27,躾
ファルネイスの商業区に、立派な商会があった。
表通りに面した、三階建ての石造りの建物だ。
看板には「ザガン商会」と書かれていた。
セバチャはその建物を見上げた。
朝の商業区は人通りが多かった。
商人たちが行き交い、荷馬車が石畳を走っていた。
賑やかな場所だった。
セバチャは建物の扉を開けた。
───
一階は商談用の広間だった。
受付の男がセバチャを見た。
「どちら様でしょうか」
「カキンオー様の城より参りました。ザガン様にお取り次ぎいただけますか」
受付の男が少し固まった。
カキンオー。
その名前に反応した。
「少々お待ちください」
男が奥に消えた。
しばらくして戻ってきた。
「どうぞ、三階へ」
───
三階の部屋は広かった。
中央に大きな机があった。
窓から商業区が見渡せた。
そして、部屋の四隅と壁際に、男たちが立っていた。
全員、体格がよかった。
全員、腕を組んでいた。
全員、こちらを見ていた。
護衛だ。
数えると八人いた。
部屋の空気が重かった。
机の向こうに、ザガンが座っていた。
穏やかな顔をしていた。
目だけが穏やかではなかった。
「ようこそ、カキンオー様の執事殿」
ザガンが微笑んだ。
「わざわざお越しいただいて、何のご用でしょうか」
セバチャも微笑んだ。
「少々、お話があって参りました」
セバチャが机の前の椅子に座った。
護衛たちが少し動いた。
セバチャは気にしなかった。
懐から書類を取り出した。
一枚、また一枚と、机の上に並べた。
ミナの証言書。
センの動きの記録。
中間業者の名前と取引の記録。
ゲスネイとの繋がりを示す証拠。
全部で十二枚あった。
ザガンが書類を見た。
表情は変わらなかった。
「これは、何でしょうか」
「お分かりになると思いますが」
「さあ、私には」
ザガンが書類を一枚手に取った。
眺めた。
机に戻した。
「初めて見るものばかりですね。私には関係のない話のようです」
セバチャが静かに言った。
「そうですか」
「ええ。心当たりが全くありません」
「なるほど」
ザガンが微笑んだ。
「それで、カキンオー様のご用件は何でしょうか。何かお力になれることがあれば」
セバチャが少し間を置いた。
静かに、しかしはっきりと呟いた。
「やはり、クズか」
部屋の空気が変わった。
ザガンの目から笑顔が消えた。
「……今、何と」
セバチャが立ち上がった。
その瞬間、どこからともなく杖が手に現れた。
黒塗りの、細い杖だった。
護衛の一人が動いた。
セバチャに向かって踏み込んだ。
次の瞬間だった。
杖が一閃した。
護衛が壁まで吹き飛んだ。
壁にひびが入った。
護衛は動かなかった。
部屋が静まり返った。
残りの七人が剣を抜いた。
セバチャは動かなかった。
ただ、杖を持って立っていた。
背筋が伸びていた。
いつもと変わらない立ち姿だった。
「カキンオー様の執事が、手ぶらで来るとお思いでしたか」
七人が一斉に動いた。
───
それからの時間は、短かった。
杖が動くたびに、男が吹き飛んだ。
一人、二人、三人。
セバチャのスーツは剣を受けても傷一つつかなかった。
四人、五人、六人。
七人目が剣を捨てた。
部屋の床に、八人が転がっていた。
誰も動かなかった。
セバチャが杖を消した。
服の乱れを直した。
ザガンを見た。
ザガンが椅子に座ったまま、動けないでいた。
顔から色が消えていた。
セバチャが静かに口を開いた。
「穏便に済ませることもできたのですが」
セバチャが書類を一枚手に取った。
「次に何かなさった場合は」
一歩、前に出た。
「物も、人も、財産も、すべて破壊します」
ザガンが後退しようとした。
椅子ごと壁に当たった。
セバチャの杖が、静かにザガンの左腕に向かって振り下ろされた。
凄まじい音がした。
ザガンの悲鳴が部屋に響いた。
骨が折れていた。
「静かに」
セバチャが折れた腕にもう一度杖を叩きつけた。
さらに大きな悲鳴が上がった。
セバチャが再び杖を構えた。
ザガンが必死に声を押し殺そうとした。
手で口をふさぎ声をかみ殺す。
セバチャが静かに言った。
「逆らうな。従いなさい」
ザガンが何度も頷いた。
何度も、何度も頷いた。
セバチャが杖を下ろした。
「カキンオー様は、私が百人いても傷一つつけられません」
セバチャがザガンを見下ろした。
「愚かな野心は持たぬことです」
ザガンは何も言えなかった。
ただ頷いた。
セバチャが書類をまとめた。
懐にしまった。
「さて、躾は済みましたね」
セバチャが深々と頭を下げた。
「ご多忙の中、お時間をいただきありがとうございました」
セバチャが部屋を出た。
廊下を歩いた。
階段を降りた。
建物を出た。
商業区の朝の空気が広がっていた。
セバチャは少し空を見上げた。
青かった。
まあ、これで十分だろう。
城に戻ろう。
セバチャは歩き出した。
───
部屋では。
ザガンが椅子に座ったまま、折れた腕を抱えていた。
床に転がった護衛たちが、うめきながら起き上がり始めた。
ザガンは窓の外を見た。
セバチャの背中が商業区に消えていくのが見えた。
ザガンは静かに息を吐いた。
あの城は、関わってはいけない。
執事があれなら、主はどれほどのものか。
ザガンは折れた腕を見た。
撤退だ。
静かに、しかし完全に撤退する。
それしかなかった。
───
城に戻ったセバチャが、地下の扉をノックした。
返事がないまま扉が開く。
「カキンオー様、ファルネイスより戻りました」
俺は本から目を離した。
「ザガンへの件、片付きました」
俺は少し間を置いた。
頷いた。
「書類については、評議会への提出を保留しております。ザガンが再び動くようであれば、その時に使います」
俺はまた頷いた。
セバチャが深く頭を下げた。
「御意のままに」
扉が閉まった。
俺は本を開いた。
セバチャが片付けてきたらしい。
何をしてきたのかは分からないが。
まあ、なんとかなったのなら、それでいい。
ページをめくった。
静かだった。
───
城の二階では。
セバチャが報告書を書いていた。
本日、ファルネイスのザガン商会を訪問した。
ザガンに直接伝えた。
躾は完了した。
セバチャはそこで一度ペンを止めた。
カキンオー様から全権を委任されていた。
その全権を、今日使った。
果たしてカキンオー様のご意向に沿っていたかどうか。
しかしカキンオー様は頷かれた。
沈黙は肯定である。
つまり、これで良かったのだ。
なんと深謀遠慮な御方か。
セバチャは報告書の末尾に、丁寧な字でそう書き添えた。
一切合切が、全力でズレていた。
───
廊下では。
レリスがアモンの後をついて歩いていた。
「アモン、セバチャどこいってたの」
「知らないチュ」
「おしごと?」
「知らないチュ」
「なんかつよそうだよね、セバチャ」
「まあチュ」
レリスが少し考えた。
「カキンオーおじさんより、つよい?」
アモンが少し間を置いた。
「それはないチュ」
「なんで?」
「なんとなくチュ」
レリスがまた考えた。
「そうなの?」
「そうチュ」
レリスが走り出した。
「おじさーん! セバチャかえってきたよー!」
アモンが欠伸をした。
「うるさいチュ」




