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カキンオー(課金王)~コミュ障の俺が魔王扱いされ、世界が勝手に震えてる~  作者:


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28,レリスの話

 朝、レリスがアモンと廊下を歩いていた。


「アモン、きょうなにする」


「知らないチュ」


「いっしょにいよ」


「好きにするチュ」


 レリスがにこにこした。


「やった」


 アモンが欠伸をした。


 廊下の窓から、朝の沼地が見えた。


 靄が漂っていた。


 静かな朝だった。


───


 城門の前に、二人組が来たのは昼前のことだった。


 一人は細身の男だった。


 くたびれた貴族服を着ていた。


 もう一人は代理人らしき男で、書類を抱えていた。


 タルドが城門で出迎えた。


「ご用件は」


 細身の男が顎をしゃくった。


「ドレンだ。この城に、我が家の奴隷の子供がいるはずだ。返してもらいに来た」


 タルドが少し間を置いた。


「セバチャを呼んでまいります。少々お待ちください」


───


 応接室で、セバチャがドレンと向かい合った。


 代理人が書類を机に広げた。


「こちらが返還請求の書類です。法的に有効な書類です。奴隷の子供はその親の雇い主の所有物という規定に基づいております」


 セバチャが書類を見た。


 確かに整っていた。


「死んだメレルの子供レリスだと情報が入っています。間違いなく我がドレン家の奴隷の子供です」


 ドレンが腕を組んだ。


「さっさと返してもらえれば、それで済む話だ。もめる必要はない」


 セバチャが静かに書類を閉じた。


「カキンオー様にお伝えします。少々お待ちください」


───


 地下の作業場で。


 俺は四本目の剣に取り組んでいた。


 今日は調子がいい。


 そこにセバチャがノックして入ってきた。


「カキンオー様、ご報告があります」


 俺は手を止めた。


「レリスの元の主人と名乗る人物が来ております。ドレンという地方貴族です。法的な返還請求書を持参しています」


 俺はしばらく黙っていた。


 また来たか。


「書類は正式なものです。法的には返還の義務が生じる可能性があります」


 俺は作業台の剣を見た。


 それからセバチャを見た。


「カキンオー様、いかがなさいますか」


 返す気はなかった。


 最初から、返す気はなかった。


 俺は指輪から紙と炭を取り出した。


 少し考えてから書いた。


「値段は」


 セバチャに渡した。


 セバチャが紙を見た。


 少し間を置いた。


「買い取る、ということでしょうか」


 俺は頷いた。


 セバチャが深く頭を下げた。


「御意のままに」


───


 応接室に戻ったセバチャが、ドレンに向き直った。


「カキンオー様からのご回答をお伝えします」


「返すのか」


「いいえ」


 ドレンが眉をひそめた。


「では何だ」


「買い取ります」


 ドレンが少し固まった。


「買い取る、とは」


「そのままの意味です。レリスの所有権を、カキンオー様が購入されます」


 ドレンが代理人と顔を見合わせた。


 ドレンが口元を緩めた。


 思わぬ展開だった。


 金になる。


「……金貨五十枚だ」


 吹っかけた。


 相場の五倍以上だった。


 普通の相手なら値切るはずだ。


 いや、断るか。


 少し欲張りすぎたか。


 セバチャが頷いた。


「分かりました」


 ドレンが少し拍子抜けした。


「え、いいのか」


「はい」


 セバチャが続けた。


「ただし」


 ドレンが身構えた。


「カキンオー様の格に見合う金額でなければなりません」


「……は?」


「金貨五十枚では少し足りないかもしれません」


 ドレンが固まった。


「は、足りない、とは」


「カキンオー様がお支払いになる金額が低すぎると、カキンオー様の格に傷がつきます」


「いや、俺は五十枚でいいと言っているが」


「では金貨八十枚でいかがでしょうか」


 ドレンと代理人が顔を見合わせた。


「……八十枚、でいいのか」


「むしろ、それ以上お支払いした方がよろしいでしょうか」


「い、いや、八十枚で十分だ、十分すぎる」


 セバチャが懐から金貨を取り出し始めた。


 一枚、二枚、三枚。


 ドレンの目が少しずつ大きくなっていった。


 十枚、二十枚、三十枚。


 代理人が息を呑んだ。


 五十枚、六十枚、七十枚。


 八十枚が机の上に並んだ。


 セバチャが静かに言った。


「以上です。所有権の移転書類をご用意ください」


 ドレンがしばらく金貨を眺めていた。


 代理人が金貨を一枚手に取った。


 表裏を確認した。


 本物だった。


 ドレンが咳払いをした。


「……分かった。書類を用意する」


 書類にサインをしながら、ドレンの手が少し震えていた。


 金貨を数え直しながら、ドレンの顔がにやけていた。


 代理人が耳元で囁いた。


「もっと吹っかければよかったですね」


「うるさい」


 ドレンが金貨を懐にしまった。


 立ち上がった。


 セバチャに向き直った。


「取引成立だ。文句はないな」


「もちろんです」


 ドレンが部屋を出た。


 廊下を歩きながら、ドレンが代理人に小声で言った。


「なんだあの城。頭がおかしいんじゃないか」


「ですね」


「まあ、金になったからいいが。今後は関わるなよ」


「ですね」


 二人が城門を出た。


 セバチャはその背中を見送った。


 まあ、これで十分だろう。


───


 ドレンたちが帰った後、セバチャが地下の扉をノックした。


「カキンオー様、レリスの件、完了しました」


 俺は手を止めた。


「金貨八十枚で所有権を購入しました。書類も受け取りました。法的にレリスはカキンオー様の城の者となりました」


 俺は少し間を置いた。


 頷いた。


「一つ確認ですが」


 セバチャが続けた。


「レリスにはお伝えしますか」


 俺は少し考えた。


 まだ五歳だ。


 まだ早い。


 俺は首を横に振った。


「いずれ、ということですね」


 俺は頷いた。


 セバチャが深く頭を下げた。


「御意のままに」


 扉が閉まった。


───


 城の二階では。


 セバチャが報告書を書いていた。


 本日、レリスの所有権を正式に購入した。


 金貨八十枚。


 法的な手続きは完了した。


 セバチャはそこで一度ペンを止めた。


 カキンオー様は「値段は」と一言書かれただけだった。


 迷わなかった。


 金額も聞かなかった。


 ただ、買い取ると決めた。


 それだけだった。


 セバチャは静かに考えた。


 そして自分は金貨八十枚を支払った。


 相手が五十枚と言ったのに、八十枚支払った。


 カキンオー様の格に見合う金額でなければならないからだ。


 これは正しい判断だったのだろうか。


 セバチャはしばらく考えた。


 カキンオー様は頷かれた。


 沈黙は肯定である。


 つまり、正しかったのだ。


 なんと深謀遠慮な御方か。


 セバチャは報告書の末尾に、丁寧な字でそう書き添えた。


 一切合切が、全力でズレていた。


───


 廊下では。


 レリスがタルドの後をついて歩いていた。


「タルド、きょうなにかかわったことあった?」


「特にないな」


「そう」


 レリスが少し考えた。


「アモンがへんなこといってた」


「何て」


「今日で少しかわるチュって」


 タルドが手を止めた。


「何が変わるって」


「わかんない」


 レリスが首を傾げた。


「アモン、むずかしいこというから」


 タルドは何も言わなかった。


 セバチャから話は聞いていた。


 レリスの件が今日片付いたことも。


 タルドはレリスを見た。


 レリスはいつもと変わらなかった。


 それでいい、と思った。


───


 地下では。


 俺は剣を磨いていた。


 レリスの件は片付いた。


 金貨八十枚か。


 五十枚と言ったのに八十枚払ったらしい。


 セバチャらしいと思った。


 まあ、指輪の中には、もっと高価なものが山ほどある。


 困ることはない。


 静かだった。


 廊下からレリスの声が聞こえた。


「タルド、あしたなにする!」


「仕事だ」


「じゃあおわったら!」


「また仕事だ」


「ずっとしごとなの!」


 俺は剣を磨いた。


 悪くない城だと思った。



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