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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と北国の皇子
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偽装工作は綿密に1

 リュゼはやけに広く清潔感のある牢屋にて一人、膝を抱えて考えを整理していた。


 ここシスティナ国ではない。それは自分たちを捕獲しにきた騎士たちの纏う装い、そしてその騎士たちの扱う『魔法』によって知ることができた。


『魔術』は術者本人の魔力で行使するので、極論、魔力さえあれば誰にでも扱う事ができる。この世界において魔力を持たぬ者は存在しない為、魔術は誰にでも平等に扱う事ができるのが利点だ。個人の魔力量に差がある為、一般人は生活魔法(=生活魔術)の域を出る事はない。しかし中には魔力を多く内包し専門的に魔術を習う者が存在する。それが『魔導士』だ。『魔術』には『魔法』に於ける四大思想が多く反映されている為、『魔術』を扱う者は『魔法』をも扱えねばならないという暗黙のルールが課せられていた。

 一方、『魔法』を扱うには魔力よりも先ず『精霊を見る力』が必須だ。しかし全ての者が精霊を見る事ができる訳ではない。それは遺伝だとか魂の本質だとか様々な説があるが、何にしても産まれながらに持った資質が必要なのだ。この資質は後天的に身につく事はほぼない。従って『魔法』が扱える者は限られてくるのだ。そこがシスティナ国で『魔法』が忌避される大きな所以でもあった。


 システィナ国に於いて『魔法』を扱う者は『魔術』を扱う者よりもずっと少ない。人々は生活の中で『生活魔法』ーー魔法という名は付くが正確には『生活魔術』だーーと魔宝具とを併用している。その二つで充分事足りているのだ。『魔法』を扱う者が極端に少ないのはその為だった。


 誰もが扱える術の方が便利が良い。システィナ国には魔導士が考案し普及させた魔宝具が存在する。魔宝具とは魔導士が魔術を込めた特別な道具だ。その種類は実に多岐に渡り、今や民の生活には無くてはならない存在になっている。

 そんな便利道具の普及したシスティナ国に於いて、『魔法』優位な思考など生まれる筈が無いのだ。


 システィナで主流とされていない『魔法』を騎士たちは手足のように扱った。それがこの場所がシスティナ国では無いという証拠であった。ここがシスティナであれば『魔法』ではなく『魔術』による攻撃や拘束が為されただろう。


 そしてリュゼは暗闇の中で思考を巡らせ更なる予想を立てていた。


 自分たちはーーいやアーリアは『計画的』に捕らえられたのだろうか、と。


 アーリアが『北の塔』への訪問を余儀なくされたのは、偏にナイトハルト殿下のお考えからだ。ナイトハルト殿下は彼の従姉弟いとこである『北の塔』の魔女シルヴィアに請われてアーリアの派遣を立案した。それもナイトハルト殿下としてはただ純粋に『アーリアをシルヴィアの話し相手に』と考えていただけに過ぎないのだろう。リュゼにはナイトハルト殿下がアーリアを騙して連れて来たとはとても思えなかったのだ。それはアーリアが『塔』のバルコニーから突き落とされた際の殿下の態度からも伺えた。


 ではシルヴィア一人がエステル帝国と通じ、画策し、実行したのだろうか。本来の目的が『東の塔』の魔女をシスティナ国からエステル帝国へ引き渡す事ならば、この計画は杜撰ずさん過ぎる。とても確実なやり方ではない。


 だがシルヴィアがアーリアを突き落とし、その先にエステル帝国の騎士が待ち受けていたのは事実なのだ。そこには誰かが糸を引いていなければ成り立たぬ状況がある。


 ナイトハルト殿下ではないにしても、システィナ国の誰かとエステル帝国の誰かが裏で繋がっていると見て間違いはないと結論づけた。


 そこまで予想したリュゼは閉じていた瞳を開けると小さく嘆息した。『つくづく間の悪い』と。


 アーリアの派遣を最後まで否定しなかった自分も悪いのだろう。アーリアにその手の危機感は薄い。しかも押しに弱いのは致命的な欠点だ。

 誰かがアーリアの行動をコントロールしてやらないと良くも悪くも流されて行ってしまうではないか。それが出来るのは今のところ自分リュゼを置いては他に居ない。


「あ〜〜参った!『守れ』って言われてコレってどうよ?」


『守る』とはただ単にその身体を危険から守るだけではない。その心も、そしてその未来も守るという事なのだ。時には諫め、導くのも守る内に入るのだ。


 アーリアはヒースとそのあるじに連れて行かれた。合間見えた時間は短かったが、ヒースの連れて来た主は明らかに高位貴族ーーいやそれよりも上流だと分かった。その身から放つ威厳ある雰囲気は皇族のそれ。美しい銀髪の隙間から覗く紫紺の瞳には人を圧倒させるだけの威圧感があった。


 リュゼはヒースには感謝していた。あのまま何処の誰とも分からぬ騎士たちに捕らえられるより、『主に誓って』アーリアを傷つけないと口にした騎士に捕まった方がマシだった。実際、あのままアーリアを放置する事は出来なかったのだから。


 だが不安もあった。

 ヒースの主が皇族だったからだ。

 もしあのやり取りが全て茶番で、初めから仕組まれていた事だとしたら……。そう思うとリュゼは居ても立っても居られない気持ちが押し寄せてくるのだ。

 何とか策を講じてこの牢から脱出し、囚われたアーリアを見つけ出さなければならない。牢破りは初めてではないリュゼとしはそこに問題は無かった。問題なのはアーリアが何処に連れて行かれたのか、という一点のみ。


 リュゼはアーリアさえ無事に助けられさえすれば、その後は何とでもなるのではないかとも考えていたのだ。

 アーリアは等級9。本人の自覚皆無だがその実力は相当なものだ。運動神経の伴わない魔術ならどんと来い!だろう。

 アーリアはエステル帝国に無理矢理拉致されてきた。だからそこから自ら魔術を行使し阻む敵を問答無用で蹴散らしてシスティナへ帰っても、誰からも文句は言われないだろう。多分。


「……あれ?意外にいけるんじゃねー?コレ」


 リュゼはだんだん楽観的になってきた。元々、根暗的思考回路はしていないのだ。此の所シリアス状態が続いたので少々疲れてきていたのだった。


 リュゼが頭の後ろで腕を組んで天井を仰ぎ見た時、牢の外から複数の足音と声が聞こえてきたのだ。


「……あ、あの下ろして……」

「何を言う?お前は裸足ではないか……?」

「私の靴は……」

「そうですよ?女性に裸足で歩かせられませんよ……」

「いや……でも……」

「まだお前の服は仕立てていないのだ。準備するにも時間がかかる……」

「だからって……⁉︎ 」

「良いではないか?お前は俺の妃なのだから……」

「仮の、です。仮の……」

「どっちにしても同じことだ……」

「ち、違いますよ!ねぇ?ヒースさん」

「……どうでしょうねぇ?」

「ちょっ!ヒドイ……約束が……」


 三人の声の内、一つはアーリアだ。リュゼはそれが分かると身を起こし、牢と廊下を分ける鉄格子へと駆け寄った。すると灯りと共に足音と声がだんだんと此方へ近づいて来たのだ。


 一人は灯りを手にしたヒース。ヒースは先導するように先を歩いて来る。その一歩後ろにはアーリアを横抱きにした銀髪の美青年が。ヒースの主が嫌がるアーリアを抱いて悠々と歩いて来るではないか。


「アーリア……⁉︎ 」

「ーーリュゼ!」


 リュゼの呼びかけにアーリアは銀髪の美青年の腕の中から声を上げる。そしてその腕の中で暴れ制止も聞かず抜け出すと、リュゼの入っている牢に駆け寄ってきた。膝が汚れる事も気にせずアーリアは鉄格子をーーリュゼの手を握ってその場にへたり込んだ。


「リュゼ!リュゼリュゼリュゼ……!良かった生きてた…!」


 アーリアは涙を瞼に溜めて、リュゼの名前を連呼した。生きているとは聞いてはいたが、その目で見るまでは安心出来なかったのだ。自分が意識を手放して以降エステルへ来るまでの間に、こちらの国の者たちと一悶着あっただろう事は予想していた。その際に傷を負っていない保証はなかったのだ。最悪、拷問まがいな事までされているのではと想像していたアーリアは、リュゼの身体を上から下まで見て、無事な姿を確認すると安堵に膝をついていた。


 リュゼはアーリアの温かな手に、胸が撫で下された。あれほど下がっていた体温はしっかりと人肌並みの温かさに戻っている。青白かった頬には紅が射していて、寒さで青紫色に変色していた唇も薔薇のような紅色だ。

 リュゼはしゃがむとアーリアの手をそっと包み直し、最上級の笑みを向けた。その笑顔にアーリアは緊張の糸が切れたかのように涙を零した。


「子猫ちゃん、熱烈なお迎えありがとう。……少しは期待しちゃってもいいのかな?」

「ーーほう?お前はアーリアの想い人なのか?」

「なん……?」


 いつもの軽口を遮る声の主に、リュゼは思わず敵意を向けた。自分とアーリアとの感動のワンシーンに水を差す野郎がいたのだ。

 アーリアの背後に立ち見下ろしてくる野郎ーー銀髪を無駄に煌めかせた美形の青年はその威厳を他所に置き去り、嘲笑し、リュゼに対して鼻につくような態度を見せた。


「ほほう……?お前がリュゼとやらか。アーリアの『護衛』ではなかったのか?」

「……護衛ですよ、今は……」


 リュゼは銀髪美青年のあからさまな挑発に乗った。男には譲れぬ時があるのだ。

 床にへたり込んだまま咽び泣くアーリアの頭を撫でつつ、リュゼは護衛騎士らしい口調で威嚇した。

 それに銀髪美青年は更に冷たい目線でリュゼを見下ろし、含みのある言葉を投げてよこした。


「何だ、想い人ではないのだな?だが俺にはどうでも良い事だがな」

「ええ、貴方には関係のない事です。……ところで貴方は誰ですか?」


 リュゼも銀髪美青年に対し含みのある言葉で返した。

 バチバチッと激しい火花が発生しそうな乾いた空気の中、二人は不敵な笑顔を貼り付けたまま睨み合う。それを緩く首を振りながらヒースは眺め、アーリアは涙を拭いてリュゼとユークリウス殿下を交互に見やった。


 先ほどの含みを解釈する事ができる者ならば、こう聞こえた筈だ。


「何だ、想い人ではないのだな?だが(お前の独りよがりな妄想など、この際)俺にはどうでも良い事だがな」

「ええ、(恋人ではないけど、この子は僕のものですよ。けど)貴方には関係のない事です。……ところで貴方は誰ですか?」


 ヒースにはハッキリとそう聞こえていた。仮にも一国の皇太子と『塔』の護衛騎士との会話とは到底思えない。時と場所を選んでもらいたいものだ、とヒースはかぶりを振った。


「俺はエステル帝国 皇太子だ。この娘はこれから俺の妃として後宮へ入る」


 エステル帝国皇太子と名乗る銀髪美青年のお言葉に、リュゼは飛び起きて鉄格子の隙間から腕を突き出した。皇太子へと摑みかかろうとしたのだが、その手は皇太子の眼前で空を切るに留まった。


「な⁉︎ ハァーー⁉︎ 何の冗談をーー⁉︎ 」

「『仮の妃』としてだよ!リュゼにウソを教えないで!」


 アーリアも慌てて立ち上がるとユークリウス殿下に掴みかかった。これにはユークリウス殿下は避けなかった。わざとアーリアの小さな手に胸倉を掴まれたようだったが、それも痛くも痒くも無いという表情で澄ましている。


「ーーそのまま本当の妃になっても良いのだぞ?」


 ユークリウス殿下は胸倉を掴んで怒っているアーリアの背に腕を回して抱きしめると、空いた手をアーリアの頬に添えて妖艶に微笑んだ。アーリアは鼻先に触れそうなほど近づく唇に顔を真っ赤にして口を魚のように開閉した。


「〜〜ならないよッ!子猫ちゃんは僕と一緒にシスティナに帰るんだからね!」


 リュゼは騎士口調も忘れて怒鳴った。アーリアはユークリウス殿下の胸に顔を押し付けらて、言葉を発せずもごもごと呻いている。


「ハハハ!何にしてもこの娘はお前の命と引き換えに俺につくと決めたのだ。それをお前が覆す事はできない!」

「何をーーーー⁉︎」


 ユークリウス殿下の言葉にリュゼは驚愕した。アーリアの命がこの御仁の尽力で助かったのはいいが、自分が居ない所でアーリアは大変な契約を交わしてしまったようなのだ。しかもその契約を交わすに当たり己の命を脅しの道具に使われたのだと知り、リュゼは愕然とした。

 アーリアの表情はユークリウス殿下の胸に埋もれて今は見えないが、その肩が僅かに震えているのは分かった。


「……子猫ちゃん、泣かせたでしょ?いくら皇太子でも許さないよ」

「俺を恨むのは筋違いだな?お前は自分の不甲斐なさを恨め」


 リュゼはユークリウス殿下の言葉に言い返す言葉を見出せなかった。


 そのリュゼとユークリウス殿下の対立に終止符を打ったのは、側で控えていたヒースだった。


「はいはいはい。もうその辺になさい。男の嫉妬は粘着質だとは知っておりますが、当のお嬢様を差し置いて男同士で争っていても意味がありませんよ?」

「ヒース⁉︎ お前なぁ……」

「ヒースさん⁉︎ 」

「何か仰りたい事でも?現にアーリア殿の気持ちが置いてけぼりではありませんか?」

「「……」」


 ヒースの身も蓋もないツッコミに二人は押し黙った。ヒースの言い分は最もで、ヒロイン役のアーリアは自分がヒロインだと自覚すらしていない。今の言い争いは男同士の虚しい遠吠えだ。


「このような場所には長居は無用です。場所を変えて、話を詰める必要がありましょう?リュゼ殿にも事の次第をご説明せねばなりませんし……」

「そうだな。先ずは偽装工作に取り掛からねばなるまい。取り敢えず、彼の国に手紙を送るとしようか……?」


 ユークリウス殿下とヒースはお互い目線を交わし合うと言葉の意図を読んだ。そして二人はその目線をアーリアとリュゼに寄越したのだった。


お読み頂きまして、ありがとうございます!

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ユークリウス殿下とリュゼの攻防でした。ここにジークがいれば更に面白くなりそうです。(ヒロインは置いてけぼりですが(笑))

次話、擬装工作は綿密に2も是非ご覧ください!

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