17,三日
セバチャが地下の扉をノックした。
返事がないまま扉が開く。
「カキンオー様、先ほどの件をご報告します」
俺は作業場から戻ったところだった。
手に煤がついていた。
鍛冶はまだうまくいっていない。
セバチャが静かに事情を説明した。
城門に二人組が来た。
逃げた奴隷の子供がいるはずだ。
返してもらえるか。
三日以内に返答を。
俺はしばらく黙っていた。
レリスか。
沼地で見つけた、あの子か。
泥だらけで、裸足で、茂みに隠れていた。
奴隷の子供だったのか。
知らなかった。
知らなかったが、今は知った。
「カキンオー様、いかがなさいますか」
俺は答えなかった。
答えが出なかった。
セバチャが静かに続けた。
「奴隷の子供は、法的には元の主人の所有物です。返還を求める権利がある、ということになります」
法的には、か。
俺はしばらく天井を見た。
「三日、猶予があります」
セバチャが頭を下げた。
「御意のままに」
扉が閉まった。
俺は作業台に手をついた。
どうしようか。
返すのか。
返さないのか。
面倒くさい。
でも、面倒くさいで済む話じゃない気がした。
───
廊下では。
タルドが掃除の手を止めていた。
奴隷の子供。
レリスが。
センのことが、また頭をよぎった。
レリスのことを話した。
迷子の女の子だと。
それだけだ。
それだけのはずだ。
でも。
タルドは廊下の壁にもたれた。
センとは幼なじみだ。
気のいいやつだと思っていた。
でも、城のことをよく聞いてくる。
そして今日、奴隷の返還を求める男たちが来た。
タルドはしばらく動かなかった。
気のせいであってほしかった。
でも、気のせいではない気がした。
───
台所では。
ライラがレリスと夕食の準備をしていた。
レリスが野菜を洗いながら、鼻歌を歌っていた。
ライラはそれを聞きながら、手を動かし続けた。
セバチャから話は聞いていた。
奴隷の子供。
返還要求。
三日以内。
ライラは包丁を置いた。
「レリス」
「なに?」
「ここは好きですか」
レリスが少し考えた。
「すき!」
「なぜですか」
「タルドがいるし、ライラがいるし、おじさんもいるし」
「カキンオー様が」
「おじさんがいる!」
ライラが微笑んだ。
「そうですね」
レリスが鼻歌を再開した。
ライラは包丁を手に取った。
この子をどこにも渡さない。
笑顔のまま、静かにそう思った。
───
夜、タルドがセバチャの執務室をノックした。
「少し、話があります」
セバチャが顔を上げた。
「センという男を知っていますか」
「村の方ですか」
「そうです。幼なじみです」
タルドが少し間を置いた。
「最近、城のことをよく聞いてくるんです。レリスのことも話しました。迷子の女の子がいると」
セバチャが静かに聞いていた。
「今日来た男たちと、センが関係しているかもしれない。確証はないですが」
セバチャが羽根ペンを置いた。
「タルドさん」
「はい」
「よく話してくれました」
タルドが頷いた。
「センは、悪いやつではないと思います。ただ、誰かに使われているのかもしれない」
「調べます」
セバチャが静かに言った。
「タルドさんは、今まで通りにしていてください」
「センとの関係は」
「普通にしていてください。気づいていないふりを」
タルドが頷いた。
扉を閉める前に、振り返った。
「レリスは、どうなりますか」
セバチャが少し間を置いた。
「カキンオー様がお決めになります」
タルドが扉を閉めた。
───
翌朝、レリスが地下の廊下をうろうろしていた。
作業場の前で立ち止まった。
中から金属を叩く音がした。
レリスが扉をノックした。
音が止まった。
少しして、扉が開いた。
カキンオーだった。
手に煤がついていた。
レリスが中を覗き込んだ。
「なにしてるの」
カキンオーは答えなかった。
レリスが作業台を見た。
金属の塊が置いてあった。
形が歪んでいた。
「これ、なに」
カキンオーは答えなかった。
「つくってるの?」
カキンオーが少し間を置いた。
小さく頷いた。
「へたくそ」
カキンオーが固まった。
レリスが笑った。
「でも、がんばってるね」
カキンオーは何も言わなかった。
レリスが踵を返した。
「またみにくるね!」
走って行った。
カキンオーはしばらくその背中を見ていた。
へたくそ、か。
否定できない。
俺は作業台に向き直った。
もう一回やってみよう。
───
三日目の朝。
城門の前に、また男たちが来た。
今度は四人だった。
タルドが出迎えた。
「返答を聞きに来た」
タルドが頷いた。
「セバチャを呼んでくる」
───
応接室で、セバチャが男たちと向かい合った。
「返答をお聞かせください」
セバチャが静かに口を開いた。
「カキンオー様からのお言葉をお伝えします」
男たちが待った。
セバチャが一呼吸置いた。
「断る」
たった一言だった。
男たちが顔を見合わせた。
「理由は」
「カキンオー様はそれ以上、何もおっしゃっていません」
男の一人が立ち上がった。
「法的に返還の権利がある。それは分かっているか」
「承知しています」
「それでも断ると」
「はい」
男たちが沈黙した。
もう一人が低い声で言った。
「後悔することになるぞ」
セバチャが静かに答えた。
「その言葉、カキンオー様にお伝えします」
男たちが立ち上がった。
城門を出る前に、一人が振り返った。
「三日後にまた来る。その時は、もっと大勢で来る」
セバチャは表情を変えなかった。
「ご自由に」
───
地下の作業場では。
俺は金属を叩き続けていた。
セバチャから報告は受けていた。
断ると伝えた。
後悔することになると言われた。
まあ、そうかもしれない。
でも、返す気はなかった。
理由を言葉にしろと言われたら、うまく言えない。
ただ、返す気はなかった。
それだけだ。
金属を叩いた。
まだ形にならない。
でも、少しずつコツがつかめてきた気がする。
レリスがまた覗きに来るかもしれない。
へたくそと言われる前に、形にしたかった。
なんとなく、そう思った。




