偽装工作は綿密に3
システィナ王太子ウィリアム殿下とエステル帝国皇太子ユークリウス殿下には浅からぬ繋がりがあった。二人は幼い頃に通っていた留学先の学園にて交流があったのだ。
同じ年に生を受けた二人は次期の王位(帝位)を戴く者としてだけでなく、その気性や性格から『気が合った』としか言い表せない。そんな彼らはお互いは国家を超えて『友』であった。そして現在も友好関係は続いている。
「ユークリウス殿下の申し入れとは具体的に何を指すのです?アーリア殿をシスティナ国の『姫』としてとは……?」
アルヴァンド宰相の言葉にウィリアム殿下は手紙に目を落としつつ答えた。
ユークリウス殿下の申し入れとは、戦争を避ける為に自分に力を貸して欲しいというものだった。
自分が帝位につけばシスティナ国と戦争を起こす事はない。だが今のエステル帝国の情勢には危ういものがある。だからアーリアを無事にシスティナへ送り届けようにも、阻まれる事態が予想される。それならば己の手元に置いて保護する。また同時に今の状況を覆す為にアーリアを『システィナ国の姫』として迎え、己の政策の駒としたい。
ウィリアム殿下は手紙からユークリウス殿下の考えを読み取り、自分なりの解釈を付け加えながら説明した。
「システィナ国の『姫』とは言わば隠れ蓑のようなものではないかと考えます。アーリア殿をエステル帝国に捕らえるように指示した者からすれば、ユークリウス殿下がアーリア殿を保護している事実は己の仕出かした事態の失敗を意味しましょう。その事が殿下により公にされてしまうかもしれないと恐れるのは必至」
「そこで『隠れ蓑』か」
「はい。ユークリウス殿下は常々、エステル帝国の改変を望んでおいででした。システィナ国から妃を貰うのもその一端とされたいのではないでしょうか」
「すると、元々そのような考えがあった中、アーリア殿が転がり込んできたとなるな」
「そう思われます。アーリア殿を保護するついでに彼女を『姫』にしてしまおうと考えたのだと、私はこの手紙からユークリウス殿下の考えを読み取りました」
ウィリアム殿下の言葉に国王陛下とアルヴァンド宰相が交互に考えを述べていく。
ウィリアム殿下はユークリウス殿下の想いを以前から知っていた。エステル帝国は『精霊信仰』が根付いて久しい。精霊を信ずる心は良いが、他国の考えを全く受け入れないのは如何なものかと。このままでは他国に取り残され自国が自壊するのではないか、とも。
「アーリア殿がシスティナ国の『魔導士』ではなく、システィナ国の『姫』ならば迂闊に手も出せぬな」
国王陛下の言葉にウィリアム殿下は力強く頷く。
「しかし、我が国がエステル帝国の皇太子と繋がりを表に出す事は危険ではありませんか?」
それまで黙っていた官僚から疑問の声が上がる。その意見も最もだった。ユークリウス殿下は次期皇帝であって、現皇帝ではないのだ。もし現皇帝にシスティナ国が目をつけられでもしたら、事は更に大きなものになる。それこそ戦争真っしぐらの未来も待ち受けようというもの。
「……遅かれ早かれではないか。アーリア殿をユークリウス殿下が保護せず、そのまま皇帝に差し出されていれば今頃、開戦を余儀なくされていただろう。それもエステル帝国・ライザタニア国の両国に北と東から囲まれて」
「「「ーーーー!」」」
「それがユークリウス殿下の機転で回避されているのだ。今、我々にできる事は彼の期待に応え、場を整える事。そう思わぬか?」
国王陛下の少し憂いの含んだ言葉の奥にある決意に誰もが息を飲んだ。その表情には一国を背負う者の威厳を改めて感じさせられた。
暫くの沈黙の後、国王陛下はその瞳に悪戯心を宿していた。国王陛下はしんみりしている官僚たち見渡すとこう切り出した。
「して、どうする?アーリア殿をシスティナの『姫』に偽装する為の算段は?エステル帝国皇帝と凡そ半数の官僚たちを欺くのだ。よほど凝った物を考えねばならぬな?」
国王陛下の笑みを宿した瞳に、知らず身を固めていた者たちも皆、肩を回した。
「そうでございますね!どうせなら楽しまねばなりませんな⁉︎ 皇帝を欺く偽装工作など、なかなかできる事ではございません」
アルヴァンド宰相も悪戯な笑みを浮かべ大きく頷いた。
ユークリウス殿下が皇帝を騙しきり、エステル帝国の玉座を手にすればシスティナ国の勝利。これは国を賭けた大博打なのだから。
※※※※※※※※※※
アーリアは王太子ウィリアムの『義理の妹』という設定になった。つまりシスティナ国 国王夫妻の養女だ。
恋多き先々代国王が最後の愛妾に産ませた娘。その娘をシスティナ国王夫婦が引き取り、養女とした。
養女となるまでその娘は王家の迷惑にならぬようにと、実母の実家であるシスティナ国西部の辺境伯の元で育った。
実母の名はソフィア・フォア・アルテシア。アルテシア辺境伯の娘。
前々代国王が外遊に訪れた際に一目惚れ。翌年側室に迎え、年の差を越えて愛し合った末に娘を身籠もるも、出産後の肥立ちが悪くソフィアは他界。
前々代国王の崩御後、ソフィアの父イルバートが親代わりとなり育てた。
辺境伯は魔導士でもあり、その影響を受けてソフィアの娘も魔導士となる。
半年前、国王夫妻の強い要望を受けて養女となる。以降、王宮で過ごしていたが、まだまだ王宮の作法には未だに不慣れな点もある。
皇太子ユークリウス殿下とは3カ月前、システィナ王宮で催された夜会時に出会う。ユークリウス殿下の学友ウィリアム殿下に義妹として紹介されたのが縁となり、この度、エステル・システィナ両国の親善を目的として輿入れが決まる。
「お前の設定はシスティナ国王夫妻の養女。エステル帝国に親善目的で輿入れする姫だ!」
とユークリウス殿下に宣言され、アーリアは呆然とした。更にはすでにこの事はシスティナ王宮へと打診され、承諾までされている事だという事実まで齎された。
システィナ国では既に腹を括ったそうだ。アーリアを誘拐されたのは自国の責任でもあるので、一概にエステル帝国だけを責めるわけにもいかず、ユークリウス殿下の提案に乗っかる事にしたそうだ。その際にアーリアに伴う偽の設定を事細かに考案し、更にはその根回しは国内では済んでいるらしい。
「……」
「官僚の本気って怖ぇ……」
リュゼの言葉が広い執務室に響いた。ついでにアーリアの心にも響いてきた。
ユークリウス殿下からシスティナ国へ密かに打診されてから十日と経っていないのだ。その間に国内では全ての偽装工作が成されたようだった。
「……手紙はどのようにやり取りされたんですか?」
「魔道具だ。以前ウィリアムから貰ってな。重宝している」
手紙を送り合う事の出来る魔宝具の存在にアーリアは驚きを見せた。魔術による《転送》と同じ効果だろう。そんなモノを籠められる魔導士は限られてくる。
「……その魔道具ってどういう……」
「魔道具とは便利な物だな?誰にでも使えるところが尚良い。俺が皇帝になった暁にはシスティナからどんどん輸入してやるからな……!」
アーリアがユークリウス殿下に聞こうとした事と別の返答が返ってきた。
ユークリウス殿下の目は本気だった。『精霊信仰』と共に魔法を主軸とした国家体制を敷いている国の皇太子とは思えぬ発言に、アーリアとリュゼは少しの間押し黙った。
「殿下のような考えって、この国では珍しいんじゃないの?」
リュゼは飾らぬ言葉でユークリウス殿下に尋ねた。本当なら、このような言葉遣いは不敬罪に当たるのだが、当の殿下は『このメンバーの場合のみは普段使いで通して良い』という許可を出していた。
リュゼの最もな質問にユークリウス殿下はニヤリと笑って振り向いた。
「ああ。俺のような考えはこの国では万人に受け入れられている訳ではない。国会内でも俺の派閥の人間だけだ」
「『穏健派』とは真っ向からぶつかっているのですよ……」
「そうでしょうね」とは他国の人間であるアーリアとリュゼの二人には突っ込めなかった。
この雰囲気なら遅かれ早かれエステル帝国では次代に向けて派閥争いが勃発していただろう。皇太子の身の振り方次第では国内で戦争にまで発展しそうだ。
「ああ、そうだ。アーリア、お前宛に手紙が届いていた」
ユークリウス殿下は懐に手を突っ込んで、脇のポケットから一通の封筒を取り出すと、それをアーリアへ手渡した。
「え……私に?」
アーリアはその封筒を受取ると訝しげに裏と表を交互に見た。封筒の表裏には宛名や差出人など、一切書かれていない。何なら糊付けもしていない。
アーリアは不審には思ったが、思い切ってその封筒の中身を取り出した。中には一枚の白い用紙が入っていた。
『鈍臭いにも程がある。おバカもほどほどになさい』
二つに折られた用紙を開き、その中に書かれた文字に目を通したアーリアは硬直した。
「…………」
その見慣れた字にアーリアの目の前は白く霞み、気が遠くなっていった。
「どーしたの?子猫ちゃん⁇ 」
アーリアが手紙を読んでからの様子の変化にリュゼが眉根を寄せると、アーリアの上から手紙の中を覗き込んだ。
「あ〜〜らま〜〜……これは……」
差出人の名が記されていない手紙だが、その内容だけでリュゼにもこの手紙の送り主が判った。
「二人ともどうした?そんなに酷い内容だったのか?」
「誰に読まれても不測の事態が起こらぬように宛名は記されていないのでしょうね。……内容に心当たりがなかったのですか?」
ユークリウス殿下とヒースの言葉にアーリアは微妙な表情を浮かべた。確かに誰に読まれても大丈夫な内容だ。
アーリアの手元にある手紙をリュゼがひょいっと取り上げると、それをユークリウス殿下に手渡した。それをユークリウス殿下とヒースが読むなり、首を傾げたのも理解できる。
「……何とも厳しいお言葉ですね?」
「いや、これはかなり的を得ているんじゃないか?」
ヒースとユークリウス殿下は手紙の内容とアーリアとを交互に見比べた。この『鈍臭い』、『おバカ』とは誰を指すのかなど、考えずとも分かったのは二人が聡明故、という事にしておこう。
だが言われた本人は項垂れるのだった。誰の口からも否定の言葉や慰めの言葉が出ないのだ。思い当たる節のあるアーリアとて、気分が凹むのは仕方ないではないか。
「ドンマイ!気にしてたらキリないよ?」
リュゼが笑顔全開でアーリアの肩をポンっと叩いた。思ってもいないであろう慰めの言葉にアーリアはますます落ち込んだのだ。
「えー……落ち込んでいらっしゃるところ申し訳ないのですが、これからの流れを説明してもよろしいでしょうか?」
ヒースの気遣いのあるようでない歯切れの悪い切り出しに、アーリアは顔を上げた。ヒースはアーリアの視線を受けると、一つ頷いて話し始めた。
「これからアーリア殿には『姫』になるべく教育を受けて頂きます。まず宮廷作法と淑女教育を侍女フィーネが担当します。建国記や歴史等を私ヒースが、その他宮廷序列や派閥についてはユリウス殿下より教えを受けていただきます」
「まずは5日後に予定している帝王へ謁見までに宮廷作法を叩き込む」
「さぁ、詰められるだけ詰めて参りましょうか?」
ユークリウス殿下の凶悪な笑みと、ヒースの冷徹な笑みがアーリアにプレッシャーを与えていく。その視線が突き刺さるかのように痛い。
リュゼはアーリアの横で他人事のようにニヤニヤ笑っている。
「おい貴様。何を他人事のようにしている?貴様も一通りのマナーをヒースに叩き込んでもらえ。仮にも一国の『姫』の護衛なのだからな!」
いつものリュゼなら文句を垂れそうな場面だが、ユークリウス殿下の命令に否を唱えなかった。リュゼとて理解しているのだ。ここが敵の中枢だと言うことを。下手な態度が命取りになるということも。
「フィーネ!」
ユークリウス殿下がリュゼのその態度に鼻を鳴らして目線を外すと、部屋の外に控えていた侍女の名を呼んだ。すると扉から薄灰色の髪を一つに結い上げた一人の侍女が静々と入ってきた。
侍女はアーリアの前まで来ると、優雅にお辞儀をした。
「フィーネと申します。アーリア様の宮廷作法と淑女教育を受け持ちます」
「よろしくお願い致します、フィーネ様」
「侍女に『様』などとお付けにならなくて良いのですよ?」
「でも、私は教わる側ですので。それに……」
面を上げたフィーネの容姿はヒースのそれに瓜二つの美女だ。フィーネはアーリアの気まずそうな視線を受けてクスリと笑った。
「ええ。私はヒースの双子の姉にあたります」
ヒースの姉とはいえ、ユークリウス殿下に仕える侍女として彼女には確実な力があるのだろう。そこには身内贔屓な所などはなく、求められるのは確かな忠誠心と技術だろう。
それに宮廷内の侍女になれる者は貴族子女のみ。フィーネもどこぞの貴族令嬢としての顔を持っている筈だった。
平民魔道士でしかない仮嫁が見下したり言葉遣いを崩して良い相手では決してないのだ。
「ご指導、よろしくお願い致します」
アーリアはもう一度頭を下げた。フィーネはそれに笑顔で応えた。だが、その笑顔の奥にはヒースと同じく冷徹な面が潜んでいるように感じられた。
「……アーリア様。そのまま少し背を真っ直ぐに戻してください。そう。そして左足を斜め後ろの内側へ引いて、前足の膝を曲げてください。頭の位置は下げすぎずに。……はい、美しいですわ。そのまま30秒キープでお願いしますね?」
アーリアはいきなり始まった有無を言わせぬ指導に考える間も無く従った。正しいカーテシーは、30秒キープどころか既に脹脛が痙攣している事態に、苦い顔しかできなかった。
「笑顔もキープですわよ、アーリア様?」
フィーネの爽やかな鬼畜笑顔に、アーリアの周りにいた男性陣も何も言えずにいたのだった。
その様子にアーリアは逆らってはならない人物という認識は正しかったのだと、珍しく当たった自分のカンを褒めるのだった。
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ユークリウス殿下とウィリアム殿下には意外な繋がりがありました。二人とも気の強いタイプですが、どのように友となったのでしょうか?
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