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「貴調さん。女傑様が呼んでましたよ」


 菜月にそんなことを言われたとき、私は一寸自分の身体が動かなかった、ということを感じた。ドクっ、と一回鳴った鼓動。そんな余念を気にしてはいられない。気にしたところで女傑との対面は逃れられないはずだから。


 私は襖を開けて、廊下に立った。隣の部屋もその奥の部屋も。口の文字を象った廊下に沿うように連なる部屋の端々で、人間様の黄色い声、赤い声が漏れていた。襖の障子にそこで行われている行為が写っているように思えた。実際は見えない。声から私が想像した妄想だ。


 二階にいた私は三階にある女傑の部屋へと向かった。階段を上る途中、私は幾度も登ったこの階段に郷愁を抱いていた。思ったのは無意識だったが、そう思ってしまった自分のことが酷くこの屋敷の道理に外れた人間のように思えた。


 死期が近い。


 そんなことを思ったときには、女傑の部屋の襖に手を掛けていた。


「いらっしゃい」


 女傑は、たいそうな膨らみの見て取れる座椅子に座っていた。


「何でしょう」

「三宅様、満足して帰られたわよ。上出来じゃない」

「もったいないお言葉です」


 肩の上に乗った重たい鉛がおろされたような感覚だった。それも束の間。


「ねえ。あんた孕んでんじゃないでしょうね?」


 鉛は逆再生したかのように、地面から帰ってきた。


 ああ、私の尊敬していた女傑は、もう女傑ではなくなった。今まで優しくしてくれていたに過ぎない本性を出した悪女。


 人生がひっくり返る瞬間を感じた。



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