32,目覚め
鍛冶のコツは、イメージだった。
頭の中で形を描く。
その形に向かって金属を叩く。
単純な話だ。
しかし、それを体が理解するまでに時間がかかった。
最初は頭のイメージと手の動きが全然合わなかった。
叩けば叩くほど、思った形から遠ざかった。
それがある日、急に繋がった。
頭の形が、そのまま手に伝わるようになった。
その感覚を掴んでから、作業のスピードが上がった。
今では大まかな形なら、かなりスムーズに作れる。
繊細な部分はまだ難しい。
刃の薄さや、細かい装飾は要練習だ。
それから、攻撃力や特殊能力の付与もできそうな気がしていた。
ゲームでは鍛冶スキルに付与の項目があった。
この世界でもたぶんできる。
ただ、コツが全然分からない。
形を作るのとは、また別の感覚が必要らしかった。
まあ、焦らなくていい。
俺は作業台の上の剣を眺めた。
今日の出来は悪くなかった。
そこに城門の方から、ライラの声が聞こえた。
「いらっしゃいませ、シルネア様」
また来たか。
俺は剣を作業台に置いた。
───
謁見の間では。
シルネアがお茶を飲んでいた。
セバチャが用意した茶器は、城の中で一番いいものだった。
シルネアが茶器を眺めた。
「いいね、これ」
「ありがとうございます」
シルネアが一口飲んだ。
「うまい」
「ありがとうございます」
玉座に黒鎧の存在が座っていた。
無言だった。
シルネアが玉座を見た。
「聞いてる?」
黒鎧が小さく頷いた。
「フロストスが起きたよ」
黒鎧は動かなかった。
「昨日から暴れてる。山脈の周辺、大変なことになってる」
シルネアがお茶を飲んだ。
「ブレスが出るたびに村が一つ消える。帝国の軍が止めようとしたけど、話にならなかったみたい」
黒鎧は答えなかった。
「面白いよね」
シルネアが少し笑った。
「何百年も寝てたのが、急に起きて暴れてる。あの子、目覚めた直後は特に機嫌が悪いから」
「あの子って呼ばれることを嫌がっていませんか」
セバチャが静かに口を開いた。
「嫌がってるけど、私から見れば子供みたいなものだから」
シルネアが笑った。
「それで、被害は」
「山脈周辺の村が三つ消えた。帝国の軍は半壊。今頃帝国は大パニックだと思う」
セバチャが書き留めた。
「それから」
シルネアが茶器を置いた。
玉座を見た。
「君の城も、ブレスの範囲に入るかもしれない」
黒鎧は動かなかった。
「フロストスは山脈の南西にいる。ここは城の南西だから、フロストスが北東に向かって暴れてくれば、普通に届く範囲だよ」
黒鎧は答えなかった。
「まあ、君なら大丈夫だろうけど」
シルネアが笑った。
「城の人たちは、どうだろうね」
黒鎧が少し動いた。
シルネアがその動きを見て、少し目を細めた。
「気になった?」
黒鎧は答えなかった。
「まあ、すぐにどうこうはならないと思うけど。フロストスが落ち着くまでには時間がかかる」
お茶を飲み干した。
「ごちそうさま。また来るね」
シルネアが立ち上がった。
「あ、そうだ」
出口で振り返った。
「フロストスが山脈を出て、北東に向かって暴れてるって話、聞いた?」
黒鎧が止まった。
「帝国領をひと暴れしながら、だんだんこっちに近づいてきてる。目覚めた直後はそういう感じになるから」
シルネアが笑った。
「向かってくる先が、ちょうどこの城の方角なんだよね」
それだけ言って、シルネアが出ていった。
───
謁見の間に一人残った俺は、しばらく動かなかった。
フロストスが向かってきている。
この城の方向に。
まあ、テリトリーを犯していないから、問題ないはずだ。
たぶん。
でも城の人たちは。
俺は立ち上がった。
セバチャに伝えておく必要があるかもしれない。
いや、セバチャは今の話を聞いていた。
セバチャが何とかするだろう。
でも。
俺は少し考えた。
まあ、一応確認しよう。
装備を解除して、廊下を歩いた。
───
執務室では。
セバチャがすでに書類を広げていた。
俺が扉を開けると、セバチャが顔を上げた。
「カキンオー様、フロストスへの対応についてご相談があります」
俺は頷いた。
椅子に座った。
セバチャが静かに続けた。
「フロストスが北東に向かっているとすれば、いずれこの城の周辺に影響が出る可能性があります。近隣の村への避難勧告を出すべきかと」
俺は頷いた。
「ライラとタルドは城内に留めておきます。レリスも同様です」
また頷いた。
「カキンオー様は、どうされますか」
俺は少し考えた。
フロストスがテリトリーを犯していない限り、問題はないはずだ。
ただ、城の方向に来るなら、何かしなければならないかもしれない。
紙と炭を取り出した。
「様子を見る」
セバチャに渡した。
セバチャが読んだ。
深く頷いた。
「御意のままに」
───
城の外では。
タルドが近隣の村に向かって走っていた。
避難の知らせを伝えるためだ。
走りながら、南西の空を見た。
山脈の方角だ。
遠く、何かが光った気がした。
ブレスか。
タルドは足を速めた。
───
南西の山脈では。
フロストスが動いていた。
何百年かぶりに目を覚ましたアイスドラゴンが、翼を広げていた。
目が覚めた理由は単純だ。
テリトリーに人間が入ってきた。
それだけだ。
許さない。
フロストスは翼を動かした。
空気が凍った。
ブレスが放たれた。
山脈の雪が吹き飛んだ。
そのまま翼を広げて、北東へ向かって飛び始めた。
遠く、北東の方角に、黒い城が見えた。
フロストスは気にしなかった。
ただ、暴れたかった。
目覚めた直後は、いつもそういう気分になる。
翼を動かした。
北東へ、北東へ。
───
地下では。
俺は作業場に戻っていた。
様子を見る、と書いた。
本当に様子を見るだけでいいのか、少し不安だった。
でも、今すぐどうこうできる話でもない。
俺は剣を手に取った。
付与の練習をしてみよう。
どうせ暇だし。
金属に意識を向けた。
何かが変わる気がした。
気がするだけかもしれないけど。
静かだった。
南西の空で、何かが光っていた。
俺はまだ気づいていなかった。




