
なんとなく分かった気がしたから。
城門が開いた。
ライラが出てきた。
満面の笑みだった。
「カイト様! お待ちしておりました!」
「待ってたのか」
「いつかまた来てくださると思っていました」
「まあ、また来るって言ったし」
ライラが深々と頭を下げた。
「どうぞ中へ」
───
地下への石段の前で。
カイトがライラに止められた。
「カキンオー様にお会いになりますか」
「会いたいけど」
「少々お待ちください」
ライラが石段を降りていった。
カイトが壁にもたれた。
レリスが廊下の奥から走ってきた。
「カイト!」
「久しぶり、レリス」
「きてくれた!」
「約束したから」
レリスがカイトの腰にしがみついた。
「ドラゴンきたんだよ!」
「そうらしいな」
「おじさんがやっつけたんだよ!」
「そうらしいな」
「てがいたかったって!」
カイトが少し止まった。
「手が、痛かった?」
「うん! でもレリスがなおしてあげた!」
「そうか」
カイトが少し笑った。
石段の下から、ライラが戻ってきた。
「カキンオー様が来てもいいと」
「珍しいな、自分から」
「はい」
ライラが微笑んだ。
「お待ちしていたんだと思います。カキンオー様も」
───
作業場の扉を開けると、カキンオーが作業台に向かっていた。
装備は解いていた。
痩せた青年が、金属を磨いていた。
カイトが入ってきた。
カキンオーが顔を上げた。
二人が向かい合った。
カイトが笑った。
「フロストスをやっつけたって聞いたけど」
カキンオーは答えなかった。
「ドラゴンを素手で殴ったら、そりゃ痛いだろ」
カキンオーが少し固まった。
カイトが笑い続けた。
「まあ、いろいろ聞きたいことがあるけど」
カイトが作業場を見回した。
「とりあえず、元気そうで良かった」
カキンオーが少し間を置いた。
小さく、頷いた。
カイトが椅子を引いて座った。
「外の話、していいか」
カキンオーが頷いた。
「帝国が大変なことになってる。フロストスの件だけじゃなくて、バイサーヤ教が召喚の儀式を計画してて、共和国も宗教も動いてる」
カキンオーは聞いていた。
「モブテキが頭抱えてた。あいつ、静かに治世を終えたいだけなのに、次から次へと問題が起きてるって」
カキンオーが少し頷いた。
気持ちは分かる。
「それから」
カイトが少し真剣な顔をした。
「バイサーヤ教の召喚儀式、来月の満月らしい。今回は召喚された人物が断れないような儀式にするって聞いた」
カキンオーは動かなかった。
「誰が来るか分からないけど、また厄介なことになりそうで」
カキンオーが少し眉をひそめた。
カイトがその反応を見た。
「まずいと思うか」
カキンオーが小さく頷いた。
「だろ。意思を刷り込む儀式を追加するらしい。来た瞬間から勇者として動くように、最初から自分の意思で動けないかもしれない」
カキンオーは黙っていた。
カイトが続けた。
「俺の時は、そういう儀式がなかったから断れたけど。次の人は、そうはいかないかもしれない」
カキンオーがしばらく天井を見た。
カイトが待った。
カキンオーが小さく頷いた。
「何か考えてるか」
また小さく頷いた。
「まあ、一緒に考えよう」
二人が作業場に並んで座った。
松明の光が揺れていた。
静かだった。
外が騒がしくなっていても、ここは静かだった。
悪くなかった。




