30,外の話
帝都の街は賑やかだった。
市場に人が溢れ、石畳の上を荷馬車が走り、どこからか料理の匂いが漂ってくる。
カイトはその中を歩いていた。
今日の依頼は終わった。
街外れに出没していた魔物の群れを片付けただけだ。
特別なことは何もない。
いつもと同じだ。
屋台で肉を一串買って、かじりながら歩いた。
うまかった。
帝都の飯は悪くない。
城の飯の方がうまいけど。
カイトはそう思って、少し笑った。
魔王の城の飯が一番うまいというのも、妙な話だ。
───
「カイト」
後ろから声がした。
振り返った。
護衛を数人連れた、普通の体格の男が歩いてきた。
くたびれた顔をしていたが、目だけは真剣だった。
モブテキだった。
「よう、皇帝陛下」
「その呼び方はやめろと言っている」
「じゃあモブテキさん」
「それでいい」
モブテキが隣に並んで歩き始めた。
護衛たちが少し離れてついてくる。
「今日も依頼か」
「ああ。街外れの魔物を片付けた」
「助かる」
「金になるから別にいいんだが」
モブテキが苦笑いした。
「相変わらずだな」
二人で屋台の前を通り過ぎた。
モブテキが立ち止まった。
「腹が減った」
「皇帝が屋台で食うのか」
「たまにはいい」
モブテキが肉串を一本買った。
護衛たちが少し慌てた。
モブテキが気にせずかじった。
「うまいな」
「だろ」
二人で並んで歩いた。
しばらく黙っていた。
モブテキが口を開いた。
「南の城のことは聞いているか」
カイトが少し間を置いた。
「まあ、少し」
「少し、か」
モブテキが肉串を眺めた。
「帝国として、正式に動かなければならない時期が近づいている」
「どういう意味だ」
「共和国も宗教も、南の城への対応を模索している。帝国だけが動かないわけにはいかない」
カイトが空を見上げた。
「具体的には何をするんだ」
「それが分からなくて困っている」
モブテキが正直に言った。
「力で攻めても無駄だというのは、ギルドの件で分かった。交渉を試みたが、執事が出てきて終わった。宗教は謁見を申請して、何か言われて帰ってきた」
「何て言われたんだ」
「笑止、と」
カイトが少し笑いそうになった。
「笑うな」
「笑ってない」
「笑いそうだっただろ」
「まあ」
モブテキが息を吐いた。
「あの城の主は、何者なんだ。本当のところを教えてくれ」
カイトはしばらく考えた。
「俺が知ってる限りでいいか」
「頼む」
「静かに暮らしたいだけのやつだ」
モブテキが固まった。
「静かに、暮らしたい」
「ああ」
「あの城を構えて、魔王の格好をして、静かに暮らしたい」
「そうだ」
モブテキがしばらく黙っていた。
「……それは本当か」
「俺が嘘をついてどうするんだ」
モブテキが肉串を食べ終えた。
串を捨てた。
「つまり、帝国が何もしなければ、向こうも何もしてこないということか」
「たぶんそうだ」
「脅威ではない、と」
「俺はそう思ってる」
モブテキが少し考えた。
「だが、共和国や宗教が動けば、帝国も無視できない」
「それはそうだな」
「カイト、一つ頼みがある」
カイトが少し警戒した。
「なんだ」
「南の城の主に、帝国は友好的だと伝えてくれないか」
「直接行けばいいだろ」
「使者を送ると向こうが身構える。お前が伝えれば、自然に届く」
カイトが空を見上げた。
「まあ、また行くつもりではあるから、伝えてもいいが」
「助かる」
「ただ」
カイトがモブテキを見た。
「あいつは、帝国がどう思っているかより、静かかどうかの方が大事だと思う」
「静かかどうか」
「帝国が何もしてこないなら、それだけで十分だと思う」
モブテキが少し考えた。
「つまり、帝国は何もしなければいい」
「俺はそう思う」
モブテキが頷いた。
「なるほど」
二人がしばらく歩いた。
モブテキが小さく言った。
「楽な相手だな」
「そうだろ」
「しかし、それを評議会や宗教に説明するのが難しい」
「それはモブテキさんの仕事だろ」
「そうなんだが」
モブテキが疲れた顔をした。
「皇帝というのは、面倒なものだ」
「なりたくてなったんだろ」
「なりたくてなったわけじゃない。気がついたらなっていた」
カイトが少し笑った。
「それ、俺と同じだな」
「勇者もか」
「なりたくてなったわけじゃない。気がついたら呼ばれてた」
モブテキが苦笑いした。
「似た者同士だな、俺たちは」
「そうかもな」
───
その夜、宿に戻ったカイトは、紙と羽根ペンを取り出した。
しばらく考えた。
書き始めた。
カキンオーへ。
元気か。
俺は元気だ。
帝国にいる。
外の話を少し書く。
帝国は友好的だ。モブテキという皇帝は悪いやつじゃない。静かに暮らしたいなら、帝国は邪魔をしないと思う。
共和国と宗教は少し面倒くさそうだ。でも今すぐ何かしてくるわけじゃない。
シルネアが城に来たと聞いた。
お前のことだから、疲れただろうと思う。
まあ、また行く。
カイト
カイトが手紙を折った。
城に届けてくれる商人を探そう。
そう思った。
───
数日後、城の城門に、一人の商人が来た。
「カキンオー様宛の手紙を預かっています」
タルドが受け取った。
地下の扉をノックした。
「カキンオー様、カイト様からお手紙です」
返事がないまま扉が開いた。
タルドが手紙を差し出した。
俺は受け取った。
開いた。
読んだ。
カイトらしい手紙だった。
余計なことは書いていない。
でも、必要なことは全部書いてあった。
俺はしばらく手紙を眺めた。
シルネアが来たことを知っているのか。
まあ、どこかから聞いたのだろう。
「疲れただろうと思う、か」
俺は小さく声が出た。
まあ、疲れた。
正解だ。
俺は手紙を折って、本棚の隙間に挟んだ。
また作業場に戻った。
今日は鍛冶の続きだ。
静かだった。
悪くない一日だと思った。




