第09節 パイ魔忍誕生
イテテテ……まったく、ひどい目にあった。
地獄のような体育が終わった。散々追い回された挙げ句、何度も吹っ飛ばされ、体の節々が悲鳴を上げている。次にラグビーがあるときはサボろう。命に関わる。
足を引きずり、壁に寄りかかりながら、なんとかB組の教室までたどり着く。
着替えは女子がA組、男子がB組だ。さっさと済ませないとB組の女子が入ってくる。急がねば。
痛みをこらえて手早く着替え、教室を出る。
これからが至福のとき。彩乃と二人きりのランチタイムだ。
外では、制服に着替え終えたB組の女子たちが待っていた。彩乃と夏希の姿もある。「じゃあ、屋上で」彩乃と短い言葉を交わし、自分の教室に戻る。
席に行って、鞄から総菜パンとパックのコーヒーが入った袋を取り出す。そこに手に弁当箱を、顔にアホ面をぶら下げて、太田がやってきた。
「メシにしようぜぃ」
「わりぃ、今日は外で食うわ」
袋を手に教室の外へといそいそと向かう。
「……って、なんでついてくんだよ?」
「ん? だって外で食うんだろ?」
「不思議そうな顔すんな! どうしてお前が付いてくるんだよ!」
「別にいいだろ? 今日もドラクエの呪文で一つ使えるなら何がいいかについて熱く語り合おうじゃねーか」
「ニフラム。じゃあ、そういうことで」
太田を置いてスタスタと歩きだす。
しかし、回り込まれてしまった!
「小早川さんとメシを食うんだろ。水臭いじゃねえの。俺も連れてけ」
こいつ、待ち合わせの約束を聞いてやがったのか……。
「おまえなあ。俺と彼女が二人でいるのに気まずいだろうが」
「いいって。俺、そーいうの全然気にしないから」
「そこは気にしろよ! それにこっちが気になるんだっての! そもそも、こっちはカップルだってのに虚しくはないのか?」
「俺はさ。ただ、親友としてお前たち二人のことを祝福したいんだ。……どうせこいつはそのうちフラれる。今のうちに彼女に顔と名前をアピールしておけば、俺にもチャンスがめぐってくるかもしれないからな。へっへっへっ」
「おい! 心の声まで口に出ているぞ!」
太田はしまったって顔をして口をふさいだ。
「お前がそういう腹積もりなら、ますます連れて行くわけにはいかねーな。だいたい、さっきは俺を見殺しにしたくせに、今になって親友づらなんてムシが良すぎるんだよ」
「だって、だって、あの状況で俺一人味方したところでどうにもならねえだろ? 俺になにができたっていうんだよぉ~」
腰をくねくねさせながら情けない声で弁解する。
「言い訳無用! ソシャゲでもやりながら食ってろ」
ピシャリと言い放ち、教室の外へと向かう。だが、やつは食い下がり、俺のシャツの袖をつかんで放さない。
「ホント悪かった! このとおり謝るから許してくれ。俺たち生まれた日は違えども童貞を失う時は同じ日同じ時を願わんと誓った仲だろ! 思い出せ、あの桃源郷の誓いを!」
「そんな誓いを立てた覚えはねえよ! だいたい、それだとお前と3Pってことになるじゃねえか! 気持ち悪いなオイ!」
腕を引いて、袖を掴む手を振りほどく。
「わかった。わーったよ。ここまで下手に出てもわかってくれねぇのなら、俺も非情な手段に訴えるしかねぇな」
「は? 非情手段? なにをしても絶対に連れてはいかないぞ?」
「ふっふっふっ。果たして、これを見たあとでも同じセリフが言えるかな?」
太田は懐から何かを取り出し、バーンと俺に突きつけた。
……パイ魔忍アエギ?
AVのパッケージだった。くノ一のコスプレをした巨乳の女優がクナイを片手にポーズを決めている。
こんなもので俺を釣ろうと? アホかこいつは。
「あー。確かに魅力的な提案ではあるが、悪いな。断らせてもらうぜ」
苦笑まじりで答えると、太田は邪悪な笑みを浮かべた。
「そうじゃねえ。こいつをお前が小早川さんと一緒のときに渡す。借りていたのを返すってな!」
何……だと……。
「バ、バカな真似はやめろっ! 分かっているのか!? そんなことをすればお前自身ただでは済まないんだぞ!」
「そんなことは元より承知の上よ。お前を道連れに出来るのなら、それで本望だ。さあ、一緒に堕ちるところまで堕ちてもらうぜ」
くっ、セリフだけはカッコいいことを!
「ほれほれ。さあ、どうする? これでも俺を連れていかないってか?」
太田は勝ち誇った表情でAVのパッケージを見せつける。
くっ、くそ、なんて卑劣な。ど、どうすれば。
「それとも別のやつのほうがいいか? 他にもナースに、メイド、女教師、OL、巫女、熟女にロリ、さあ、いったいどんな性癖を隠しもっていると彼女に思われたい?」
次々と懐からAVのパッケージを取り出す。こいつはエロの総合商社、品揃えには定評がある。
つーか、どうやったらそんな数のAVを懐に入れられんだよ。ドラえもんのポケットかよ!
「中々しぶといやつめ……。じゃあ、こいつでとどめだ!」
Babylon STAGE 34――。
って、これホモビじゃねえか! なんでこんなもんまで持ってんだよ! そもそもビデオテープなんて再生できねえよ!
「小早川さん、さぞやショックを受けるだろうねぇ。付き合っている相手が男のほうが好きだったと知れば。さあ、返事は? あくしろよ!」
「チ、チクショウ。仕方がない。連れていけばいいんだろ……連れて行けば」
膝を屈し、やつの軍門に下る、まさにその時だった――。
「ちょっと、君! 何を持っているの!」
声の主は、うちの学校の教師の中で一番美人ともっぱらの評判の、黒髪のロングヘアで、えくぼがチャーミングな国語の谷崎潤子先生(24歳独身)だった。
潤子先生は太田の手からビデオを取り上げ、パッケージをガン見する。そして蒸気が吹き出すくらい顔を真っ赤にさせた。
「な、な、なんてイヤラシイ! こんなものを学校に持ってくるなんて! 没収します!」
すべてのAVを取り上げ、太田の耳を引っ張り上げる。
「いでででで!」
たまらず悲鳴があがる。
「職員室に来なさい! これからお説教です!」
「ち、ちがうんです! ご、誤解なんです! 拓也、お前も何とか言ってくれ~」
「いや、誤解じゃねえだろ? 現行犯じゃねえか」
「この薄情もの~。覚えてろよぉ~」
捨て台詞とともに太田は潤子先生に耳を引っ張られたまま、教室の外へと姿を消した。
悪は滅びた。
まさに策士策に溺れるというやつだな。
貴重な時間を無駄にしてしまった。急いで屋上へと向かわねば。
余談だが、この後、太田は持っていたAVのタイトルから、クラスで『パイ魔忍』の異名を取ることとなる。
哀れなやつ……。




