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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と北国の皇子
98/502

スパルタ教育の後にはご褒美を

 

「『淑女教育』と申しましても、何も特別なことではございませんのよ?」


 そうフィーネがアーリアに語りかけながら話し始めた。

『淑女教育(ノブレス・オブリージュ)』とは高い身分に伴う義務を全うする為に行われる教育のことだ。その内容は決して特別なものではない。豊かな人間性を育むことを主軸に据えた、真の人間教育なのだ。

 身分に伴う義務とは、貴族のような社会的上位者が人としてのお手本となること、周囲に美しい自分を見せること、そして社会に貢献することという役割を担うことなのだ。


「むしろ公私混同せず、必ず『公』としての自分と『私』としての自分を分け、何よりしっかりと『自分』を持つことが重要とも言えます」


 システィナ国の姫として『公』で振舞うべき姿勢を持ち、皇太子殿下に請われた『妃』としての振る舞いをせよ。という意味だとアーリアはフィーネの言葉から捉えた。ここに居るはずのないシスティナ国の『魔女』アーリアとしての姿は決して見せるな、という事だろう。

 己の意思など表に出すな、寧ろ消し去れという事だろうかと極論で考えていたアーリアに対して、フィーネは否定を口にした。


「ーーいえ、そこまでは申しませんよ。皇太子妃としての姿が『公』の仕事に該当します。しかしそれを支えるのは『私』です。『私』がしっかりとしていなければどちらも成り立たないのです」


 あくまでも『人として望ましい人格を養うこと』が重要で、その為の教養、振舞いを身につけるべきだと結論付けた。


「まず必要になってくるのが、淑女としての美しい姿勢、振舞い、礼儀作法でしょうか?」


 魔導士のアーリアはある程度の教養が身についている。一般的な平民とは違い、高い水準の教育を大魔導士たる師匠から受けていたからだ。


「養女とはいえ仮にも一国の姫なのですから、出来て当たり前の事は出来るようになって頂きます」


 フィーネはそう宣言すると、容赦なくアーリアにスパルタ教育を施した。


 一つ目は『美しい姿勢』からだった。

 立ち姿・座り姿は勿論、歩き方、立ち止まり方、振り向き方まで、一日中つきっきりで指導された。

 一日が終わる頃には全身が筋肉痛になったのは言うまでもないだろう。使った事のない部分の筋肉が悲鳴を上げていた。


 二つ目は『礼儀作法』だった。

 カーテシーは勿論、平伏の仕方、返礼の仕方までちょっとした首の角度まで仕込まれた。

 元々の姿勢が良い方だと言われたアーリアだったが、背の角度から顎の角度まで叩き直された。


 三つ目は『立ち居振る舞い』だった。

 一国の姫としての国での立ち位置を教わった上で、侍女に対しての振る舞い方、皇太子殿下をはじめ皇族に対しての振る舞い方、その他貴族に対しての振る舞い方と、目上目下など様々な相手を対象として、その其々に合った振る舞いを伝授された。

 それには騎士でありヒース、護衛であるリュゼ、侍女であるフィーネ、そして皇太子であるユークリウス殿下がアーリアの教育に付き合ってくれた。


 そして今は『食事のマナー』を取り入れた教育実習(レッスン)中だった。


「……」

「そんなに固まらずとも良いのだぞ?」

「……お気になさらず」


 目の前に座るユークリウス殿下の気遣いに返礼すると、ユークリウス殿下はため息を吐いて肩をすくめた。

 アーリアは習ったマナーを活かす事だけで精一杯だった。この時既に何が合っていて何が間違っているのかが分からなくなっていたのだ。知識として吸収することは容易いが、それを活かすとなると違ってくるのが実感できた。


「もう少し肩の力を抜いてもいいんじゃないか?」

「……お気になさらず」


 それしか言えず、アーリアはフォークとナイフを置いて押し黙った。今にも泣きそうなその表情にユークリウス殿下はウッと息を飲む。


「そうですよ?アーリア様の食事のマナーは元より悪くはございません。正しい知識を持たれてからは、もう何も言う事はございませんよ?」

「……フィーネ?それならそうと早く言ってやれば良かったのではないか?」

「申しました。アーリア様が勝手に緊張しておいでなのです」

「そうか……」


 ユークリウス殿下は食後、アーリアを伴い応接室へと移動した。そしてそこへ食後のお茶を用意させた。

 アーリアとユークリウス殿下はテーブルを挟んで向かい合い、それぞれが二人がけの広いソファに座り込んだ。

 暫くして運ばれてきた暖かな紅茶。そしてアーリアの前には生クリームの乗ったケーキが差し出された。アーリアはそれに目を輝かせたのも束の間、ハッとユリウス殿下の顔を見た。


「アーリアは甘い物が好きだと聞いた。ここ数日の褒美だ。食べろ」

「ありがとう存じます……」

「あーもー!堅苦しいのは抜きだ!フィーネ、お前はもう下がれ。一刻したらヒースとリュゼを呼べ。話がある」

「承知しました」


 フィーネが部屋から出て行くと、応接室の中には沈黙が流れた。時計の時を刻む秒針の音だけが聞こえる。アーリアは目の前のケーキを見つめたまま固まっている。ユークリウス殿下はその様子に苛立ち気に前髪を掻いた。


「アーリア、ソレを食べ終えたら今日はもうゆっくり休んでいいからな」

「でも……あ!しかし……」

「言葉遣いも砕けたもので良い。ここには俺とお前しかいない。気にする者などいないではないか?」

「……ありがとう。ユリウス……殿下」


 やっと小さな笑顔を見せたアーリアに、ユークリウス殿下は安堵の表情を見せた。

 アーリアはここ数日、淑女教育に始まりヒースやユークリウス殿下にも王族の姫として知っていなければならない事柄を教わっていた。そこにアーリアの自由になる時間はなく、ひと時も心休まる時がなかったのだ。いくら皇帝陛下との御目通りまでに日がないとはいえ、今のアーリアを見ると流石のユークリウス殿下も『やり過ぎた』と反省するのだった。


 アーリアは民間人。ただの魔導士でしかないのだ。いくら教養に於いて皇族に劣らぬものを持っていたとしても、中身はただの少女。貴族の真似事、しかも姫に成りすますなどプレッシャーでしかない。

 アーリアとしてはユークリウス殿下に助けて頂いた命。自分が生き残る為、ユークリウス殿下の望みの為とはいえ、その偽装工作は命がけだ。

 もし誘拐の黒幕にアリア姫が捕らえたはずの『東の塔』の魔女アーリアだと、その正体がバレたならば。もしアリア姫がシスティナ国の姫を偽りエステル帝国に入り込んだ『偽の妃』だとバレたならば。などとリスクは数多く、一つ間違えば落命の危機なのだ。

 それはアーリアとて必死でフィーネの鬼教育について行くというものだ。泣き言など誰にも言える筈はない。フィーネとてアーリアに意地悪をしたくて厳しくしているのではないのだから。それもアーリアはキチンと理解していた。


 アーリアは生クリームをスプーンですくうと口の中に含んだ。甘くて柔らかなそれは舌に乗ると優しく溶けて、幸せが口いっぱいに広がった。


「ん〜〜〜〜!」


 アーリアが目をキラキラさせてケーキを食べる様子に、ユークリウス殿下は詰めていた息を漸く吐いて背もたれに身体を預けた。


「……すまんな、俺の都合に付き合わせて」

「ユリウス殿下が謝る必要なんてないですよ?私の為でもあるんですから……」

「フィーネも……」

「ーーフィーネが厳しく指導してくれるのは、私とユリウス殿下の身を案じての事だって、分かっています」


 アーリアはユークリウス殿下の紫の瞳を見つめた。いつも尊大な態度のユークリウス殿下は本来、細やかな気遣いを持つ皇子だということ、そしてその気遣いをアーリアに対しても向けてくれていることを知っていた。


「それならいいんだが……。俺には敵も多い。用心した事に越した事はない。突かれる隙を作らない事が一番なんだ。礼儀作法一つとっても相手への牽制になるからな」


『精霊信仰』根強いエステル帝国に新しい風を起こそうとしているユークリウス殿下に付き従う者は多い。しかし反発を露わにする者も多いのだ。そのユークリウス殿下がシスティナ国より姫を招いたのだ。システィナ国の姫を害そうとする輩も出てくると見て間違いない。またシスティナ国の姫が害されたなら、必然とユークリウス殿下も批判され、最悪、システィナ国と戦争……となるやも知れないのだ。事は一人の命に関わる問題を既に凌駕していた。


「……まだ数日しか経っていないが、お前は良くやっていると思うぞ?まだフィーネの教育に根を上げていないじゃないか?」

「……根を上げる前に身体が悲鳴を上げてます……」


 何故こんな所が?と疑問に思うような箇所が痛くなるのだ。アーリアはここ毎日、寝台の上で寝返りも打てず、陸に打ち上げられた魚のようにして眠っていた。

 それを聞いたユークリウス殿下が何とも言えない表情をした。ユークリウス殿下は騎士ではないが定期的に身体を鍛えている。本業の騎士とまでとはいかないが、その腕は確かなものだ。だから『筋肉痛』などという奇怪な現象に襲われた事が今まで一度もないのだそうだ。

 因みにアーリアがリュゼに『筋肉痛』の事を話したら腹を抱えて爆笑していた。


「この際『剣術』も習って行くか?適度な運動をする者は『筋肉痛』にならぬのだろう?」

「そうですね……」

「なんだ?随分嫌そうだな……?」

「身体を動かす事が好きなら魔導士になんてならずに騎士になっていますから」


 人間には『向き不向き』があるのだ。そしてそれとは別に『好み』もある。


「成る程。それもそうだな」


 アーリアの考えはユークリウス殿下の納得をあっさりと得た。それに訝しむアーリアにユークリウス殿下は別の例えを出した。


「精霊もそうだろう?いくら精霊を信仰していたとしても、その姿を見える者と見えない者に分かれるんだ。それは『向き不向き』と同じではないか?」

「そう、ですね……」

 

 精霊を見ることができる者、できない者に何の違いがあるのか、しっかりと解明されてはいない。その身に流れる血の違いやその者の持つ魔力の質、魂の違いなど様々な説が挙げられているが、どれも定かではない。


 エステル帝国ではより精霊を惹きつける血や魔力をその身に持つ為に、政略結婚を繰り返してきたという歴史がある程だ。高位貴族ほど優秀な人材を確保する傾向にあるそうだ。

 だからエステル帝国の皇族・貴族は全ての者が精霊を見ることができる。その事がどれほど異様な事態か分かるだろうか。その歪(イビツ)に歪んだ血の流れ血の繋がりに、エステル帝国の歴史を学んだアーリアは何とも言えない気持ちになった。


 だがそれもエステル帝国に始まった事ではない。どの国も似たり寄ったりなのだ。システィナ国とて優秀な血を取り入れてきた結果、王族には金髪碧眼の美男美女が多く、その才能に一目おかれる者も多い。魔力量が高く、魔導士になる者が多いのもその成果と言えるだろう。


「我が国は精霊優位な国家だ。精霊を見ることができる者が優位な立場を得ることができる」

「でもそれって、貧富に大きな差を生みませんか?」

「……さすが魔導士。気づいたか」


 ユークリウス殿下はニヤリと笑った。何時ものニヒルな笑みに、アーリアはにっこりと笑みで返した。


「我が国は『精霊国家』。システィナのように生活魔術や誰もが使う事ができる魔宝具は存在しない。精霊魔法が一般的なのだ。だが精霊は万人に見える訳ではない」

「魔法の使える者とそうでない者で貧富の差が顕著に現れる……?」

「そうだ。エステルは魔法に於いては一日(いちじつ)の長がある。しかし一見豊かに見えるこの国の闇は深い。ここは上位にいる人間にとっての楽園でしかないのだ。だがその下位にいる者たちにとっては……」


 ユークリウス殿下が爪が食い込むほど強く、その拳を握った。殿下の厳しい表情に苦悩と葛藤が見えた。


「……だからユリウス殿下は『システィナ国の姫』を求めたんですね?魔法と魔術と魔宝具を融合させた国、その国の姫を……」


 アーリアは薄々気づいていた。偽装工作し『システィナ国の姫』を作り出すのなら、何もアーリアでなくて良かったのだ。もしかしたらその役にフィーネが着いていたかもしれない。ただ都合よくアーリアがユークリウス殿下の手元に転がって来たというだけだ。


 ユークリウス殿下は精霊資本主義の国家に魔術と魔宝具を取り込み、国の根本を変えたいのではないかとアーリアには思えた。


「お前は鋭すぎる。だが『黙って』いる方が良い時もあるぞ?」


 ユークリウス殿下は立ち上がるとアーリアの側に腰を下ろした。そしてアーリアの頭に手を置くとそのまま優しく撫でた。そのユークリウス殿下らしくない行動にアーリアは訝しんだ。


「貴族の闇は深い。知っているからとひけらかせばそこを突かれるだろう。知っていても黙っている方が良い時もある」

「……それはユリウス殿下にもですか?」

「勿論そうだ。俺とお前は『仲間』だが『味方』ではない」


 ユークリウス殿下の言葉にアーリアは瞬きをした。

『仲間』と『味方』は似ているようで違う。アーリアとユークリウス殿下は己の願いのために共同戦線を張る『仲間』だ。だがそのどちらも己の守るべきモノ、最終的な目的は違う。

 アーリアのエステル帝国での『味方』はリュゼただ一人なのだ。

 仲間同士であっても己の目的の為ならば、平気で仲間を売るだろう。ユークリウス殿下は『アーリアを売る時がある』と、その可能性がある事を親切にも示唆してくれているのだ。


 このように態々忠告してくれるユークリウス殿下の気遣いに、アーリアは感服していた。アーリアはユークリウス殿下の『味方』ではないのだ。逆にアーリアがユークリウス殿下を裏切るかもしれないのだ。それなのに、ユークリウス殿下は自分よりもアーリアの身を先に案じてくれている。


「……分かってます。でも、私はユリウス殿下の『味方』ではないけど『敵』にもなりませんよ?」

「それは嬉しい事を言ってくれるな。俺を好いてくれているのか?……俺も新婚早々、嫁に嫌われたくはないからなぁ……」

「ちょっと⁉︎ 私はまだユリウス殿下の嫁じゃないですよ!」

「『まだ』って事は後々嫁になってくれるのだな?では今の立場は婚約者か?」

「ーーえッ⁉︎ いや、そういう訳では……」


 ユークリウス殿下の言葉遊びに付き合って勝てた試しはない。アーリアは早々にテンパってきた。こんなので百戦錬磨の皇族・貴族を相手にできるのだろうかとアーリアが不安に思った時、アーリアは急に頭を引かれた。

 アーリアの頭に手を乗せたままだったユークリウス殿下は、アーリアの頭をグイッと己の方に引っ張ったのだ。ユークリウス殿下はアーリアを強引にその胸に抱くとアーリアの額の上に唇を押し付けてきた。それにドキリとアーリアの心臓が跳ねる。


「な、なに……?ユリウス……」

「ーーお前、この国に来てから碌に眠れてねぇだろ?」

「なん、で……」


 ユークリウス殿下の言葉が吐息共に暖かな温もりを頭の上に届ける。アーリアはユークリウス殿下の唇の柔らかさ、その吐息の暖かさにドギマギしながらも、彼の予想外の発言に更に驚いて、その鼓動を早めた。


「なんで知ってるかって?それは俺が皇太子殿下サマだからだ!」

「ちょ、ちょっと!私の寝室に入って来たの⁉︎ 」

「いーじゃねーか。俺たちは『夫婦』になるんだろ?」

「良くない!」

「んな事どーでもイイんだよ。お前、今日はもう休め。フィーネには俺から言っておく」

「勝手にーー?」


 アーリアがユークリウス殿下の胸を力一杯押してそこから脱しようとした時、その不思議な現象は起こった。どういう訳か瞼が自分の意思とは関係なく重くなり、勝手に閉じていくのだ。


「ー夢を抱いた琥珀の蝶ー

 ー開き重なるは一日(いちじつ)の華ー

 ー昼は夜に 夜は昼にー

 ー月の女神の微笑みをー」


 ユークリウス殿下から紡がれる優しき調べにアーリアの身体は力を失っていく。深く低音で響く優しい声音はアーリアの中に染み込み、その瞼はゆるゆると閉じ、意識は深く深く潜っていく。

 抵抗など一切出来ぬまま、アーリアはユークリウス殿下の胸の中で眠りについた。


「エステルは魔法に於いては一日(いちじつ)の長がある。そう言っただろ?」


 そう言うとユークリウス殿下は自分の胸の中で眠るアーリアの瞼に、そっと唇を落とした。その薄っすらと腫れている瞼に。

 愛しい婚約者(アーリア)が夜な夜な魘され、眠れていない事を心配しての事だとは、本人に告げるつもりはなかった。



お読み頂き、ありがとうございます!

ブックマーク登録など、大変嬉しいです!励みになります!

ありがとうございます!


フィーネドSでした。

ユークリウス殿下は俺様な性格ですが、嫁(仮)には優しい旦那様(未)でした。優しさの出し方が不器用ですが。

次話も是非ご覧ください!

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