表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カキンオー(課金王)~コミュ障の俺が魔王扱いされ、世界が勝手に震えてる~  作者:


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

29/70

29,森の魔王

 朝、ライラが帳簿を広げていた。


 台所の隅に座って、羽根ペンを走らせていた。


 しばらくして、ペンを置いた。


 深く息を吐いた。


 タルドが台所に入ってきた。


「どうしたんですか」


「お金が、ないです」


 タルドが少し固まった。


「ないって、どのくらい」


「来月の買い出しが、厳しいくらいには」


 タルドが椅子に座った。


「セバチャさんがファルネイスに行ったのが響いてるんですか」


「それだけじゃないですが、大きいですね」


 ライラが帳簿を見た。


「レリスの件も、金貨八十枚は大きかった」


「仕方なかったとは思いますが」


「もちろんです。レリスのためなら当然です」


 ライラが帳簿を閉じた。


「ただ」


 タルドが頷いた。


「カキンオー様の物を当てにするのは、違うと思うんです」


「指輪の中身を売れば一発で解決しますが」


「それはカキンオー様の物です。私たちの物ではありません」


 タルドが少し考えた。


「素材の売却は続けてますが、追いつかないですよね」


「はい」


 ライラが立ち上がった。


「私たちで何とかしなければなりません」


「何か案はありますか」


「セバチャに相談します」


───


 執務室で、三人が向かい合った。


 セバチャが帳簿を確認した。


 しばらく眺めていた。


「私の出費が大きかったですね」


「仕方なかったと思っています」


「はい。ただ、現状は改善が必要です」


 セバチャが少し考えた。


「カキンオー様に相談するしかないでしょう」


 ライラが頷いた。


「分かりました。私が聞いてきます」


───


 地下の扉をライラがノックした。


 返事がないまま扉が開く。


「カキンオー様、少しよろしいですか」


 俺は作業場から顔を上げた。


 ライラが帳簿を持っていた。


「城の財政についてご報告があります」


 俺は帳簿を受け取った。


 眺めた。


 なるほど。


 金が足りないらしい。


 セバチャが使いすぎたのが主な原因らしい。


 でも、レリスのためだったし、ザガンのためでもあった。


 仕方ない。


 俺は作業台を見た。


 最近作った剣が一本置いてあった。


 三本目だ。


 一本目はタルドに渡した。


 二本目はまだ持っている。


 三本目は仕上がったばかりだ。


 俺は三本目の剣を手に取って、ライラに差し出した。


 ライラが目を丸くした。


「これは」


 俺は頷いた。


 売ってくれ、という意味だった。


 ライラが剣を受け取った。


 しばらく眺めた。


「カキンオー様が作られた剣を」


 俺は頷いた。


 ライラの表情が変わった。


「売るんですか」


 俺は頷いた。


「これを」


 また頷いた。


「カキンオー様が、一生懸命作られた剣を」


 俺は少し間を置いた。


 また頷いた。


 ライラが剣を胸に抱えた。


「売りません」


 俺が固まった。


「私がいただきます」


 俺は少し困った。


「その代わり」


 ライラが顔を上げた。


 目が輝いていた。


「もっと高値で売れる魔物を倒してきます。強い魔物ほど素材が高く売れると聞きました。任せてください」


 俺は返す言葉がなかった。


 言葉がそもそも出ない。


 ライラが深々と頭を下げた。


「大切にします」


 扉が閉まった。


 俺は作業場に戻った。


 剣を持っていかれた。


 まあ、いいか。


 また作ろう。


 次はもう少しうまく作れるはずだ。


───


 廊下では。


 ライラが剣を抱えながら歩いていた。


 タルドがそれを見た。


「それ、カキンオー様が作った剣じゃないですか」


「はい」


「いただいたんですか」


「はい」


「財政の解決は」


「私が強い魔物を倒して素材を売ります」


 タルドが少し間を置いた。


「それで解決できるんですか」


「できます」


 ライラが断言した。


 タルドはしばらくライラを見た。


「……セバチャに報告します」


「お願いします」


 ライラが歩いていった。


 タルドは剣を抱えるライラの背中を見送った。


 まあ、ライラが言うなら解決できるのだろう。


 たぶん。


───


 執務室では。


 セバチャがタルドから報告を受けた。


「ライラが剣を受け取って、強い魔物を倒すと」


「はい」


 セバチャが少し間を置いた。


「なるほど」


 羽根ペンを取り出した。


「カキンオー様は剣を渡すことで、ライラを動機づけられた」


「いや、それは」


「ライラが自発的に動けば、城の戦力も上がる。一石二鳥です」


「たぶんそういう意図じゃ」


「さすがカキンオー様です」


 タルドが口を閉じた。


 何を言っても無駄だと思った。


 セバチャが報告書を書き始めた。


 一切合切が、全力でズレていた。


───


 同じ頃、東の森の奥で。


 シルネアは木の上に座っていた。


 蜘蛛の足が枝に絡みついていた。


 南の方角を眺めていた。


 黒い城が、沼地の中央に見えた。


 遠くからずっと観察していた。


 工作員が入って失敗した。


 大勢が乗り込んで壊滅した。


 執事が一人でファルネイスに乗り込んだ。


 面白い城だ。


 シルネアはずっとそう思っていた。


 そして何より、あの城の主が面白い。


 何もしていないのに、何でも解決している。


 動いていないのに、世界が動いている。


 シルネアが立ち上がった。


 木の枝を蹴った。


 風を切って、南へ向かった。


 会いに行こう。


 そう思った。


───


 城の外縁で、ライラが素材の確認をしていた。


 突然、空気が変わった。


 ライラが顔を上げた。


 沼地の向こう、東の方角から、何かが来ていた。


 速かった。


 あっという間に近づいてきた。


 ライラが目を細めた。


 人間ではなかった。


 上半身は人間の女性の形をしていた。


 明るい髪で、小さな顔をしていた。


 しかし下半身は違った。


 八本の脚を持つ、巨大な蜘蛛の体だった。


 シルネアだった。


 城の外縁に着地した。


 衝撃で地面が揺れた。


 シルネアがライラを見た。


 にこにこしていた。


「こんにちは」


 ライラが一歩後退した。


 笑顔のままだった。


 しかし、明らかに動揺していた。


「あ、いらっしゃいませ」


「城の主に会いたいんだけど」


「謁見、ですか」


「申請制度があるの?」


 シルネアが少し笑った。


「面白いね」


「はい、謁見か戦闘かをお選びいただいて」


「謁見で」


 シルネアがあっさり言った。


「戦闘はつまらないから」


 ライラが頷いた。


「少々お待ちください」


───


 城門をくぐったシルネアが廊下を歩いていると、足元に何かがいた。


 小さなネズミだった。


 黒い毛並みで、赤い目をしていた。


 シルネアが立ち止まった。


 ネズミを見た。


 ネズミがシルネアを見た。


「同類チュ」


 アモンが言った。


 シルネアが少し首を傾げた。


「違うけど」


「まあそうチュ」


 シルネアがアモンをもう一度見た。


 今度は違う見方をした。


 ネズミだ。


 小さい。


 可愛い。


 しかし。


 シルネアの表情が少し変わった。


 このネズミの中に、何かいる。


 ネズミの外側の奥に、別の何かがいる。


 それはネズミでも、普通の魔物でもなかった。


 もっと深い、もっと古い、もっと凶悪な何かだった。


 シルネアが少し後退した。


 後退したのは初めてだった。


「……あなた、何者」


「アモンチュ」


「そうじゃなくて」


「自分でもよく分からないチュ」


 アモンが欠伸をした。


 シルネアはしばらくアモンを見ていた。


 それから小さく笑った。


「面白い城だね、本当に」


「うるさいチュ」


 アモンが廊下の奥に消えていった。


 シルネアはその場に少し立ち尽くした。


 森の魔王として、長く生きてきた。


 様々なものを見てきた。


 しかしあのネズミは、今まで見たことのない種類の何かだった。


 城の主も、あのネズミのことを把握しているのだろうか。


 ますます面白い城だと思った。


───


 謁見の間に、シルネアが入ってきた。


 巨大な蜘蛛の体が、広い謁見の間をさらに狭く感じさせた。


 シルネアが玉座を見た。


 黒鎧の存在が座っていた。


 シルネアがゆっくりと近づいた。


 止まった。


 しばらく無言で見つめ合った。


 シルネアが口を開いた。


「ずっと観察してたよ」


 黒鎧は答えなかった。


「工作員が入って失敗したのも見てた。大勢が乗り込んで壊滅したのも見てた。執事が一人でファルネイスに行ったのも知ってる」


 黒鎧は答えなかった。


「全部、あなたは地下にいたんでしょ」


 黒鎧は答えなかった。


 シルネアが笑った。


「面白いね、あなた」


 黒鎧は動かなかった。


「何もしてないのに、全部うまくいってる」


 黒鎧は答えなかった。


「それって才能だと思う」


 しばらく沈黙があった。


 シルネアが首を傾げた。


「しゃべらないの?」


 黒鎧は答えなかった。


「それも面白い」


 シルネアが立ち上がった。


「あと、廊下にいたネズミ」


 黒鎧が少し動いた。


「あれ、何者? 外側はネズミだけど、中身が全然違う」


 黒鎧は答えなかった。


「まあ、いいか」


 シルネアがくるりと向きを変えた。


「また来るね」


 歩き出した。


 謁見の間を出る前に振り返った。


「あ、そこの執事さん」


 セバチャが頷いた。


「次来る時、お茶出してくれる?」


「ご用意します」


「ありがとう」


 シルネアが出ていった。


───


 謁見の間に一人残った俺は、しばらく動かなかった。


 疲れた。


 何もしていないのに疲れた。


 シルネアは喋り続けていた。


 俺は一言も発しなかったのに、なぜか消耗した。


 ああいう相手いるよな、と思った。


 話しかけてくるだけで何もしないのに、聞いてるだけで疲れる相手。


 病院にもいた。


 隣のベッドのおじさんが毎日話しかけてきて、俺は頷くだけだったのに、なぜかどっと疲れていた。


 シルネアはあのおじさんに似ていた。


 悪いやつではないのだろうが。


 俺は装備を解除した。


 地下に戻ろう。


 廊下でセバチャが待っていた。


「カキンオー様、いかがでしたか」


 俺は少し間を置いた。


 小さく頷いた。


 セバチャが深く頷いた。


「シルネア様は、また来られるようです」


 俺は頷いた。


 まあ、そうだろうと思った。


 俺は石段を降りていった。


───


 城の外では。


 シルネアが東の森に向かって歩いていた。


 風が吹いていた。


 良い天気だった。


 あの城の主は、想像以上に面白かった。


 無言で座っているだけなのに、なんか圧があった。


 しゃべらないのに、全部分かっている気がした。


 そしてあのネズミ。


 シルネアはまた来ようと思った。


 次はもっと長く話そう。


 一人で話すことになりそうだけど。


 まあ、それはそれで面白い。


 シルネアが森に消えていった。


───


 城の二階では。


 セバチャが報告書を書いていた。


 本日、東の森の魔王シルネアが謁見に来た。


 カキンオー様は謁見の間で対応された。


 特に何も発言されなかった。


 セバチャはそこで一度ペンを止めた。


 シルネアはカキンオー様に「面白い」と言っていた。


 森の魔王が、カキンオー様を面白いと評価した。


 これは何を意味するのか。


 セバチャは静かに考えた。


 フロストスは山脈から動かない。


 シルネアは城に来た。


 二大魔王のうち一方が、自ら接触してきた。


 これはつまり。


 カキンオー様は二大魔王を掌握しようとされているのだ。


 大陸の東西を抑える魔王たちを、南の城を中心に束ねる。


 そうすれば大陸全体が、カキンオー様の影響下に入る。


 なんと深謀遠慮な御方か。


 セバチャは報告書の末尾に、丁寧な字でそう書き添えた。


 一切合切が、全力でズレていた。


───


 地下では。


 俺は本を開いた。


 疲れた。


 シルネアは悪いやつではなさそうだった。


 ただ、喋り続けるやつは苦手だ。


 まあ、また来ると言っていた。


 仕方ない。


 ページをめくった。


 静かだった。


 今日は静かさがいつもより心地よかった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ