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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と獣人の騎士
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騒動は華やかに2

 夜会の最終確認はナイトハルト殿下立会いの元、会場となる大広間で行われた。

 サリアン宰相はナイトハルト殿下の細々とした質問に答えていた。


「陛下は体調が優れない為に夜会には出席なされない。今夜のゲストは北国エルテスからの使者というが、その辺りをご存知だろうか……?」

「はい。伝えてございます」

「なら良いが、変な探りを入れられても困る」


 ナイトハルト殿下は母君である正妃ライア様に似た面立ちで、涼やかな目元が印象的な青年だ。金の髪を背中まで伸ばしそれを肩で緩やかに編んでいる。所作も美しく中性的な容姿から国内外の男女問わずでも人気のある王子だった。

 兄であり王太子でもあるウィリアム殿下に及ばないまでも、政でもその細やかな配慮と手腕でナイトハルト殿下も官僚からは一目置かれていたのだ。それは主に王国主催の晩餐会や夜会、舞踏会などで発揮された。


「それよりも花の搬入が遅れているようだが……本当に夜会までに間に合うのだろうか?」


 ナイトハルト殿下はガラス窓から外に身体を向けた。まだまだ夏の気配は去らず、窓から見える中庭には夏の花々に水を撒く庭師の姿があった。今は陽が傾き始めた時間だが、花の搬入から配置まで行うには思った以上の時間がかかる為、なるべく早く作業に入ってほしいのが、ナイトハルト殿下の本音だった。


「ご心配には及びませぬよ、殿下」


 サリアン宰相がナイトハルトの側を抜けてバルコニーに続くガラス扉を両手で押して開け放った。そこから西風が室内へと入ってくる。


「貴方は花が届くかどうかの心配など、もうする必要がないのですから……」

「……どういう意味だ、サリアン宰相?」


 その長い金の髪を風になびかせながら、ナイトハルト殿下はサリアンの含みのある言葉に怪訝な表情を浮かべた。

 そんなナイトハルト殿下を他所に、サリアン宰相は和かな表情でナイトハルト殿下を見つめ返してきた。


「こういう事ですよ?」


 サリアン宰相の背後、開いたガラス扉の奥のバルコニーから黒いローブを纏った男が現れた。


「その者は何者か⁉︎ 答えよサリアン宰相殿!」

「お下がりください、殿下!」


 見るからに怪しい魔導士の出現に、ナイトハルト殿下を守る近衛騎士二名はその不穏な空気を感じ取り、ナイトハルト殿下を守るべく行動を起こした。近衛騎士たちはサリアン宰相とナイトハルト殿下との間に身体を割り込ませると、魔導士へと剣を突き出し牽制した。


「ナイトハルト殿下に危害を加えようとお考えか⁉︎ 」

「宰相殿、早くその者をお下がらせください!」


 近衛騎士たちの非難の声を無視し、魔導士はサリアン宰相を横切り、近衛騎士たちへと近づいていく。そして魔導士は黒のローブから出した手を無言のまま軽く振り払った。すると近衛騎士たちは^_^胸を押さえて苦しみ出し、床に倒れてのたうち回ったのだ。


「ぐぁぁあああ……」

「ぐっあぁぁぁ……」


 魔導士が何か呪文を唱えた気配はなかった。しかし屈強な肉体を持つ近衛騎士たちを無手でこのように苦しませることなど、眼前の魔導士以外にはできない所業だった。


「何をーー⁉︎ 」


 近衛騎士たちの余りの苦しみ様に、ナイトハルト殿下が慄きながらも騎士たちに近寄ろうとした時、騎士たちの身体に異変が起こった。

 その手足が毛足の長い体毛に包まれ、容姿が人間ヒトのものから獣のものに変化していったのだ。

 瞬きする間もなく、二人の近衛騎士たちは人間ヒトから獣人へと変化を遂げた。


「ー我に従えー《隷属》」


 男の低い声音には魔力が宿り、近衛騎士たちは鈍色の鎖に絡みとられた。するとその瞳には獣のような獰猛な光が宿ったのだ。


「貴様!騎士たちに何をした⁉︎ 」


 その光景に呑まれつつも、ナイトハルト殿下は眼前の魔導士へと声を荒げた。普段の彼からは聞くことのない、烈火のごとき声音だった。


「フハハハハ!ナイトハルト殿下もさすが王族と言うべきか?このようなモノを見ても、まだそれ程の冷静さを保つとは……」

「サリアン宰相、貴殿の仕業なのか⁉︎ 」

「いかにも!ナイトハルト殿下には、この騒動にて『不幸な事故死』を遂げていただきます。なぁに、天の国には後に陛下は勿論、兄君も弟君も行かれますので、寂しくはございませんよ?」

「なんということを……!それほどまでして王座を欲していると言うのかッ!」


 ナイトハルトの問いにサリアン宰相はその笑みを更に深めた。それは不気味なほど爽やかで穏やかな笑顔。だがその笑顔は見ている者に震撼を覚えさせる類のものだった。


 そこへ大広間の外からウィリアム殿下の号令と共に、大扉を乱暴に開け放ちながら多くの近衛騎士たちが雪崩れ込んできた。


 ※※※※※※※※※※


 ウィリアム殿下の行く手を様々な獣人たちが遮った。どの獣人たちも狂気に駆られた瞳を肉食獣が狩りを行うように光らせて、飛び掛かってくる。その目には人間ヒトであったときの理性や感情はない。


 ウィリアム殿下を守る近衛第二騎士団員は近衛副隊長の号令を受け、獣人たちと対峙する。ウィリアム殿下も手に一振りの剣を下げ、騎士顔向けに応戦していた。アルヴァンド公爵は倒れた獣人から剣を拝借すると、騎士にも劣らぬ遜色ない剣さばきと躍動した動きを見せ、アーリアを驚かせた。


「なるべく生け捕りにしろ!王宮を守る騎士が突如獣人となったという報告も受けている!」

「元は騎士だ。油断せず行動せよ」


 ウィリアム殿下の言葉に一瞬は戸惑いを持ちながらも、近衛副団長の言葉を受けた近衛騎士たちは命令に従って対処していく。

 アーリアはリュゼに抱えられながら、その様子を少し離れた場所から眺めていた。

 アーリアに割って入れる隙間はない。寧ろ統率の取れた団体の中に入る方が邪魔になる。しかもそんな中に丸腰で入る事は危険極まりない行為だ。

 それが分かっているので、アーリアを抱えているリュゼも近衛騎士たちに近づこうとはしない。二人は廊下の柱の片隅で状況を確認するのみだった。


「子猫ちゃんさ〜やっぱりアレ、オカシイと思わない?」

『確かにあの獣人たちどこか変ですね。リュゼさんのように理性のある獣人じゃないですし。この場で何の前触れもなく獣人化した人間ヒトもいるようですし……。バルドはどんな仕掛けをしたんでしょう?』

「そうだね〜〜?アイツ変態だけど、魔導士としての腕は確かだからね〜〜」


 それにはアーリアも同意だった。禁呪を扱えるだけでも驚異的なセンスが必要だ。それ以外の普通の魔術を使わせても一流だろう。悔しい事にアーリアよりもそのレベルは上だ。


 目の前で近衛騎士たちに押さえつけられた騎士服を着た獣人たちを見て、アーリアとリュゼは頭を傾げた。

 まず術者が側にいないのに《獣化》の禁呪が発動するなど、普通では有り得ないのだ。魔術を発動させる場合、術をかける者とかけられる者が同じ『場』に揃わなければならない。術者が対象となる相手をその目で認識せずに一方的に術を施すなど不可能だ。もし離れた場所から対象に術をかけたいならば、予め何らかの下準備が必要となるだろう。

 だがバルドがその下準備の為といえど、事前に騎士たちと接触したり、王宮を好き勝手に動く事などできない。

 ではどうすればそれを可能とする事ができるのか、とアーリアは頭を捻って考えを巡らせた。

 魔術の発動には力点、支点の他に始点と終点が必要だと言われている。始点は言わずと知れた術者本人。終点は術の発動が起こる場所だ。始点をバルド、終点を王宮内の人間としたとき、それを繋ぐモノが『場』でないのなら、別の接点が必要となるだろう。


『バルドと獣化した人たちを繋ぐ『何か』があるのかな?その『何か』をこの人たちが持ってるんじゃ……?』

「……子猫ちゃんって、ホントに『魔導士』だったんだね〜?」


 アーリアは『何を今更なコトを……』と思ったが、そう言えばかれこれ二か月近く魔導士らしいコトをしていない事に気がついた。リュゼに魔導士らしい所を見てもらったことも一度もない。


 ため息を吐きながらもアーリアはリュゼに意図を伝え、ウィリアム殿下の元へ向かおうとしたとき、ウィリアム殿下を守る近衛騎士の一人が急に苦しみ出した。

 獣人化を始めた一人の近衛騎士を囲みながらそれを驚愕の表情で見守る近衛騎士たちは、己の身体がいつあのような獣の姿に変わってしまうのかと狼狽え始めた。蝋梅と困惑とに包まれ、あたり一帯が騒然としていく。


 アーリアは自身の瞳に魔力を集中させると、苦しみのたうち回る騎士の全身をよく観察した。

 獣人化する近衛騎士を包む鈍色の魔力ーーその発生源を探る。すると近衛騎士の胸のポケットに挿さる一本の万年筆に目が溜まった。その万年筆から禍々しい魔力が発せられていたのだ。


 アーリアはリュゼに目配らせすると、その腕から抜け出して同僚の近衛騎士たちに押さえつけられたその獣人騎士に駆け寄った。近衛騎士たちの叱責の声を無視し暴れれる騎士の服を弄ると、胸のポケットから万年筆をサッと取り上げた。万年筆を取り上げられた獣人騎士は暴れるのを止めて嘘のように大人しくなった。

 アーリアはそれを見届けると、手の中の万年筆をウィリアム殿下に突きつけるように見せた。


「アーリア殿⁉︎ 」

『殿下、この万年筆に覚えはございますか?』

「え……万年筆?……近衛副団長、この万年筆に見覚えは?」

「……これは先日、建国350年を記念し近衛騎士団員と宮廷魔導士たちに配られたものです」

「……私はそのような事をしたとは報告を受けていないのだが……誰の指示だ?」

「サリアン宰相殿のご指示です……」


 近衛副団長から出た名前に、ウィリアム殿下とアルヴァンド公爵はアーリアの持つ万年筆を凝視しながら驚愕と苦悩とを露わにした。アルヴァンド公爵は何かを思い出して胸のポケットを弄ると、そこから一本の万年筆が出てきた。それは先頃、サリアン宰相自身からサンプルの一本として貰った物だったのだ。


『この万年筆を持ってる人は早く出して!』


 アーリアの気迫と剣幕にその場にいた者たちは怪訝な表情になった。いきなり出てきた白い髪の娘が何かを訴えているが、周りの者には意思が通じないどころか怪しさしかない。この騒動で誤魔化して来たが、ウィリアム殿下が保護していなければアーリア自身が立派な不審者なのだ。


『万年筆を捨ててください!』


 だがアーリアはその複数の目線に怯まず、もう一度ウィリアム殿下の目を見て訴えた。そこに……


「子猫ちゃんが言う通り、早くこの万年筆を捨てた方がいいよ?獣人になりたくないのなら……」


 リュゼはアーリアの近くまで忍び寄ると、その言葉を代弁した。リュゼの冷えた声音に、その場にいた騎士たちは息を飲んだ。

 二人の言葉を受け、ウィリアム殿下が言葉を発した。


「それは……?」

「言った通りの意味しかないよ?この万年筆が獣人化の術の終点にされている。簡単に言うと、この万年筆を持っている人間ヒトたちが獣人化してる」

「なん、だとーー⁉︎ 」

「これは『誰か』の計算の上で狙って起こされた事件だよ?これ以上その『誰か』思う壺にさせるつもり?」


 奇異の目に晒されて尚、訴えたアーリアをリュゼはその目線から庇うように立つと、ウィリアム殿下と近衛副団長に対し不敬にも当たる態度で言い切った。


「……万年筆を所持している者は、今すぐ捨てるんだ!」


 ウィリアム殿下はリュゼの態度を咎める事なく、その場にいた者たちに命令した。近衛騎士たちは己の騎士服を弄ると、万年筆をその場に捨てていく。近衛騎士たちはの一部は万年筆を持っている者に呼びかける為、王宮内へ伝達しに行った。


 アーリアはリュゼの袖を引くと、リュゼはアーリアに顔を向けた。アーリアは笑顔の中にも苦いものを含ませた表情でリュゼの顔を見上げた。


「ん?なぁに?」

『リュゼ、ありがとう』

「なんてことないよ〜〜」


 リュゼはいつもの笑顔で謝礼を受け取るとアーリアの頭を一撫でし、またヒョイっと抱き上げた。リュゼはアーリアの頭に優しく手を置くとそのまま力をこめ、自分の肩口にやんわり押し付けた。その行為に驚きつつも、今度はアーリアも文句を言わなかった。それどころかアーリア自らリュゼの首元に顔を埋めたのだった。

 アーリアはリュゼの首元に顔を埋めながら、リュゼの柔らかな猫の毛の感触に癒されていた。リュゼは暫くの間黙って、そのままでいさせてくれた。

 相手にその気がなくとも、自身が奇異の目で見られる事。それがバルドの手から逃れてきた今のアーリアには一番堪える事だったのだ。


「……大丈夫?」

『うん、もう大丈夫。ありがとう……』


 アーリアがリュゼに抱えてられながら廊下の柱の片隅で気持ちを落ち着けていると、そこへアルヴァンド公爵とウィリアム殿下が近衛副団長を伴ってやって来た。


「先ほどはすまない。皆、殺気立っているのだ」


 アーリアはウィリアム殿下に手を振って否を示す。その顔にはいつも通りの笑顔を貼り付けて。


「これからナイトハルトのいる大広間へ、近衛騎士たちと突入する」

「そこには必ず、この騒動を仕掛けたサリアン宰相殿もいるだろう」


 ウィリアム殿下の言葉にアルヴァンド公爵が捕捉を加える。


「術者であるくだんの魔導士も確実にいるよ?」


 リュゼの追加情報にアルヴァンド公爵が一瞬眉を潜める。闇の術を用いる魔導士に自らも獣人に変えられている以上、他の獣人たちのように自分自身がいつ操られるか分からないのだ。その時は己自身が王族方やここにいる者たちの脅威になるだろう。

 アルヴァンド公爵は決意と共に拳を固く握りしめた。


「殿下、私が殿下の盾となりましょう。獣人の私ならばこれ以上獣人化する事もございません。もしも私自身がかの魔導士に操られ殿下の脅威となるのなら、迷わずその剣でお切りください」


 アルヴァンド公爵の強固な決意にウィリアム殿下は表情を強張らせた。だがそれも束の間、ウィリアム殿下はその首を縦に振った。


「殿下、ありがとう存じます。……それでは君たちはどうする?アーリア殿はサリアン宰相殿にも、かの魔導士にも狙われているようだが……」


 アルヴァンド公爵の言葉にアーリアとリュゼは顔を見合わせて一つ頷くと、ウィリアム殿下に不敵な笑顔を見せた。


『私たちが囮になります!』

「僕たちが囮になるよ?」


 アーリアとリュゼの言葉が重なった。

 だが、二人の考えが同じ案を指すとは限らないのだった。

 アーリアの考えが正しければ、サリアン宰相とバルドの思惑は一見重なっているようで、その実その二人の間には埋めるには深すぎる溝があるのだ。そこを突くにはサリアン宰相とバルドの二人が揃う今しかない。

 リュゼにはアーリアの考えが読めているようなのだが、そのニマニマした胡散臭い笑顔の中にはアーリアの考え以上のイタズラ心が見え隠れしているのだった。


 アーリアとリュゼの笑顔に若干の不安を覚えつつも、アルヴァンド公爵の賛同の元、結局はウィリアム殿下も二人の考えを受け入れるのだった。




お読みいただき、ありがとうございます!

ブクマ登録等、ありがとうございます!

励みになります!頑張ります!


ナイトハルト殿下登場です。ウィリアム殿下とリヒト殿下とは少し毛色が違い、文化肌の殿下です。


彼の運命はいかに⁉︎

次話も是非ご覧ください!

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