偽装工作は綿密に2
北の塔の魔女シルヴィアとエステル帝国の何者かの策略に落ち、エステル帝国に拉致されてきたアーリア。それを助けたのはエステル帝国 皇太子ユークリウス殿下だった。
皇太子殿下は皇帝陛下とその取り巻きの思惑に反発し、拉致されてきたアーリアを保護したのだ。そしてそのアーリアを利用してユークリウス殿下は皇帝陛下の身辺に探りを入れるようと画策していた。
皇太子殿下は帝宮と皇帝陛下の周囲を流れる不穏な空気に危機感を覚えていたのだ。皇位継承権第1位とはいえそれも確実ではないと考えた皇太子殿下は、手足となる妃を欲していた。己の保身に走る事なく忠実に任務を遂行できる妃。そのような者を探していた皇太子殿下は、己の足下へ転がってきたシスティナの魔女を『仮の妃』に仕立てる事にしたのだ。
アーリアは敵国エステルに拉致された挙句、システィナ国を手に入れたい軍事国家へと引き渡される状況を皇太子殿下に助けられた。そして更にはその命まで助けられたアーリアは、己とリュゼの命を守る為にもユークリウス殿下の策略に加担することを決めた。
エステル帝国の内部事情を知らぬアーリアには、ユークリウス殿下と皇帝陛下との間にある確執や、政権派閥、そしてユークリウス殿下にどのような考えと想いがあるのかは分からない。しかし彼に命を助けられ保護してもらった恩を返す為にも、彼の思惑に乗り、その手伝いをする事は仕方のない事だと割り切る事にしたのだ。
「ユリウス殿下は私を『東の塔』の魔女だとご存知だったんですね?」
アーリアはカーテンの向こうにいるユークリウス殿下に話しかけた。
「ああ。このエステル帝国でもシスティナ国の魔導士の噂は入ってくるのでな。特に力のある魔導士は一個人でも脅威だ。国の中枢にいる者なら当然、情報として知っておかねばならん」
アーリアはシスティナとエステルの国家間での『停戦』に於ける合意事項や契約内容などは知らない。アーリアは一般国民その1なのだ。だが外界と繋がる港を持つシスティナ国がエステル帝国の全ての外交を排除しているとは考えにくい。内実穏やかではないにしろ、両国が少なからず交流を持っていたのだとユークリウス殿下の話から知った。
「白き髪の魔女が『東の塔』に《結界》を張った魔導士だと言う事実もこちらの国にまでバレているぞ?それでお前を見た時、件の魔導士なのだろうと勘付いたくらいだ」
「えっ⁉︎ 他国にまで?」
「ええ。貴族っていうのはどこかしらで繋がっていますからね……」
アーリアの驚きの声をヒースが拾う。
貴族間の婚姻による繋がりの強化はどの国でも行われている。また国家を跨いだ繋がりも勿論あるのだ。
「『北の塔』の魔女シルヴィア嬢はシスティナの公爵令嬢だが、その祖母はエステルから輿入れしたはずだ」
「そうなんですか?」
「ああ。『塔』の魔女は外交をも担うとは聞いた事はないか?その背景もあってシルヴィア嬢が選ばれたのではないか?」
ユークリウス殿下に「お前も同じ『塔』の魔女なのに何にも知らんのか?」と呆れられ、アーリアは脱力した。すみません、興味ありませんでした。とは流石に答えにくい雰囲気を感じ、アーリアは黙るしかなかった。
だがユークリウス殿下の話から『塔』の魔女選抜一つ取っても様々な政治的要素が絡まる人選がなされているのだと知り、アーリアは忸怩たる思いに駆られた。浅はかな己の言動にこれまでどれ程の人を振り回してきたのだろうかと、俯いたアーリアは落ち込むのも束の間、ヒースから思いもよらぬ方向の話を聞いて思わず顔を上げた。
「白き髪の魔女に第二王子ナイトハルト殿下が懸想している。という噂もございますよ?」
「え……」
「え?どーゆーコト⁇ 」
これまで黙っていたリュゼもヒースの齎した情報には食いついてきた。政治の話はツマラナイがその手の下世話なネタは大好物なのだ。
「ご存知ないのですか?先日の夜会ではその話題でお嬢様方が盛り上がっていらっしゃいましたよ?」
「未婚の王族との繋がりを持ちだがる貴族は多いからな……」
「ナイトハルト殿下の美貌はエステルでも有名ですし、年頃のお嬢様にとっては憧れの的なのでしょうね?」
「そこに現れたナイトハルト殿下の想い人……。うわぁ……荒れそうなヨカン!」
リュゼは言葉とは裏腹に楽しそうな声音だ。ヒースの小さな笑い声もカーテン越しにも聞こえてくる。アーリアもナイトハルト殿下の容姿を思い出して納得していた。ナイトハルト殿下は男女問わず人気があるとリディエンヌから聞いた事があったのだ。
「でも『あの』ナイトハルト殿下が子猫ちゃんをね〜〜?」
「ねぇリュゼ……懸想って……」
「そりゃ、ナイトハルト殿下が子猫ちゃんが好きってコトでしょ!」
「……」
「ただの噂話ですよ?王宮なんて所は下世話な話題の方がよく出回るものです」
「人の口に戸は立てられないからな」
リュゼはナイトハルト殿下の言動を思い返していた。確かにアーリアに対してはソフトな対応だったかもしれない、と。
リュゼの下世話な脳内を無視して、ヒースはエステル帝国とシスティナ国が停戦しているとは言え戦時中だからこそ、国家間の政略結婚も多いのだと政治的観点を語った。
「我が国は『精霊信仰』根強い魔法国家ですからね?システィナの魔導士のように魔法も魔術も使いこなす者は脅威なのですよ。我が国は人の創り出す魔術を信用しておりませんからね。その原理を理解しようとすらされません」
「だが脅威だからと排除していては政治や経済が膠着する。歩み寄ろうとする者もエステルの中には一定数は存在する。定期的に交流が持たれているのはその為だ」
「……それでも私なんて平民魔導士を妃に迎えたら、ユリウス殿下の立場が悪くなるんじゃないですか?」
脅威を持たれている魔導士を魔術に排他的なエステル帝国の皇太子(=次期皇帝)の妃に迎えるなど、派閥の分裂の危機どころか皇太子の廃嫡まで申し出る者も出かねない。
「大丈夫だ!既に手は打ってある」
シャッとカーテンが開けられた。
カーテンの向こうにいたユークリウス殿下、ヒース、リュゼは三人三様な表現と評価を下した。
「まあまあだな」
「お似合いですよ」
「子猫ちゃん、かーわい〜〜!」
アーリアは淡い緑色のドレスに身を包んでいた。アーリアに着付けと化粧を施した侍女は満足そうな笑顔を見せている。
アーリアは三人三様の言葉に苦笑いするしかなかった。アルヴァンド公爵令嬢リティエンヌに着せ替え人形にされて以来のドレスアップにはどっと疲れが出ていたのだ。エステル国仕様のドレスはシスティナ国の物より露出度は低いが、身体を縛る苦しさは変わらない。
アーリアの苦笑を華麗にスルーして皇太子殿下はこう言い放った。
「お前の『設定』はシスティナ国 国王の養女。エステル帝国に親善目的で輿入れする姫だ!」
ユークリウス殿下の発言にアーリアは目を見開き、驚きのあまりドレスの裾に躓いた。転びそうになった所をユークリウス殿下はサッと支えると、アーリアの手を緩やかに握って笑みを浮かべた。
「これから俺の妃としてに後宮入り込み、不穏分子のあぶり出しに尽力してもらうつもりだ。ーーだがその前に綿密な偽装工作から始めようか!」
ユークリウス殿下はアーリアの心情など御構い無しに、そう宣言するのだった。
※※※※※※※※※※
その頃システィナ国では。
王太子ウィリアム殿下宛に隣国エステルより手紙が届いていた。その宛名は皇太子ユークリウス殿下その人だった。
「何⁉︎ アーリア殿をシスティナ国の『姫』として借りたい?」
隣国の皇太子からの手紙のあまりの内容に、ウィリアム殿下は唖然としていた。
折しも『北の塔』へ赴いていたナイトハルト殿下よりアーリアがシルヴィアの手にかかり、その最上階より塔の下に広がる湖へ突き落とされたという一報が入って間なしであった。この時、湖に落ちたアーリアとそれを助けに入った護衛リュゼとが行方不明になり既に3日が経とうとしていた。
『北の塔』では管理者ーー魔導士シルヴィアを捕縛し事情聴取を行うも、何故そのような事態になったのか全貌は掴めずにいた。事の重大さにナイトハルト殿下だけでは対処出来ず、急ぎ王宮に問い合わせが行われた。事の重大さを察した国王陛下はその対策を立てるべく、宰相を始め側近たちの招集を行った。
『北の塔』の魔女を交代させるには時間がないものの、取り敢えず《結界》の維持は最優先と、宮廷魔導士から信頼できる者を派遣する旨は早々に決定された。
『東の塔』の《結界》が維持されている事から、アーリアの命だけは無事だろうという憶測しか持てないまま、会議は早々から暗礁に乗り上げていた。
『北の塔』に配備された騎士を総動員し、湖と川の周辺を捜索するもアーリアは依然と行方が知れず、状況から自国ではなく隣国へ流されたのでは、という雲行きの怪しい予想まで齎されたのだ。
システィナ国は未だエステル帝国との『終戦』には漕ぎ着けておらず、『停戦』したまま五十年の年月が流れていた。システィナ国とエステル帝国とは価値観の違いから戦争に発展したが、『停戦』条約を結んでからは互いの国の歩み寄りが少しずつではあったが進んでいた。だが現エステル帝国皇帝の代になってから不可侵条約こそ結べたものの、逆に両国の歩み寄りには距離が置かれたように停滞感が現れていたのだ。
システィナ国は港を擁する貿易国家。物も人も交流豊かな土地を東の隣国ライザタニアにも狙われているのが現状だった。もしエステル帝国とライザタニア国が手を組みでもしたら、システィナ国の未来は暗い。その為、『東の塔』の魔女アーリアがエステル帝国に囚われたのでは、という予想は誰もの頭を悩ます事態だったのだ。
「ーーですから私は以前より皆様に申し上げていたではございませんか。アーリア殿の価値を今一度ご理解なされよ、と。失ってからでは遅いのです。貴族でないから、平民の魔導士だからと侮っておいでだったのではございませんか?」
このように始まったアルヴァンド公爵ーー現システィナ国宰相の言葉とその厳しい目線に、覚えのある者は押し黙った。
「魔導士に貴族も平民もごさいませんよ?血の重なりにより平民よりも貴族の方が魔力の高い者が生まれやすい。ですが平民にも魔力の高い者、知識の深い者は存在するのです。その者たちの存在を認め、国の戦力にする為にも『等級試験』そして『証書の授与』を国が主催となり、執り行なっているのではないですか?」
「宰相閣下の仰る事は最もだ。アーリア殿が『塔』の魔女の資格なしと言うのなら、早々に辞職を促し、その代理を立てるべきであったのだ。それをせず、頼るだけ頼っておいて後のことは放置するなど、国を守る官吏にはあってはならぬ事なのではないか?」
アルヴァンド宰相の言葉に続くのは国防を担当するライネル侯爵。彼は常識派と言われ国防を担う上、中立の立場に身を置く事が多かったのだが、ここに来て宰相へその意見を寄せてきた。
この事態に驚きを見せる官僚も少なくはなかった。
一頻り官僚の甘さに苦言を呈したアルヴァンド宰相は、己の言に続いたライネル侯爵の言葉に少しの驚きを胸に抱いた。
「……官僚たちの意識改革、国防の在り方は今後の課題であろうな」
瞑目していた国王陛下がポツリと発した言葉に否を唱える者は誰もいなかった。
「……過ぎた事を申しました。今は最悪の事態に備えて検討を行い、いくつかの道筋を立てる時間でありました」
アルヴァンド宰相はそう言って己の姿勢を正すと、その視線を国王陛下へと向けた。
「まずは『漆黒の魔導士』に連絡をつけようかと思う」
国王陛下から出たその名に何人かが難色を示す。
「前回の事件の際、『何かあれば早めに連絡せよ』という言葉を貰っているのでな。いくらあの御仁でも己が娘が行方知れずなのだ。必ず動いてくれるであろう」
国に仇を成す魔導士ではないのに、等級10というだけで恐れを抱かれている若き魔導士が子煩悩だという事実を国王陛下は知っていた。そしてそれ以上に国王陛下は彼の魔導士の心根を信頼していたのだ。
国王陛下がアーリアの保護者である『漆黒の魔導士』に連絡を入れようとしていた矢先、所用で会議を抜けていたウィリアム殿下が慌ただしく部屋の扉を開けて入ってきた。
「何だ?騒々しい」
「ーー申し訳ございません。しかし、私の元にエステル帝国の皇太子より手紙が届きまして……!」
ウィリアム殿下の少し取り乱した様子と齎された言葉に会議室は騒然となった。
「それは……何と書いてあったのだ?」
「アーリア殿をエステル帝国で保護した、と……」
「何とーー⁉︎ 」
一番起こってはならない出来事が起こってしまったのだ、と誰もが息を飲み頭を抱えた。
その中、保護した経緯を手紙から抜粋し、ウィリアム殿下が読み上げた。
手紙には事の詳細を含め、『北の塔』の魔女の奇怪な行動、それにおける黒幕が両国に存在するだろうというユークリウス殿下の推理まで書かれていた。そしてアーリア誘拐にはユークリウス殿下は何の関わりもない事、ユークリウス殿下はシスティナ国との戦争を望んでいない事、が併せて書かれていたのだ。
「ユークリウス殿下の機転で戦争は取り敢えず回避された、という事ですか……」
「して、それだけではないのだろう?其方のあの取り乱しようは……」
事の起こりが両国共に責任があると知らされたのだ。一方的にエステル帝国を責める訳にもいかなかった。発端は『北の塔』の魔女の暴走にあるのだから。かと言って素直にエステル帝国に事の次第を申し入れ、『システィナの魔女を誘拐しただろう?大人しく返せ』とは言えない。
「はい。その……」
「何だ?其方にしては歯切れの悪い」
「……ユークリウス殿下からこの件の落とし所として一つの申し入れがありました」
「ほう。その申し入れとは何だ?」
それが偽装工作の始まりの言葉。
アーリアをシスティナ国の『姫』としてエステル帝国皇太子に輿入れさせる。という大それたものだった。
お読み頂き、ありがとうございます!
ブックマーク登録など、大変嬉しいです!ありがとうございます!
アーリアのオメカシの時間でした。
ユークリウス殿下は容姿の見た目よりもその者の能力重視の傾向があります。
アーリアにとっては新鮮な人物ではないでしょうか?
次話、偽装工作は綿密に3も是非ご覧ください!




