15,刻印
朝、城の廊下でレリスがタルドの後をついて歩いていた。
タルドが掃除をするたびに、レリスが邪魔をした。
「タルド、あそぼ」
「仕事中だ」
「おわったら?」
「また仕事がある」
「ずっとしごとなの?」
「そうだ」
レリスがむすっとした。
「タルドはいつもしごとしてる」
「働いてるからな」
「レリスもてつだう」
「足手まといになるから駄目だ」
「ならない!」
「なる」
レリスがタルドの持つモップを掴んだ。
タルドが引っ張った。
レリスも引っ張った。
しばらく綱引きになった。
ライラが廊下の奥から歩いてきた。
「レリス、タルドさんの邪魔をしてはいけません」
「てつだってる!」
「邪魔です」
「てつだいとじゃまはちがう!」
タルドがモップを回収した。
レリスがライラに向き直った。
「ライラ、タルドがあそんでくれない」
「仕事中ですから」
「じゃあライラあそぼ」
「私も仕事中です」
「じゃあカキンオーおじさん!」
「カキンオー様はもっとお忙しいです」
「ぜんぜんいそがしそうじゃないけど」
ライラが微笑んだ。
「そう見えるのがカキンオー様のすごいところです」
レリスがよく分からないという顔をして、廊下を歩いていった。
───
その頃、城の風呂場では。
俺は浴槽に浸かりながら、ぼんやり考えていた。
最近、本を読む以外にやることがない。
チェスは一人では面白くない。
何かできることはないか。
頭の中でスキルリストを広げた。
全ジョブカンスト。
金によるゴリ押しの結果だ。
課金すれば経験値が買えた。
買えるものは全部買った。
戦士、魔法使い、盗賊、僧侶、錬金術師、鍛冶師、料理人、農夫。
農夫まで。
全部カンストしている。
この世界で使えるかどうかは分からないが、スキルは頭の中に残っている。
鍛冶か。
錬金術か。
素材なら倉庫に山ほどある。
売るだけじゃなくて、何か作れるかもしれない。
まあ、気が向いたらでいい。
俺は浴槽から上がった。
───
風呂場の外では。
ライラが扉の前に立って待っていた。
セバチャが廊下を通りかかった。
「また扉の前ですか」
「カキンオー様がお風呂に入っておられます」
「それは分かりますが」
「お待ちしています」
「一歩離れなさい」
「でも」
「離れなさい」
ライラが渋々と一歩後退した。
一歩だけだった。
そこへレリスが走ってきた。
「ライラなにしてるの」
「お待ちしています」
「なにを?」
「カキンオー様を」
レリスが扉を見た。
「おじさん、おふろ?」
「はい」
「いっしょにはいる!」
レリスが扉に手をかけた。
ライラが素早くレリスを抱き上げた。
「駄目です」
「なんで! ライラもいつもはいろうとするじゃん!」
セバチャが静かに咳払いをした。
ライラが少し顔を赤くした。
「それとこれとは話が違います」
「どうちがうの」
「違うんです」
「わかんない」
セバチャがもう一度咳払いをして、執務室に戻っていった。
───
風呂から上がった俺が扉を開けると、ライラがレリスを抱えたまま扉の前に立っていた。
距離、一歩。
レリスが手を振った。
「おじさん、おかえり!」
俺は黙って廊下を歩き出した。
ライラが後ろからついてきた。
「お加減はいかがですか。温度は丁度よかったですか。長く入りすぎではないですか」
レリスも後ろからついてきた。
「おじさん、あしはやい!」
俺は返事をしなかった。
廊下を歩きながら、さっき考えたことを思い出した。
鍛冶か、錬金術か。
ライラに素材を頼めばいいか。
頼む方法が問題だが。
まあ、後で考えよう。
───
その日の午後、セバチャの執務室に来客があった。
城で働きたいという申し出だった。
三十代の落ち着いた女性で、名をミナといった。
以前は商家で働いていたが、主人が事業を畳んで職を失ったという。
セバチャが向かいに座って、羽根ペンを手に取った。
「なぜこの城で働きたいと思ったのですか」
「知人から、こちらで人を募集していると聞きました」
「知人、とは」
「村の方です。タルドという方の知り合いから」
セバチャが書き留めた。
「カキンオー様の沈黙についてはどう思いますか」
ミナが少し考えた。
「深い御方なのだと思います。言葉より行動で示される方なのでしょう」
セバチャが深く頷いた。
「なるほど」
羽根ペンが走った。
「カキンオー様のお世話に関心はありますか」
「いいえ。雑用で構いません」
「謙虚ですね」
セバチャはしばらくミナを観察した。
的確な答えだ。
深読みできる余白がある。
この人物は、カキンオー様の真意を理解できる素養がある。
「採用します。明日から来てください」
ミナが深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
───
セバチャが報告書を書いていた。
新たな使用人を一名採用した。
タルドの知人の紹介とのこと。
セバチャはそこで一度ペンを止めた。
タルドの知人の紹介。
つまり、カキンオー様はすでに、村との繋がりを人材確保に活かす仕組みを作っておられたのだ。
なんと深謀遠慮な御方か。
一切合切が、全力でズレていた。
───
翌日、ミナが城に来た。
ライラが出迎えた。
「いらっしゃいませ。ミナさんですね」
「はい。よろしくお願いします」
ライラが城内を案内した。
台所、倉庫、広間、廊下。
ミナは静かについてきながら、目だけが動いていた。
倉庫の前で、ライラが説明した。
「こちらは倉庫です。素材や備品が入っています。業務で必要なものはセバチャに申請してください」
「分かりました」
ミナが倉庫の扉をちらりと見た。
鍵はかかっていない。
ミナは表情を変えずに頷いた。
───
案内の途中で、廊下をレリスが走ってきた。
「ライラ! あたらしいひとだれ!」
「ミナさんです。今日から城で働いてもらいます」
レリスがミナを見上げた。
「レリスです。よろしくです」
ミナが微笑んだ。
「よろしく。かわいいね」
「しってる!」
レリスが走って行った。
廊下の端で転んだ。
ミナが思わず前に出た。
「大丈夫?」
レリスが起き上がった。
「へいき!」
ミナの視線が、一瞬だけ下に向いた。
レリスの足が、裸足だった。
足の裏に、何か小さな印があった。
レリスがまた走り出した。
ミナは表情を変えなかった。
ライラが苦笑いした。
「いつもあんな感じで。すみません」
「元気な子ですね」
「本当に」
ライラが歩き出した。
ミナはついていきながら、頭の中に刻み込んだ。
足の裏の印。
小さく、しかし明確に刻まれていた。
───
夜、ミナが使用人部屋に戻った。
懐から小さな手帳を取り出した。
倉庫の位置。鍵なし。
人員構成。執事、メイド、雇われた若者、新入りの自分。
それから少し間を置いて、書いた。
城に子供がいる。女の子。五歳前後。
足の裏に印。
ミナは手帳を閉じた。
あの印が何を意味するのか、ザガンなら分かるだろう。
ミナは蝋燭を吹き消した。
───
同じ頃、城の廊下でレリスがタルドに絡んでいた。
「タルド、あしのうらみせて」
「なんで」
「みたいから」
「嫌だ」
「なんで!」
「くすぐったいから」
レリスが笑った。
「くすぐったいの! じゃあくすぐる!」
「やめろ」
「みせたらくすぐらない」
「取引するな」
タルドがレリスを抱き上げて、廊下の端に置いた。
「今日はもう部屋に帰れ」
「やだ」
「ライラに言うぞ」
レリスが少し考えた。
「……かえる」
レリスが廊下を歩いていった。
タルドはその背中を見送った。
センのことを、ふと思った。
先週また会って、少し話した。
気のいいやつだと思っていた。
でも、なんとなく引っかかることがある。
城のことを、よく聞いてくる。
興味があるだけかもしれない。
でも。
タルドは掃除を再開した。
気のせいかもしれないけど。
───
地下では。
俺は本を読んでいた。
鍛冶、やってみるか。
素材をライラに頼めばいいか。
頼む方法が問題だが。
まあ、明日考えよう。
ページをめくった。
静かだった。




