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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と獣人の騎士
70/502

騒動は華やかに3

 近衛騎士団副団長を先頭に、近衛騎士たちがウィリアム殿下の号令の下、大広間へと雪崩れ込んだ。


 ガラスをふんだんに使った大窓とバルコニーへと続く外扉付近、三人の獣人を引き連れた黒いローブの魔導士と、鳥の獣人にナイフを突きつけられたナイトハルト殿下、そして同じように虎の獣人に拘束されたサリアン宰相の姿が見てとれた。


「来てはならん!」


 サリアン宰相は、大広間に雪崩れ込んできた近衛騎士たちに向かって叫んだ。

 その言葉を受けて近衛騎士たちが一瞬身体を強張らせた。近衛騎士たちの目がナイトハルト殿下の喉に突きつけられた短剣に惹きつけられる。


「ナイトハルト殿下のお命がどうなっても良いのか⁉︎ 皆、武器を捨てるのだ!」

「サリアン宰相、何をーー⁉︎」


 ナイトハルト殿下の引きつった声を鳥の獣人の声が遮った。


「静かにしてもらおうか?」

「ッーー!」


 鳥の獣人は短剣を突きつけたまま、背後からナイトハルト殿下の両腕を拘束する。ナイトハルト殿下は苦渋の表情で、その瞳に怒りを滲ませた。ウィリアム殿下が近衛騎士たちを押し退け、一歩前へ進み出た。


「ナイトハルトの拘束を解け」


 ウィリアム殿下は怒りを露わにしながらも、その姿勢は冷静そのもの。堂々とした歩みで魔導士に近づいていく。お互いの間合いの一歩外でその歩みを止めると、更に言葉を重ねた。


「何の要求があって、このような大それた騒動を起こすのか。ナイトハルトの命か?それとも私の命か……?」


 ウィリアム殿下は言葉に威圧を加えていく。言葉には覇気が篭り、ウィリアム殿下を取り巻く空気がピリピリと震え出す。


「それとも我が王家の血、全てか……?」


 ウィリアム殿下は魔導士ではなくサリアン宰相の方へ身体を向けると、その顔から冷静さを取り去り、憤怒の表情を露わにさせた。


「愚かにも簒奪を企てようとは見果てた忠誠心だな⁉︎ それ程まで王座を欲したかサリアン公爵!」


 ウィリアム殿下の苛烈な如き言葉にサリアン宰相は表情に曇りを見せた。


「このような状況下で何を仰います殿下⁉︎」


 シラを切るつもりのサリアン宰相に、その場にいた近衛騎士たちは冷たい視線を投げかける。王族たるウィリアム殿下の言葉に背くその言動こそ背徳行為、いや叛逆行為とも言えるのだ。騎士が忠誠を誓う主人を暗に侮辱され、怒らぬ筈がなかった。

 そこへ騎士たちの間を抜けて一人の獣人が歩み出た。堂々たる風格を兼ね備え、立派な鬣を揺らしながら登場した貴族の装いをした獅子の獣人は、その獰猛な瞳に静かな怒りを携えていた。獅子の獣人の姿を目に捉えたサリアン宰相はさすがに顔色を変え、眉を潜めた。

 そこに居る筈のない存在、自分の不正を全て知る存在の登場を見留めて。


「いい加減になさいませ、サリアン宰相殿。貴方の思惑は全て露見しております」

「き、貴殿は……」

「貴方にまんまと騙され、獣人とされたアルヴァンド公爵ルイスでございますよ。宰相殿の裏で行ってきた悪事全て、私が証明致しましょう」

「ーーそ、そのような姿で誰がそのような世迷言を信じるのか⁉︎」

「ウィリアム殿下は信じてくださいました」


 アルヴァンド公爵はウィリアム殿下の前で膝をついて首(こうべ)を垂れた。


「アルヴァンド公爵はどのような姿になれど、その忠義心は疑いようもない。サリアン宰相、貴殿は人間の姿であってもその心は醜い獣のようだな⁉︎」


 ウィリアム殿下の激烈とも呼べる批判は止まない。それを受けてみるみる間にサリアン宰相はその顔色を変えていく。

 周りの獣人たちも対応を困っているのか、無表情のまま流れを見守っている。何より彼らの主人である当の魔導士がこの状況から置いてけぼりを食っているのだ。バルド本人もサリアン宰相との打ち合わせにない展開なのか、それとも今後に何か大きな企みがあるのか分からぬが、黙して語らない。


「何を仰います、ウィリアム殿下!貴方様は何か思い違いをなさっておられますぞ⁉︎」


 虎の獣人に拘束されたまま、身を乗り出すサリアン宰相。このように悪事の証拠が一つずつ積み上がり、その身を締め付けていく事が分かっていても、その態度は一貫して被害者を装っている。

 ナイトハルト殿下は黙ってはいるが、そんなサリアン宰相を睨みつけている。

 アルヴァンド公爵は立ち上がるとウィリアム殿下の一歩後ろに控えた。その双眸は燃え上がり、サリアン宰相に対しての強い嫌悪感を孕んでいる。


「思い違いなど誰もしていない。サリアン宰相殿、貴殿のその態度そのものが我々の貴殿に対しての疑惑を真実のものにしているのだ」


 近衛副団長はウィリアム殿下の一歩前に進み出てその身を呈して殿下を守れる位置で立ち止まると、剣の柄に手をかけたままサリアン宰相に話しかけた。


「なにを……⁉︎」

「貴殿が王室に対し誠の忠誠心を持っておられるのなら、その身を呈し、ナイトハルト殿下をお助けする筈だ!何故ナイトハルト殿下の命を魔導士に乞う事もせず、そのように大人しく拘束されておいでか⁉︎ 我々がこの部屋に来るまでの間に、何故身を呈しナイトハルト殿下をお助けしておられないのか⁉︎」


 ナイトハルト殿下の護衛の近衛騎士だった二名は、ナイトハルト殿下の足元で還らぬ姿になっていたのだ。一人は首を掻き切り絶命している。もう一人は剣が腹から背にかけて突き抜けており、その行為から自ら命を絶った事が分かった。二人とも己の主人を自ら手にかける事を拒み、己で己の命を絶ったのだと思われた。


 獣人に成り果てて尚、その忠誠心を貫くその二名の近衛騎士ーー元部下の心を思うと目頭が熱くなった。だが、彼らを悼むのは後だ。

 近衛副団長は一瞬だけ瞑目すると、その目線をサリアン宰相と未だ動かぬ魔導士へと向けた。


「……そこまでして私を陥れたいと言うのか⁉︎ 今は私のことよりもナイトハルト殿下のお命をお救いする事の方が大事であろう!」


 サリアン宰相の未だ崩れぬ虚言と、この膠着した雰囲気に一石を投じたツワモノがいた。


「どいてどいて〜!」


 近衛騎士たちを押し退けて、リュゼがアーリアを肩に担いだまま軽やかな足取りで大広間の中央まで飛び出していった。場違いな笑顔を周囲に振りまき、それまでの緊迫した空気をぶち破ると、そのまま魔導士バルドの前まで駆け寄る。


「はぁい、バルド様!ご要望通り子猫ちゃん……違った、『東の塔の魔女』を捕まえて連れてきたよ〜〜!」


 リュゼはアーリアを両腕で横抱きにすると「バルド様、はいどうぞ?」とバルドに向けて笑顔全開でアーリアを差し出した。


「「「……はぁ!?」」」


 その場にいた味方も敵も関係なく、緊張感の糸が切れたように、間抜けな声がハモったように感じた。

 アーリアを差し出されたバルド自身も無表情はそのままに目元にシワを強く寄せ、アーリアを受け取るべきかどうか悩んでいるようだ。ローブから両手を出したはいいが、その手を伸ばしそびれている。

 アーリアは内心ヒヤヒヤしながら冷静さを引き出そうとするも、表情から不安を隠しきれない。さすがにバルドの顔を正面から見据える勇気がなく、その目線を少し逸らしていた。


「なッ!なぜ『東の塔の魔女』が生きているのだ⁉︎ 捕らえて殺したのではないのか!」


 そこにサリアン宰相の驚愕を露わにした間抜けな怒鳴り声が響いた。



 ※※※



 ーかかった!ー


 アーリアとリュゼの心の声は確かにその時重なった。


 サリアンはそれまでの冷静な姿勢を脱ぎ捨て、髪を取り乱しながら声を荒げた。その言葉と姿勢にウィリアム殿下を始めアルヴァンド公爵と近衛騎士たちは唖然とした。


「……どういう事ですかな、サリアン宰相?あぁ、もしや貴殿がその魔導士に、『東の塔の魔女』殿の殺害を命じていたのですな……?」

「そ、それは……」

「先ほどのサリアンの言葉は、さすがに聞き捨てならない言葉だったな?『東の塔の魔女』殿を害すなど、この国の防衛上あってはならぬ事なのだが……」

「ッ……!」


 アルヴァンド公爵とウィリアム殿下が交互に言葉を紡ぎ、サリアン宰相の出口を塞いでいく。

 サリアンの表情に影が射し、苦渋が顔面に広がっていく。拳を握りしめて肩を震わせながらアルヴァンド公爵を睨め付ける。そこには聡明で忠誠心高き宰相の姿は何処にもなかった。

 サリアン宰相は俯き、全身を震わせながら低い声で笑い出したかと思うと、目に怪しい光を浮かべて流暢に話し出した。


「……こうなれば、この場の全ての者を排除するしかない。まずは当初の予定通り、ナイトハルト殿下には死んで頂きましょうか!ーー獣人よ、ナイトハルト殿下を殺せ!」


 サリアン宰相の目線を受けて、ナイトハルト殿下を拘束していた鳥の獣人がバルドの方をチラリと伺った。

 獣人たちはバルドの下僕。バルドの命令には従わなければならないが、その他の人間の命令には従う必要はない。宰相と獣人たちとの間に命令系統は存在していないのだ。あくまで宰相の依頼を受けたバルドが、獣人を従えてその悪事に加担しているに過ぎない。

 そこを宰相自身がはっきりと把握できていなかった。いや、無意識に身分卑しき者は尊き自分の言葉に従うものだ、と思っているのかもしれない。

 だが、それがアーリアたちにとっては好機だった。勿論その隙を意図して作り出したアーリアとリュゼは見逃さなかった。

 アーリアはバルドに差し出される形で止まっていたリュゼにの腕の中から両腕をを大きく伸ばし、その手を空に突き上げるように開いた。


『ー光よ来たれー』


 目の眩むような閃光が魔導士バルドとその周囲にいた獣人たちに突如もたらされた。ゼロ距離からの強烈な光のシャワーに、その攻撃を予期していなかった者たちは呻きながら腕や手で顔を庇い、目をきつく閉じた。

 光量を最大にした閃光を放ちながらアーリアはリュゼの腕から飛び降りると、ナイトハルト殿下に向かい走る。リュゼはアーリアを下ろすとナイトハルト殿下を拘束していた鳥の獣人をなぎ倒し、ナイトハルト殿下をその手から救出した。そしてアーリアは目を閉じてよろめいているナイトハルト殿下の手を掴むと思い切り引いて、獣人たちから距離をとった。

 やがて光が収まりその場にいた者たちが目を開いた時、アーリアはナイトハルト殿下を保護し、そのアーリアの前にリュゼが立ち憚かるように守護していた。


「な、何が起こった……?」


 サリアン宰相がチカチカ眩む目を瞬かせ漸く目を開けた時、既に形成は逆転していた。人質とも呼べるナイトハルト殿下を救出されてしまったのだ。

 アーリアとリュゼの行動にウィリアム殿下やアルヴァンド公爵ですら、驚きを隠せず困惑をその表情に浮かべていた。しかしウィリアム殿下はその状況が有利なものだと知ると否や、取り乱すサリアン宰相相手に嫌味を一つシレッと言い放った。


「形成逆転だな、サリアン公爵。ナイトハルトは返してもらったぞ?貴様にもう切り札などない。大人しく今までの非を認めるんだ!」

「くッ……」


 さすが王族!面の皮がアツイ!

 アーリアは感心し、リュゼは口笛を吹いた。

 あえてウィリアム殿下たちには、アーリアの囮としての役割とその行動予定を教えていなかったのにも関わらず、ウィリアム殿下はその後の役割をしっかり把握し、こなしている。

 案にウィリアム殿下同様、一瞬混乱したのち困惑していた騎士たちも『そういう段取りだったのか!さすが王太子ウィリアム殿下!』と言った表情でウィリアム殿下に更なる敬愛の念を深めているではないか。

 どんな状況をも自分の流れに持っていくウィリアム殿下の手腕には、舌を巻くものがある。この王太子が次期国王なら、この国の未来は安泰だ。

 ナイトハルト殿下は閃光を間近で受けた一人なので、焼けた目がなかなか回復しないようだった。目を閉じたり開けたりを繰り返している。しかし、その一方耳で情報を聞き取り、自分の置かれた状況を把握しているようだった。ナイトハルト殿下は助け出された格好のまま、アーリアに手を繋がれてくれているのは一応の信頼の現れだろう。

 アーリアは不敬な救出方法と対応に心の中で謝罪しつつ、未だ足元の定まらないナイトハルト殿下の手をキュッと握ったのだった。


「魔術、ではないな?魔法か……?『声』は封じたままの筈だが……」


 バルドの声がぽつりと床に落ちた。バルドはアーリアを見据え、アーリアに置かれた身体の状態を観察している。そして、アーリアの呪いが未だ解けていない事を見留めた。

 何を隠そう、アーリアがこの場にいる誰からも脅威に思われなかったのは、魔導士に必要な筈な『声』を封じられているからだ。

 魔術の行使には『魔力』『術の構成』『確かなイメージ』、最後に『呪文の詠唱』だ。

 魔術をいくら練っても肝心の呪文が唱えなければ術が発動しないのは、人間の世界での魔術に対する『常識』。

 魔法とて魔術と同様に言葉を紡ぐ事が重要だと言われているのだ。

 それなのに『声』が出ない筈なアーリアが魔法の光を放った。この事実に魔導士であるバルドが瞬時に気づいたのだ。


「そのような事はどうでも良いッ。お前は私の命令に黙って従えば良いのだ!」


 サリアン宰相は虎の獣人の拘束を振り払って解くと、バルドに身を乗り出し怒鳴り倒しながら命令した。


「お前の要望を叶える代わりに私の要望も叶えよ!それが当初よりの契約だ。魔導士よ、ここにいる全ての目撃者を葬り去れ!」


 バルドはサリアンの命令に一瞬眉を顰めたが、結局はその腕を軽く振り上げた。魔力の波が部屋中にーーいや空間に広がっていく。

 バルドが腕を振り上げた瞬間、アーリアにはザワリと空間が波打ち、辺りに漂う空気が淀んだように感じられた。背中にゾワリと悪寒が走る。産毛が立つような感覚に気持ち悪さを感じていると、眼前のリュゼは身体の神経を猫のように逆立てていた。


『リュゼ……?』


 アーリアが空いている手でリュゼの腕にそっと触れると、リュゼはびくっと身体を震わせた。


「子猫ちゃん、これはマズイよ……」


 バルドの恐ろしい魔力に身体を震わせたアーリアは、次の瞬間に起こった獣の大きな雄叫びに身体を強張らせた。


 ーぐぉぉおおおおおッ……!ー


 大広間にいた者たちには、複数の獣の叫び声が王宮の彼方此方から聴こえてくるのを捉えた。

 獣の雄叫びは王宮の各所からあがり、それは建物に木霊するかのように広がった。

 その意味する所を予測できた者は、後に己の予測の正しさに嫌気を覚えたに違い。


 王宮全体を包み込むような雄叫びが収束し、王宮が一時の静寂に包まれた後、再び王宮内が混乱に見舞われた。


 王宮の内外から聴こえてくる悲鳴や怒号を己の耳で捉えていた騎士たちは、己の肌に焼きつくほどのプレッシャーを感じ、その発生源ーー魔導士を一斉に注視した。バルドはその身に可視化されるほど、強大で禍々しい魔力を纏っていた。


 危機をいち早く察知した近衛副隊長は腰に履いた剣をスラリと抜き放つと、ウィリアム殿下を庇いつつ後退を始めた。その時……


「副隊長!王宮内に複数の獣が出現しました!」


 大広間の外から最悪の報が齎された。



お読みいただきありがとうございます!

ブクマ登録等、大変励みになります!

ありがとうございます!


リュゼとアーリアの策にハマって内心わたわたしているバルドが好きです。

第1部完結に向けて盛り上がって参りました!

次話も是非お読みください!

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