13,探検と工作
朝、レリスがいなかった。
ライラが城内を探し回った。
台所にいない。
使用人部屋にいない。
広間にもいない。
「タルドさん、レリスを見ましたか」
「見てません。また探検してるんじゃないですか」
ライラが廊下を早足で歩いた。
この城は広い。
迷子になる場所がいくらでもある。
しばらく探し回ったあと、城の東側の廊下の奥で、レリスが壁際にしゃがんでいるのを見つけた。
「レリス、こんなところにいたんですか」
レリスが振り返った。
目がきらきらしていた。
「ライラ、きいて!」
「何ですか」
「このおくに、くらいところがあって」
「はい」
「そこに、ネズミがいた!」
ライラが頷いた。
「城ですから、ネズミくらいいるかもしれませんね」
「ちがうの!」
レリスが立ち上がって、ライラの手を引いた。
「しゃべったの! ネズミがしゃべった!」
ライラが少し首を傾げた。
「しゃべった、というのは」
「ちゅーってしゃべった! おかしなことをいってた!」
「おかしなこと、とは」
レリスが少し考えてから言った。
「えーと、あの、なんだっけ、けしまちゅー、みたいな?」
ライラが笑顔のまま固まった。
「……そうですか」
「ほんとうだよ! うそじゃないよ!」
「分かりました。でもそういう場所には近づいてはいけません」
「なんで?」
「危ないからです」
「ネズミだよ?」
「レリス」
ライラの声が少しだけ低くなった。
レリスが黙った。
「は、はい」
───
夕方、タルドが廊下を掃除していると、レリスが走ってきた。
「タルド! ネズミがしゃべった!」
「ネズミが?」
「ほんとうだって!」
タルドが掃除の手を止めた。
「どこで」
「ろうかのおく」
タルドは少し考えた。
東の廊下の奥。
行ったことがない場所だ。
セバチャさんには必要のない部屋と言われている。
危険かもな。
「レリス、そこには行くなよ」
「なんで?」
「危ないから」
「暗いから?」
「そうだ、行くな」
レリスがむすっとした顔をした。
「ネズミ、かわいかったのに」
タルドが掃除を再開した。
話すネズミ、か。
子供の言うことだ。
まあ、気のせいだろう。
たぶん。
───
夜、セバチャが地下の扉をノックした。
「カキンオー様、本日レリスが東の廊下の奥に入り込んだとのことです」
俺は本から目を離した。
「話すネズミがいたと言っています」
俺は少し黙った。
話すネズミ。
東の廊下の奥。
まあ、気にしなくていいか。
小さく頷いた。
「制限については」
俺は手を横に振った。
セバチャが頷いた。
「承知しました」
俺は天井を見た。
まあ、レリスが勝手にやっていることだ。
問題ないだろう。
たぶん。
───
同じ頃、ファルネイス共和国の片隅にある、表向きは商会の建物で。
ザガンは椅子に深く腰かけて、部下の報告を聞いていた。
四十代、がっしりとした体格。
穏やかな顔をしている。
ただ、目だけが穏やかではなかった。
「城の宝箱の件、続報を」
部下が頷いた。
「はい。最近、城からの宝箱は外には置かれなくなりました。城内に乗り込んで戦った者にだけ渡しているようです」
「賢い」
ザガンが静かに言った。
「城の主は、無駄なことをしない人間らしい」
「はい。戦って生きて帰った者への報酬として機能しています。城への挑戦者が増えています」
「中身は」
「回収した品を調べました。素材、回復薬、装備品。いずれも規格外です。特に装備品は、帝国の宮廷鍛冶師でも再現できないものが混じっています」
ザガンが指を組んだ。
「城の中には、もっとあるはずだ」
「おそらく」
「欲しいな」
部下が少し顔をこわばらせた。
「力攻めは」
「しない」
ザガンが静かに続けた。
「力攻めをして勝てる相手ではない。ギルドが十二人で乗り込んで全員制圧された話は知っているな」
「はい」
「では、どうするか」
ザガンが立ち上がった。
「城の内部に入り込む。力ではなく、人を使って」
「どういう意味ですか」
「城は人を雇い始めた。村から一人、雇ったという話だ」
部下が頷いた。
「タルドという若者です」
「その男を通じて、城の内部を把握する。資産の規模、主の行動パターン、弱点」
「タルドを買収しますか」
ザガンが少し考えた。
「まず、接触だ。いきなり買収しても警戒される。時間をかけて関係を作る」
「了解です」
「それから」
ザガンが窓の外を眺めた。
「城に出入りする人間を増やしたい。使用人の口実で、こちらの人間を送り込む」
「可能ですか」
「可能にする」
ザガンが静かに笑った。
「城の主は力では倒せない。だが、内側から崩すことはできる」
───
城の地下では。
俺は本を読んでいた。
話すネズミ、か。
まあ、レリスの見間違いだろう。
ページをめくった。
静かだった。
東の廊下の奥で、何かが動いた気がした。
気のせいかもしれないけど。




