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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と砂漠の戦士
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アルヴァンドの怒り3

※(ジークフリード視点)



 彼女はーーアーリアはどんな理不尽にもめげず、折れず、立ち向かってきた。自分の力で、時に仲間の手を借りて、事態を打開してきたんだ。


 そんなアーリアを俺は尊敬しているし、だからこそ対等でありたいと思っている。

 アーリアの誇れる友の一人であろうと思っているんだ。永遠に変わらぬ信頼を寄せたいんだ。

 勿論、また難しい事態に出くわす事があるならば、助けてやりたいと思う。今回の様にアルヴァンドが絡まずともーー……


「彼女はそんな人間ではない」


 冷静にそう伝えれば、ベルノルトは「……ハァ?」と鼻頭を曲げた。


「彼女はアルヴァンドの力など必要としていない。彼女は彼女自らの手で問題を打破できるチカラを持っている」

「ハ? 平民出の魔女が貴族のチカラを使わずにどうやって貴族に対等するって言うんだ?!」

「そもそもお前のその考えが間違っている。彼女は貴族の様な生活など望んではいない。領主と騎士が守る存在故に立場上囲われてはいるが、それこそ彼女が望んだものではない」


 俺の言葉が理解できないのか、ベルノルトは「何を馬鹿な!?」と吐き捨てる。


「それに、お前はアルヴァンドの在り方についても理解が弱いようだな」


 俺は粋がるチンピラの同様に根拠のない強気で啖呵を切るベルノルトを前に、変わらぬ笑みを浮かべる。


「俺たちアルヴァンドは『声を掛けるに相応しいと思う相手』でなければ、声を掛ける事はない。その相手はアルヴァンドそれぞれの気質による所が大きく、私と父は勿論、私と兄弟、私と領主とも、その条件は異なる」


 アーリアはたまたま我がアルヴァンドの気質に合致した奇特な女性という事になる。

 淑やかでいて、強く、己の意思を持ち、曲げず、己がチカラを持って、どんな強敵とも相対する。

 あの虹の瞳に見つめられたら最後、逃れる事は難しく、無条件で屈服したくなる。


 父は亡くなった母に操を立てているし、兄には愛する妻がいる。2番目の兄はアーリアの事は気に入ってはいるが婚約者を蔑ろにする事などない。アルカード領主はああ見えて硬派な所がある。従兄弟たちの中には心酔して花を贈る者がいると聞いたが、アーリアに対して、権力を持ってどうこうしようと言う愚か者はいない。強いて言えば、リディがアーリアを先輩魔導士として心酔しているくらいだろうが、それも妹が姉を思うそれと変わらない。


 アルヴァンドの中で一番、アーリアに想いを寄せているのは俺だと断言できる。



 彼女は俺の月。太陽のない闇夜を照らす月光だ。



「さて、ベルノルト・フィン・ベレー伯子。貴殿の言い分を聞こうか? アルヴァンド公爵家に対する悪意ある噂を鵜呑みにして俺を罵倒した罪、どの様にして取るつもりか?」

「なッ!!!?」


 これまでの発言に対し、俺は一言も許すとは言っていない。

 そもそもベルノルトが今夜会のホスト役だからこそ、俺に声を掛けるのを許したに過ぎない。

 にも関わらず、何を勘違いしたのかベルノルトは親しい友人でも取らぬような言動で捲し立てた。まるでこちらが有責であるかの様に、正義感を振り翳し、悪意を持って噂を公言し、聴衆を惑わした。

 何より、王太子殿下の近衛たる俺を侮辱した罪は、アルヴァンドを侮辱した罪よりも重い。お前は王族たる王太子殿下にーーシスティナ王家に弓引いたのだ!


「下位の者が上位の者の言動を妨げた罪、虚偽の情報を糺す事なく広めた罪、無知を理由に国防を担う要職にある官吏を不当に貶めた罪……王太子殿下の近衛を理由なく侮辱した罪は王族に弓引いたも同然だ。どのようにこれらの罪に向き合うか、聞かせてもらおうか?」


 現在、王太子殿下の管理下にある制度ーー『塔』。

 『塔の魔女』の立場を守る為に『妹の様に可愛がっている』と公言している王太子が後援する魔女に対し、虚偽の情報を自ら広め、罵倒し、貶めた事に対して、王太子殿下本人が何も手を講じない訳がない。

 アルヴァンドが手を下すまでもなく、牢獄行きは確定している。


「婚約者のある身でありながら不貞を働いた罪というのも加えておいてやろう」


 心優しいヘンリエッタ嬢が謂われない噂に傷付かぬように、どちらが有責であるかしっかりと世間に知らしめる必要がある。


「更に言えばライザタニア王族を貶める言動もあったが、これをどう償うつもりか聞かせてもらいたいものだな。あの国の王族を敵に回したんだ。一族郎党処刑されても文句言えんぞ?」

「ッ!! っちょっ、待てよ! 俺は噂を聞いただけだ! それを口にしたってだけで何でそこまで責められなきゃならないんだ?!」

「皆も言っているから自分も言って良いと?」

「そうだ! 俺だけ不公平じゃないか!?」


 これだけ堂々とアルヴァンドに対して罵詈雑言を述べておきながら、罪の意識なく、言うに事欠いて不公平とはな。バカにつける薬なしとはこの事か。


「本気でその様な世迷言が通じるとは思っておるまいな?」


 言うなればこれはベルノルトの自爆だ。

 噂を信じてアルヴァンドが弱体していると思い込み攻撃を仕掛けてきた。誰の許可があったか口車に乗せられたかは知らんが、観衆の最中でこのような暴言を口にしておいて、なかった事にはならない。

 許す許さないの話ではない。

 貴族制度の在り方を守る為にも、ベルノルトにはーーそしてベレー伯爵家には法の罰を下す必要がある。

 感情論でどうこうなる域を超えているのだ。


 ハと溜息を吐いた時、アルヴァンド家の従者が呼んだ衛兵の足音が聞こえ始めた。


「では最期になるだろうお前に一つだけ聞いてやる。お前が聞いたと言うそれらの噂はどこで耳にした?」


 最後と聞いて、漸くここで拙さを悟ったのかベルノルトの顔色が青白いものになっていく。


「どこでって……女たちに聞いたんだよ! 夜会で、皆んなで寄って集って、東の魔女がいかに悪女かって話をしてたんだ……『東の塔』に飽き足らず『南の塔』にまで行って男漁りをしてるって……!」


 先程までの勢いがウソの様にボソボソと話すベルノルト。『南の塔』に行ったという内容に目を細める。

 アーリアが『南の塔』を訪問したのは極秘で、国内で知る者は限られている。


「それを誰から聞いた?」


 僅かに漏れ出た威圧に、ベルノルトは目に見えて肩を揺らした。「だ、誰にって……」と目を左右に動かすと、ベルノルトの側から離れようとしていた派手な装いの令嬢を見定め、「なぁ!」と声を掛けた。


「お前もそう言ってたよな、アリューシャ!?」


 アリューシャと呼ばれたのは、ベルノルトがヘンリエッタの代わりに連れていた令嬢であり、先程までベルノルトの横で腰を抱かれながら、ヘンリエッタに対して優越感すら放っていた女だ。

 アリューシャ嬢はベルノルトに呼ばれて最初は無視(聞こえないフリ)をしていたが、何度も呼ばれて渋々振り返った。


 赤みを帯びた金髪、新緑の瞳、小さな顔、紅い唇、特徴となりそうな右目の下の小さな黒子。髪色と目こそ鮮やかだが、王族たちで見慣れた俺の感覚的には、特段、目を惹く容姿ではない。

 だが、この色、顔立ちには見覚えがあった。


「『南の塔の魔女』……?」


 そうーー数週間前に王太子殿下の護衛としてウィリアム王子と共に訪問した『南の塔』、そこで見えた『南の塔の魔女』エイシャ。彼女にそっくりなその容姿に、俺は今夜初めて表情を崩した。


「何かお間違えなさっておいでではないですか?」


 にこり。『南の塔の魔女』と呼ばれた令嬢の方は微笑むと、その顔を隠す様にカーテシーを行った。




 ※※※



 あの令嬢はエイシャ譲ではなかった。


 後に彼女がエイシャ譲の妹であるアリューシャ譲だと判明したのだが、何故『南の塔の魔女』の妹令嬢があの夜会にいたのかは不明だ。

 ヘンリエッタ嬢に聞いた所、アリューシャ譲は度々王都の夜会に現れてはいたようだが、現在の住まいは南都だという。

 姉のエイシャ譲の補助をしているというが、怪しいものだ。どう補助したら姉のあの振る舞いが許されるというのだろうか。

 そしてあの容姿、双子でもないのに似過ぎている。

 ただ、似ている兄弟姉妹というのは居るから、似た雰囲気の化粧や服装、振る舞いから、そっくりだと思ったのかも知れない。

 兎に角、今はあの令嬢の事はよりも先に考えねばならない事がある。


「……ヘンリエッタ嬢の生家はベレー伯爵家に騙されていたようです。謂れない罪をでっち上げられ、鉱山を借金のカタに差し押さえられ、令嬢を人質の如く婚約者に据えられて、身動きが取れなかったとのこと」


 従者に調べさせた結果、やはりベレー伯爵家は財政破綻していた。

 当たり前だ。あの様に3日と日を置かず夜会を開いておいて、困窮しない訳がない。

 夜会には料理、酒、花、管弦楽、と様々な物が必要であるし、酒や食材等の手配には金が掛かる。テーブルクロスや食器類にしても毎回同じものとする訳にはいかないだろう。花にしても枯れる前に補充する必要がある。

 夜会には招待状を書く必要があり、招待状には多くの便箋が必要となる。書き手は複数人必要だ。郵便代も馬鹿にならない。

 給仕にも人がいる。一人二人では回せない。

 管弦楽も毎度同じでは飽きるだろう。

 そもそも夜会に毎回同じ服を着る訳にはいかない。胸のハンカチーフ一枚で見窄らしさがバレてしまう。

 

 ざっと見積もって夜会一回につき最低金貨30〜50枚は掛かるだろう。それを週に一度のペースで行うなど、正気の沙汰ではない。

 それこそ高位貴族か王族でなければ、そんな大金を動かせはしない。


 ベレー伯爵家は領地を代官に任せ、当主を含め家族全てが王都暮らしだという。伯爵家の現当主は官吏とは名ばかりの下級官僚として交通省勤務。それでどうしてあのような生活が送れるのか疑問だ。

 普通に考えれば、領主としての手腕が高く、治める領土が豊かで、または何らかの特産品があり、納める税収入が高いのかと思うだろうが、そうではなかった。

 ベレー伯爵は領地を代官に任せている割に口出しだけは多く、税収入以上の上納金を求めるものだから、代官は困り果て、苦肉の策として国には税収を少なく報告し、余剰分を領主へ納めていたようだ。要は脱税だな。

 それでも足りなくなり遂には税金を上げた。これも国からの指定した課税でない為、違法となる。

 もとももそれ程広い領土でもなく、あるのは農地ばかり。小麦や豆、とうもろこしなどの穀物類の税収入だけではあの華やかなる社交生活は賄えず、その上税を徴収するばかりで土地の整備などろくにしないものだから次第に領地での問題も起こるようになり、税収もままならなくなる。

 そんな悪循環の中、目をつけたのが隣の領地ーーヘンリエッタ嬢の父親の治めるハイド子爵領だった。


「悪党の考える事はいつも似たり寄ったりですね」


 苦笑すると、父は眉の一つも動かさず目線の一つも動かさなかった。


「使い古された策は、そこそこに使えるからこそ使い古されているのだろう。だからこそその罪の償い方も使い古されたものしかない。ベレー伯ーーいや、元伯爵か、彼は先人から学ぶべきであったな」


 父上ーーアルヴァンド公爵ルイスはペンを走らせると、最後に赤いインクをつけ判を押した。その後ざっと書面の内容を確かめるとインクが乾くのを待って三つ折りにし封筒に入れ、赤に金の混じる独特な色合いのする封蝋を溶かして金具を押し付けた。


「ベレー伯爵家は爵位を没収。領地は暫く王家直轄となった。また、ベレー伯爵家は当主を含め、成人男児は全て死罪。勉強代にしては高く付いたな」


 派遣されていた代官は洗いざらい罪を吐いている。

 いくら命じられたからと言って脱税に手を貸して良い訳ではない。ただ、今回、代官は領主の為ではなく領民を守る為に動いていたのだとする陳情書が領民より多数送られてきた為、減刑される予定だ。


「やはりベルノルトは黒幕までは知りませんでした。申し訳ございません。今暫く泳がせれば良かったのですが……」

「仕方あるまい。あの小僧にあれ以上の役は無理だ。黒幕もそれが分かっているからこそ、早々に尻尾を切ったのかも知れぬしな」

「は……」


 アルヴァンドの噂が広まる社交界へ渦中の者が顔を出せば、何かしらの状況の変化があるかと思っての事だったが、あれは予想していたものよりずっと混乱を招いただけだった。

 噂の真相を知りたい、もしくは噂の内容を真実にしてしまいたい人物が接触してくるかも知れないとは思っていたが、まさか嫉妬が理由で突っかかって来られるとは思っていなかった。


 そう、ベルノルトは嫉妬していたんだ。

 アルヴァンドという王国に古くから在る貴族の頂点たる公爵家という地位に。

 俺たちアルヴァンドがその名を貶めぬ為にどれ程の努力を要しているかも知らず、ただ受け継がれた者を悠々と受け取っているに過ぎないと信じて。

 そして、そう思う者はベルノルトだけではなかった。


「アルヴァンド家がその様に思われているとは……!」


 努力なくして得られるものなど何もない。

 身分も地位も職も、それに伴う金銭も、勿論友や伴侶も、信頼も、騎士としての技能も、長くの努力があってのもの。愛する者に己の愛を伝える為に多くの言葉を紡ぐように、惜しみない努力をせねば何も手には入らない。

 にも関わらず、我々アルヴァンドは何の努力もなく地位に胡座をかいていると思われていたのだ。

 これが悔しくない訳がない!

 あまりの悔しさに立場を忘れて呟けば、アルヴァンド家当主は無機質な目をほんの少し緩めた。


「ジーク、どうやら我々アルヴァンドは、過去の産物らしい。永きに渡り築き上げてきた地位も、身分も、立場も、全てのアルヴァンドの努力によって今日(こんにち)まで名を残してきた。だが、それだけでは不足だったようだ…」


 アルヴァンド家当主の言葉にハッと息を飲む。


「当たり前の存在を当たり前としているのは、そうし在ろうとする者たちの努力によるものなのだが、平時を常時だと思う者にとっては、そんな事は考えもつかぬのだろう」

「『日々の平和が恒久のものと疑わぬ者たち』もそれに当たりますか?」

「無論。だからこそ、『東の塔の魔女』殿を貶める事ができるのであろうよ」


 今ある平和な日々は『誰か』の努力の上に成り立っている。そんな当たり前の事も想像できない者が、この国には大勢いる。

 王が、王族が、政に携わる官僚が、官吏たちが、そして日々を真面目に営む者たち全ての努力によって、変わらぬ毎日を過ごせている。

 朝食で食べたパンは、我々の口に入るまでにどれ程の者の手を通してパンという形になったのか、それすら想像できぬ者たちが多すぎる。


「当たり前を当たり前とする。それが如何に大変であるかが分からぬのだ。大変さを見せぬ事の大切さを知る者が、この国にどれ程いるだろうな?」


 努力は目に見えない。そしてわざわざ見せるものでもない。

 『努力している俺を見てくれ』等と愚かな事を言う者の努力が如何程か、おして知るべしだ。大した努力もせぬ者こそ、努力をひけらかす。承認して欲しいとせがむものだ。


「……難しいですね。我々は努力を分かって欲しい訳ではありませんから」

「ああ。分かっている者は分かっているからこそ、何も言わぬ。言えぬ。影ながら応援し、または共に切磋琢磨しようとしてくれるだろう」

「だからと、アルヴァンドがこのまま貶されるのを黙って見ているなど……」


「誰が黙って見ていると言った?」


「え……?」


 顔を上げた俺の目に、アルヴァンド家当主の青い目が飛び込んできた。そのあまりの眼光鋭さに思わずたじろぐ。


「これ程に分かりやすい宣戦布告を受け取っておいて逃げ帰る者はアルヴァンド家にはおらん。そうだろう?」

「では……」

「受けて立とうではないか」


 先程まで疲れているのだと思っていた父が、突然若者のように熱い火を激らせている。ギラギラと目が輝いてまだ見ぬ相手に向けられている。

 それを見た瞬間、身体の奥底から熱が湧き上がり、ざわりと全身の毛が産毛立った。

 我が父は疲れても衰えてもいなかった。

 アルヴァンド家当主が敵を迎え撃つべく立ち上がったのだ。ならば、我々アルヴァンドに連なる者たちはそれに続くのみ!


「王家の盾にして剣たる我がアルヴァンドが過去の栄光のみに縋り存在しているのではないという事を、思い知らさせてやろうではないかッ……!」

「はい!!」


 誰かの為に振るう守護の剣ではなく、己が為に振るう剣だ。敵を屠る為に剣を抜いたアルヴァンドの脅威を、愚かにも我々アルヴァンドに牙を向けた敵に思い知らせてやる。


 この日、アルヴァンド公爵家が男児たる己の使命を果たすべく、全てのアルヴァンドは当主の命を受けて動き出したーー……



 


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『アルヴァンドの怒り3』をお送りしました。

ジークフリードとカイネクリフという、『兄弟でもないのに非常によく似た容姿を持つ者』が側にいるだけに、エイシャとその妹アリューシャという非常に似通った容姿を持つ二人を前に、ジークフリードはやや混乱しています。


次話も是非ご覧ください!






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