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外野の人間はあぶく銭だと言う。猿芝居なんかじゃないはず。れっきとした仕事だ。
私は自分の頬を叩いた。
今日の客は三宅様という、貴高いお客様だ。数々の客と交わってきた中でも、この方は別格。傲慢さが感じられないのだ。高尚なことを底辺を生きる人間に揶揄しない。好意もいただいていた。客に優劣をつける訳ではないが、このお客様はそういう意味で他とは別だった。
私は言われた通りにしていた。すでに彼の好む方法を承知していた。何度も教えてくれたのでさすがに覚えた。
どこか不満げな表情だった。
仰向けで寝転がる彼の上に私は跨る。
異和を感じた。
不安定な態勢だった。後ろに手を突き、仰向け気味に身体を後ろに倒した。
抱き合ったまま――。
静まる。
いつもと違うのは感じられた。いつも話しかけてくれるのに、今日は言葉を発しなかった。
「貴調。お前変わったな」
「え、そんなことないですよ」
「お前はいつもセックスの最中に僕を愛してくれていた。でも、それが感じられない」
「そんなことないですよ」私は言うしかなかった。
「僕のことを大切にしてくれていない。なあ、そうなんだろう? 君だけだったのに。貴調だけだったのに……」
そう言ってしばしの間、動きが止まっていたが、三宅様は、「パンっ」と私の臀部を叩いたのを拍子に――。
「ほらあ! ケツを叩かれるのが好きなんだろ! なあ!」
そう言って私の臀部を何度もはたく。こんな人ではなかったはずなのに。い……たい……。
痛いと思った。
常に誠意をもって向き合って来たお客様。どのお客様に対してもそうだった。僕を愛してくれというお客様なら存分に愛した。首を絞めたいと言われれば、死なない程度にそれを許した。一緒に寝てもらうだけでいい、お話がしたいだけだ。そんなことを言われればいつも自分の経験と女傑から身をもって教わってきたことを駆使して愛でた。
でもいつからだろう。
品位の低さを熟知している鷹が私に集っているだけ。冗談みたく、不覚にもそんな風に彼らお客様を捉えていたのはいつ頃からだろう。私は誰のために生きている? もちろん自分。生きる術、と女傑から常々そう言われてきた。
それが消えかかっていることが、彼の言葉をによって浮き出てきた。思い出されるのは、もちろん何度も見てきた男たちではない。たった一人。ぼろぼろの襟が弛んだ服に身をくるんだ清楚ではない男性。風でブランコの鎖がキイキイ鳴っているのが聞こえる公園の隅。誰にも見られていない。誰にも見せたくはない。高く伸びた街灯が、不届きものを監視するように、光を照らす場所だけに目を凝らしていた。私たちはその監視者に隠れて交わる。背中で冷たい雑草の尖った輪郭を感じ、胸、腹、ふくらはぎで温かく彼の柔らかい感触を探った。ふくらはぎで触れた彼の背中は、温かいものだった。ああ、私はこのときのためにずっと生きていた。幼少の頃初めて歪と出会い、口づけを交わしたあのときから私はどこかで何かを探していた。美しき人間が成人になるまでの過程の中で、多くの汚れを体感した。穢れではないと思っていたのも事実。しきたりと生きる術。それを根底に置いて考えたときに、別に今、目の前で私を叩く彼もまた私の人生の中で必要な人間だと思えた。
最近だ。歪を乞うようになってから私は徐々に変わり始めていた。そして本当に最近。私は本気で悩み始めた。利害関係に焦点を置き、何が良くて何が悪くてなんてことを、自分の都合によって考える。客観的な視点でも考えた。だが、客観的だなんて言ってしまえば主観の一種だった。
そんな私がない頭を精一杯に使って考えているのに、過去の歪は邪魔をしてくる。あの日、歪に手を握られたとき、私は彼のことをしきたりと生きる術の一つにした。もっと言えば、昨日だってそうだったかもしれない。あのとき私はなぜ口づけを交わしたのだろう。何かを求めていた。なぜだ。しきたりと生きる術の一つでしかないはずの行為が、どうも美しき人間様のする行為のように取れた。陳腐に思えなかったのだ。




