それぞれの胸中1
◆エイシャの場合
白いレースのカーテン、花柄の壁紙、赤い布が張られた椅子。どれも可愛らしい配色に統一された室内の真ん中、薄紅のソファの真ん中に一人の少女が座る。
袖のない、背中の大きく開いたオフショルダードレス。身体にぴたりと沿った布は腰の括れ辺りから脚にかけて薄いレースが何枚も重ねて縫われており、フワリと広がりを見せている。左腰の辺りには大ぶりのバラが咲き誇る。レースには所々に小さくカッティングされた宝石がビジューとして彩られ、光を受けてキラキラと輝いている。
細い首筋には大ぶりのダイヤの首飾り。耳には揃いのイヤリングが光る。頭の上には小さなティアラ。髪は結い上げずクルクルと巻いて右肩へ垂らしており、唇には今流行りのツヤツヤのリップが引かれている。
少女はまるで王族のような出立ち振る舞いで羽扇を翻すと、はぁと尊大な溜息を吐いた。
目の前にはマカロンやプティング、ケーキなどが所狭しと並べられ、その隙間を埋める様に花々に彩られている。しかし、その華やかな机とは対照的に、少女の憂いは晴れるどころか曇る一方だ。
「全くっ、嫌になるわ!」
少女ーーエイシャは羽扇を閉じるなり、机にそれを軽く叩きつけた。
ビクリとそば付きのメイドが肩を揺らしたが、そんな事は構いはしない。自分の機嫌を取れないメイドの方が悪いのだから。
それに、見目の良い男たちがいない部屋で何を気遣う必要があるのだろうか。
エイシャのいる部屋の廊下には騎士たちが控えているが、室内にはエイシャと侍女二人のみ。しかも、室内は真宝具により防音が施されているので、少しの物音では誰も中には入っては来ない。そういう決まりになっている。
扉の他に外に出る手段は格子の嵌められた窓のみ。
侵入者対策が取られた『塔』は実質、牢獄と然程変わらない。
『塔の魔女』として《結界》を維持する他は好きに過ごせるとはいえ、まるで罪人のような軟禁状態にある現状には、正直不満しかなかった。
「本当に嫌味な女。あれだけの男たちに囲まれて、まさかこの私相手にマウントでも取っているつもりなのかしら?」
思い出すのは、先頃『南の塔』に呼びつけた白髪の魔女。
遥か何万キロも遠方のど田舎から呼びつけたにも関わらず大した疲労もなく、寧ろ南都観光を楽しんでいたという目撃証言がある。それも美麗な騎士を伴ってだ。
この南都で自分以上に目立つ存在など、エイシャには許せる筈もない。
「しかもアルヴァンドだけに留まらずウィリアム王子まであの女に誑かされているなんて! どこまで恥知らずな女なの?!」
アルヴァンド公爵が後ろ盾となっているのは百歩譲って許そう。仕事上の事もあるのだろう。
だが、アルヴァンド公爵家の子息があの魔女に執心だというのは、眉を顰めざるを得ない。
更には、あの東都アルカード領主からも惜しみない支援を受けている。
それだけならまだしも、次期王たるウィリアム王太子まであの魔女を『妹のように』可愛がっていると言うではないか。平民風情が厚顔不遜も甚だしい!
「騎士団長も帰省から帰ってくるなり謹慎ですって! ほんっと煩わしい脳筋ねッ! いつになったらクビになるのかしら?!」
戦うしか脳のない騎士団長が帰省すると聞いた時、五月蝿い男がいなくて清々すると羽を伸ばしていた。
部下である騎士たちからも疎まれ始めているのは知っているし、首をすげ替えても誰も何も言わない。『南の塔の騎士団』団長があの男でなくとも構わないのだ。従順な騎士であれば誰でも良い。
脳筋とバカにするが、騎士団長には術が効かないのは誤算だった。
「バカな男ばかりで嫌になるわ。はぁ〜アチラの塔の男たちはコチラにいないタイプばかりで楽しめそうだったのに、生意気にも拒絶するなんて。でもーーあんな平民魔女、醜聞一つですぐに表を歩けなくなるわ。そうしたら男たちの目も覚めるわ。アハ、愚かな女の末路には丁度良いわね!」
噂の種は蒔いた。とある伯爵家の子息を利用して。
バカな男たちは嬉々としてありもしない噂話を広めてくれている。他人の醜聞は蜜の味。着実に広がっていくだろう。そう思えばこそ、エイシャの笑みは広がりゆく。
「そろそろ平民魔女の爛れた生活が明るみに出る頃かしら? 生意気なアルヴァンドも一緒に堕ちていくのが見ものだわぁ!」
エイシャは前々からアルヴァンド家の男たちには興味があった。
爵位は貴族の中でも一番上の公爵。皆が文武に秀でており、何より見目麗しい。それに愛に忠実な所がまた良い。女に対して見下す事なく、常に紳士的な態度であるのも。
だが実際には、彼らの誰一人としてエイシャの声かけには応じなかった。夜会でさりげなく声を掛けてみても、他の女たちと同じくそっけなく躱わされただけだったのだ。
更に気に食わないのは、アルヴァンド公爵家の令嬢リディエンヌだ。
家柄だけでまんまと第三王子の婚約者に収まったと聞いた時、エイシャはこれ程になく怒り狂った。あんな阿婆擦れに王子妃が務まるなら私にも務まるに決まっていると。
「あーあ! 折角アズライト様がいらしてくれる予定だったのに謹慎だなんてっ! ホントにつまらない! 誰か遊び相手になってくれないかしら?」
ぼふりと行儀悪くソファの背に背をつける。
謹慎を理由に茶会に誘っていたアズライトとも会えなくなってしまったのだ。
アズライトは容姿が良い。物腰が柔らかく、ドーアの男にしとくのは勿体ない思考の柔らかさもある。それにドーア風にチヤホヤと扱われるのは悪くない。
加えて、アズライトは訪問時は毎回贈り物も欠かさない。
その辺りの男よりも流行りにも詳しく、ドーアの流行なども教えてくれるのだ。その手の話に遠くなりつつあったエイシャにとって、彼の話を聞く時間が大好きだった。
「情報を集めさせたけど、ひょっとしてガセを掴まされたりかしら? あぁもぅ、使えない男ばっかり!」
どいつもこいつも脳みそに筋肉が詰まっているのだろうか。
『東の塔の魔女』についての情報を集めるよう頼んでも、皆似たり寄ったりで大した情報が集まらない。
しかも集まった内容は美談ばかりでエイシャを更にウンザリさせた。
ライザタニアとの国交を正常化させた立役者というのが何とも腹立たしい。拉致されて王族の玩具にされていただけの魔女に、何ができたというだろうか。
「そぉだ! 領主サマがいるじゃない!」
パチンとエイシャは両の掌を重ね合わせる。
南都領主は依然としてエイシャの味方であった。
『東の塔の魔女』を平民の田舎魔女と位置付け、身分の違いから、当然の見解としてエイシャに味方してくれる真っ当な貴族だ。
領主は何くれとエイシャを気にするが、一方で放置も良いところ何も手出ししてこない。実に都合の良い貴族男なのだ。
「私のプライドにキズをつけたのだもの。相応の報いがあるべきだわ! 私の明るい未来にあの女は邪魔なの! 平民魔女はさっさと捨てなきゃいけないわよね?」
エイシャは侍女に命じて便箋を取って来させると、羽ペンの先にたっぷりとインクをつけた。
「やっぱり利用できるものは何でも利用しなきゃ!」
鼻歌混じりに少し右に跳ねる癖字で内容を記していく。
大仰に嘆き、可愛く甘える。
男はか弱い女に頼られて喜ぶものだ。少し大袈裟な程でちょうど良い。
「アハ! きっと、あの方もお喜びになる筈だわ」
最後に溶かした封蝋を垂らすとポンと判を押した。
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『それぞれの胸中1』をお送りしました。
『南の塔』の騎士団長は南都へ帰るや否や、多くの騎士たちの反対を押し切り、エイシャを謹慎させました。
それができたのは、その手に王都より持ち帰ったとある人物の判の押された書状があったからです。
次話『それぞれの胸中2』も是非ご覧ください!




