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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と砂漠の戦士
500/500

それぞれの胸中2

祝500話!

◆ガナッシュ侯爵の場合


 艶のある木製の椅子に一人のミドル世代の紳士が腰掛けている。

 濃紺の三揃い、その中に濃灰と銀の刺繍が光る。

 壁紙は濃い青に銀混じりの染色液で幾何学模様が描かれている。天井には落ち着いた意匠のシャンデリア。壁には椅子と同じ色の重厚な本棚があり、本は透き通る硝子で守られていた。

 (くゆ)る香は心落ち着く森林を吹く清風。

 朝露に濡れた白薔薇が活けられた貴婦人のドレスを連想させる花瓶からも、この部屋の主の気品の高さを感じさせられた。


「全く、嫌になるな」


 集められた報告書を前に紳士は苦い呟きを落とす。

 その言葉に護衛騎士が僅かに眉を動かしたが、それは主を煩わせる者に対してへの怒りであり、決して主の言動に眉を顰めた訳ではない。


「本当に陰気な女だ。あれだけの男どもを侍らせて、ハレム気取りでいるつもりなのか?」


 隣国ドーアには、王の妃を住まわせるハレムという宮殿があるという。そこでは色とりどりの花たちが国王への寵愛を競い合っていると聞く。

 システィナにもまた、ドーアと同じような場所がある。その名を後宮という。


 複数の妃を娶り、後宮という箱庭に住まわせる慣習があるシスティナではその昔、時の王が数多くの女性たちと恋を謳歌し、幾人もの子どもたちを設けた。その数は祖王が82で往生するまでに40名を数え、今や上は65歳、下は19歳と、兄弟姉妹で親子どころか孫の歳の差があるという。

 王位継承権の持つ者が増え過ぎた弊害はあわや内部分裂か内戦かという所まで事態が発展し、その対応として祖王が早期の退位を決め、時の王太子を国王に据え、また王位継承権を上位の3名のみに認めた事で事態は落ち着きを得たが、その騒乱であわや暗殺の危機に遭った被害者にとって、今尚、思い出したくもない過去である。

 かくいう頭が痛いと額を抑えている紳士ーーガナッシュ侯爵も、その被害者の一人であった。


 男女問わず人を愛するなとは言わない。

 だが、側に置くなら節度ある人数に留めるべきだ。

 2、3人までならまだしも、それ以上を囲みたがる者の気が知れない。

 ガナッシュ侯爵は頭の片隅に父親の顔と、次いで南都で見えた若き魔女の顔を思い出すなり、ハと息を漏らす。

 

「しかもアルヴァンドだけに留まらずウィリアム王太子にまで媚を売り、見向きもされぬと分かると腹いせとばかりに在らぬ流言を流すとは、なんと恥知らずな……!」


 あの魔女ーーエイシャがアルヴァンド家の男児たちに声をかけていた事は調べがついている。

 当然ながら、エイシャはアルヴァンドのお眼鏡には叶わなかった。

 ただ、それだけで済めば良かったのだが、エイシャは『東の塔の魔女』がウィリアム王子の後援を受けていると聞きつけ、浅はかにも自分もその権利がある筈だと迫った。

 一見するとウィリアム王子の行動が『東の塔の魔女』アーリアを特別視した言動をしているように見えるが、あの王太子が何の見返りもなく一人を重用する筈がない事は誰もが知るところ。

 現にウィリアム王子はどの『塔の魔女』に対しても平等に接している。

 だが、その『平等』がエイシャには面白くなかったのかも知れない。そうガナッシュ侯爵は推察する。


 エイシャは誰かと横並びなど、許せない性質(タチ)を持っているのだから。


 トポトポと注がれる湯気立つ琥珀を見つめていたガナッシュ侯爵は、癖のように顎を摩り何事かを呟く。

 老侍女は主の「やはり餌を引き連れすぎたか……」という、どこか苦々しい言葉を聞かぬふりで通した。


 『南の塔』を訪問する前段階で集めた情報において、既にエイシャの異常さは垣間見られた。

 馬鹿正直に本人を含む周囲の騎士に尋ねずとも、出入りの商人、或いは下働きの職員、また或いは騎士たちの行きつけの料理屋等から情報を得れば良い。それだけでどれだけの金が動いているか、またはエイシャが、或いは騎士たちの素行すら見えてくる。


 金の動きに対して『南の塔』の関係者は何の対策もしてこなかったようで、エイシャの金遣いの荒さは直ぐに分かった。またとある商人に対するトラブルも。


 そう。騎士団長から知らされる前に、とうに調べはついていたのだ。


 だからこそ、ガナッシュ侯爵はエイシャの性質を揺さぶるべく囮を幾つか仕掛けた。

 アーリアに追随した護衛の騎士たちが無駄に煌びやかであったのも、アーリアをエイシャ以上に着飾ったのもまた作戦の一つ。

 実際に間近で見る色男たちに、そしてその色男たちに囲まれたアーリアを見て、あのエイシャが何も思わなかった筈はない。それどころか、現にエイシャは『南の塔』に現れたアルヴァンド家の男児たちをはじめ、恐れ多くもウィリアム王子に対して色目を使っていたし、相手にされぬと知るなりアーリアに難癖をつけた口撃していた。

 エイシャの本性を見抜く作戦としては、まず成功したと見て良い。が、更に本性を暴いてやろうと画策したそれが、問題をややこしくしたような気がしてならなかった。


「騎士団長の諫言も聞かぬと言うし、精々できるとしたら謹慎だろうが……それであの手の輩がどうなる訳でもあるまいしな」


 謝罪へ来た『南の塔の騎士団』団長。元部下であった騎士は、見ぬ間に腑抜けになっていた。

 己が主たる『南の塔の魔女』を諌められないばかりか、取り仕切るべく騎士団をも腐敗させ、剰え、それを他者の所為にしていたのだ。しかも、その事に気づいていなかった。

 己が主たるエイシャの罪を己が首で償おうとしていたが、それこそ騎士団長が己が職務から逃れようとしていた証拠。それが彼女ーーアーリアにも一目で分かったからこそ、騎士団長の言動に強い不快感を見せていた。


「ハッ、使えない貴族ばかりで嫌になるな。特に南の騎士団どもは国への忠誠心をどこに置いて来たのか。愚かにも小娘一人に良いように操られよって、なんとも嘆かわしい! そも、あの小娘も流言の一つで他者をどうにかしようなど、愚かにも程があるわッ」


 状況からして十中八九、騎士団の腐敗の原因はエイシャにあるだろう。何らかの奇しい呪術を用いた、或いは魔宝具を用いたのかも知れない。そういう呪術がある事をガナッシュ侯爵も知っていたし、だからこそ仮にも『塔の魔女』に選ばれる実力を持つエイシャの犯行だと、疑いもなかった。


 人の想い(こころ)を操る呪術を用い、自分の手に届かぬ範囲を流言を使い広め、憎き相手を世の中から排除しようと画策した。そんなエイシャのやり方にーーまるで昔の後宮の女たちのような行動に、ガナッシュ侯爵は虫酸が走って仕方なかった。


「そろそろ王都にもアーリア嬢の流言も出回った頃だろう。あのような流言をアルヴァンドが何もせぬ筈がない。と、それよりも……漆黒殿の耳にも届いただろうに、何も言わぬのが余程怖いな……」


 ガナッシュ侯爵は濡羽の如き黒髪の魔導士の、氷の如く麗俐な瞳を思い出し、ブルリと身を震わした。

 アルヴァンド家の噂などこれまでもあった。その対処法もお手のものだろう。問題なのはアルヴァンド家が恩義を持つアーリアの噂が同時に流れている事だ。

 怒り心頭に発するアルヴァンドは怖いが、それ以上に怖いのは、等級10を持つ『漆黒の魔導士』だ。

 アルヴァンドが相手ならば未だ人として対応してもらえるだろうが、大陸一の魔導士が相手ならば人としての最期が迎えられるかどうかすら怪しい。


「小娘の火遊び程度で収まれば良いが、どこぞに通じでもしておれば火遊びでは終わるまい。もし()()王弟どのに関わりある事ならば……ドーアの戦士殿を遊び相手にするのは、あの小娘では荷が勝ち過ぎるやもしれんぞ……?」


 ふと視線を向けられた護衛騎士は、「私如きには分かりかねます」とばかりに口を固く閉じる。


「情報を取り寄せはしたが、この程度ではまだまだ足りんな」


 昔の杵柄を使うにも使える手は限られている。

 ガナッシュ侯爵家は東の隣国ライザタニアの爵位であるが故に、システィナでは存分な動きができない。それが歯痒くもあり、嬉しくもあった。


「うむ。面白くはないが、ここは領主殿に協力を仰ぐしかないか」


 宰相の時ならば、若きアルヴァンドの手など借りなかっただろう。だが、今は立場が違う。自由な手足の数は、若きアルヴァンドの方が多い。


「儂のプライドなど魔女殿のこれからの未来に比ぶればゴミ屑よ。前途ある若者の未来ーーいいや、儂の生徒の未来の為、師たる者が手を尽くすのは当然ではないか」


 一度目の人生はサリアンの姓と共に終わり、今は二度目の人生をガナッシュの姓として生きている。

 宰相の時のような地位も権力も名誉もない。にも関わらず、今の『東の塔の魔女』付きのマナー等指導者という立場を存外気に入っていた。

 一度は殺そうとした娘を、今度は生かそうとしている。何の因果だろうかと思うが、それこそ人生の醍醐味かも知れない。


「利用できるモノは何でも利用せねばな」


 皮肉にも、生徒たるアーリアが言っていた。

 『使えるものは親でも使え』と。


「なればこそ、あの方もお喜びになるだろうぞ」


 ふと笑みを作ると、老侍女の入れた紅茶を一口、口に含んだ。



ブックマーク登録、感想、評価などありがとうございます!誤字脱字報告もありがとうございます!


『それぞれの胸中2』をお送りしました。

ガナッシュ侯爵ーー元ラドフォード王子はその昔、多くの兄弟姉妹と共に後宮で暮らしていましたが、それはとても平和な日常とは言い難く、常に生命の危機にありました。

祖王は後宮内の秩序に無頓着で、時の王太子はそんな父親に激怒し、王位を譲渡するよう迫ったとか。


次話も是非ご覧ください!



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