101,祭典
出発の朝。
タルドが荷物を持って玄関口に立っていた。
カイトが剣のケースを確認していた。
「帝国いいですね」
タルドが言った。
「行ってみたかったんです」
「そうか」
「カキンオー様、本当にいいんですか」
カキンオーが頷いた。
セバチャが前に出た。
「よろしいのですか。タルドはまだ経験が浅く、帝国は広うございます。迷子になる可能性が」
「セバチャさん」
カイトが止めた。
「大丈夫だ」
ライラがタルドを見た。
「タルド様はカキンオー様のそばでよく働いてくださっています」
セバチャが少し止まった。
「たまには外に出るのも良いですよ」
タルドが嬉しそうになった。
「ありがとうございます、ライラさん!」
「気をつけて行ってきてください」
「はい! カキンオー様、行ってきます!」
カキンオーが頷いた。
二人が出発した。
セバチャが見送りながら手帳に何かを書いていた。
ライラが横目で見た。
見なかったことにした。
───
帝国は大きかった。
タルドは城門を抜けた瞬間から、キョロキョロしていた。
「でかい」
カイトが隣を歩いていた。
「城ばかりいるからそう感じるんだろ」
「でも本当にでかいです」
「まあな」
市場があった。
人が多かった。
屋台が並んでいた。
タルドが立ち止まった。
「カイト様、あれは」
「歩くぞ」
「でもあれが」
「歩くぞ」
タルドが渋々歩いた。
でも首だけ振り返っていた。
───
祭典の会場に向かう途中だった。
カイトが少し先を歩いていた。
タルドが屋台を見ていた。
串焼きだった。
いい匂いがした。
一本買った。
食べた。
うまかった。
もう一本買った。
食べた。
また一本。
気づいたらカイトがいなかった。
「カイト様?」
いなかった。
「カイト様!」
人混みだった。
見えなかった。
タルドが周りを見渡した。
どっちに行けばいいか分からなかった。
とりあえず歩いた。
路地に入った。
余計に分からなくなった。
壁にもたれて立っていた。
そこに。
「おい、邪魔だ」
声がした。
振り返った。
若い男だった。
腕を組んでいた。
目が鋭かった。
「す、すみません」
タルドが壁から離れた。
男が通り過ぎようとした。
タルドが見た。
腰に剣があった。
光っていた。
二色だった。
「あの、その剣」
男が止まった。
振り返った。
「なんだ」
「二色に光ってますね」
男がタルドを見た。
「見たことあるのか」
「いえ、初めてです。すごいですね」
男が少し鼻を鳴らした。
「当たり前だ。俺が作った」
「え、鍛冶師さんですか」
「チョンパだ。帝国で一番の」
タルドが目を丸くした。
「チョンパさん! 祭典に出るんですよね」
「なんで知ってる」
「カイト様から聞きました」
チョンパが少し止まった。
「カイト?」
「はい。カイト様と一緒に来たんです。今はぐれましたけど」
「カイトと一緒に来た、ということはお前」
チョンパがタルドを見た。
「どこから来た」
「南の城です」
チョンパが少し動いた。
「あの城の人間か」
「はい! タルドと申します。カキンオー様にお仕えしています」
チョンパが黙った。
しばらくタルドを見ていた。
「まさか、祭典に剣を出すのか」
「はい! カキンオー様が打った剣を持ってきました」
チョンパが少し止まった。
「……そうか」
それだけ言った。
歩き出した。
「あの、チョンパさん! カイト様を知りませんか」
「知らん」
「そうですか」
チョンパが少し間を置いた。
「祭典会場はそこを右だ」
「ありがとうございます!」
チョンパが歩いていった。
タルドが右に曲がった。
カイトがいた。
「タルド、どこ行ってたんだ」
「迷子になっていました」
「串焼きを食べていたんだろ」
「美味しかったです」
カイトがため息をついた。
───
祭典の会場は広場だった。
大きな台が並んでいた。
人が集まっていた。
賑やかだった。
タルドが目を丸くした。
「すごい人だ」
「帝国中の鍛冶師が集まる。3年に一度だからな」
カイトが剣のケースを持っていた。
審査員のところに向かった。
「これを出したい」
審査員が受け取った。
ケースを開けた。
少し止まった。
「お名前は」
「匿名で」
審査員がカイトを見た。
「匿名ですと、順位はつきますが優勝の名誉は受けられません。それでもよろしいですか」
「構わない」
審査員が困惑した顔で頷いた。
剣が台に並んだ。
タルドが遠くから見た。
知っていた。
カキンオー様の剣だ。
───
参加者たちが並んでいた。
若い者から年配の者まで。
皆、自分の剣に自信があった。
その中で、一人だけ違う空気の男がいた。
チョンパだった。
腕を組んでいた。
周りなど眼中にないという顔だった。
タルドが小声で言った。
「さっきの人だ」
「知り合いか」
「迷子の時に会いました」
カイトがため息をついた。
チョンパの周りで、他の参加者がひそひそ話していた。
生意気だとか。
口が悪いとか。
でも腕は本物だとか。
チョンパは聞こえていないふりをしていた。
たぶん聞こえていた。
───
審査が始まった。
審査員たちが剣を一本ずつ手に取っていった。
光るもの、光らないもの。
色々あった。
チョンパの剣の番になった。
審査員が手に取った。
光った。
二色だった。
赤と青だった。
会場がざわめいた。
「二色だ」
「本当に二色光っている」
「チョンパはやはり本物か」
チョンパが腕を組んだまま前を向いていた。
当然だという顔だった。
タルドが感心した。
「すごいですね」
「ああ」
カイトが頷いた。
「でも」
───
審査員たちが進んでいった。
そして。
カキンオー様の剣に辿り着いた。
一人が手に取った。
止まった。
隣の審査員が覗き込んだ。
また止まった。
二人が顔を見合わせた。
三人目が手に取った。
また止まった。
会場が静かになっていった。
タルドが少し胸を張った。
カイトが横目で見た。
「何がそんなに嬉しいんだ」
「カキンオー様の剣ですから」
「お前が作ったわけじゃないだろ」
「でも嬉しいんです」
タルドが前を向いた。
審査員たちがまだ剣を見ていた。
なかなか次に進まなかった。
チョンパが少し眉を動かした。
気になっている。
でも動かなかった。
───
審査員たちが戻ってきた。
結果が発表された。
「一位、匿名。ただし匿名のため優勝の名誉は辞退とします」
会場がざわめいた。
「匿名?」
「誰だ」
「なぜ匿名で」
「よって優勝は二位、チョンパ」
拍手が起きた。
チョンパが前に出た。
でも表情が硬かった。
タルドが誇らしかった。
胸を張った。
カイトが苦笑いした。
「帰るぞ」
「もう少し見ていたいです」
「帰るぞ」
「でもチョンパが」
「帰るぞ」
タルドが渋々歩いた。
また首だけ振り返っていた。
───
会場の端で。
ガドラが立っていた。
腕を組んでいた。
チョンパが歩いてきた。
優勝の盾を持っていた。
でも表情が優勝者の顔ではなかった。
ガドラの隣に立った。
匿名の剣を見ていた。
台の上にまだあった。
「分かるか」
ガドラが静かに言った。
チョンパが答えなかった。
しばらく見ていた。
「深い」
低い声だった。
ガドラが黙っていた。
「くそっ」
チョンパが台に近づいた。
剣を手に取った。
また止まった。
「負けたわけじゃない」
「そうか」
「二色の方が強いはずだ」
「そうか」
ガドラが何も言わなかった。
チョンパが剣を置いた。
それから、また手に取った。
ずっと見ていた。
「これは、誰が」
ガドラが少し間を置いた。
「流れだ、と言った人間だ」
チョンパが止まった。
ガドラから何度も聞いた言葉だった。
剣を置いた。
手を見た。
「このままじゃ終われない」
ガドラが何も言わなかった。
それで十分だった。
会場の喧騒が、遠かった。




