第10節 昭和の屋上は開いている
屋上に着いたとき、すでにたくさんの生徒でにぎわっていた。あちこちで弁当を食べたり、ボール遊びをしたりしている。サーッと裏山から流れ込んでくる涼しい風が頬をくすぐった。
ここから眺める風光明媚な景色は、平凡な公立校であるこの学校の数少ない“売り”だ。何代か前の生徒会が主導して屋上の解放を勝ち取ったらしい。そんな学内新聞の記事を読んだ覚えがある。
たしかに、蒸し暑い教室にいるよりよっぽど快適に過ごせそうだ。
しかし、これだけ人がいるとなると探すのが大変だな。
彩乃の姿を求めてキョロキョロと周囲を見回していると、不意にちょんちょんと肩を叩かれた。
彩乃?
振り返ると突き出された指が頬に突き刺さる。
「引っかかった、引っかかった」
夏希だった。
「ほまへなあ。高校生にもなっへ、小学生みたいなマネをすんなほな」
指が刺さったまま蔑むような視線をむける。
「え? なに? 膝カックンのほうがよかったって?」
「ほんなことは言っへねえ!」
「あたしを待たせた罰よ。朝練とさっきの体育でハラペコだったんだからね」
夏希は指を引っ込めた。
「待たせた? お前を待たせた覚えは……。って、ひょっとして」
「そっ。あたしもあやのんに誘われたの。三人で一緒に食べよって」
せっかく彩乃と二人きりだと思ったのに……。
「なによ。露骨にガッカリしないでよね。あたしだってあやのんと二人きりのほうが良かったんだから」
夏希は口を尖らせる。
「それで、肝心の彩乃はどこにいるんだ?」
「あっちよ。座る場所を確保してもらってるの」
夏希は右手のほうを指し、スタスタと歩いていく。俺はその後を追った。
「あやのーん。拓也を連れてきたよー」
夏希が大きく手を振るその先に彩乃はいた。なぜか空いているベンチに座らずに、弁当箱の入った袋を2つ手に提げて立っている。
俺たちに気づいて小さく手を振り返してくれた。
「遅れてごめん。出かけるのにちょっと手間取っちゃってさ」
「ううん、気にしないで。人を待つのって全然苦じゃないから。といっても、誰かと待ち合わせすることなんてほとんどないんだけどね」
彩乃はエヘヘっと照れ笑いを浮かべた。
「それより、なっちゃんごめんね。わたしが誘ったのに呼びに行ってもらっちゃって」
「あたしが自分で行くって言い張ったんじゃない。あやのんが気にすることなんてないんだよ。それよりどうして立っているの? そのベンチ、ペンキ塗り立てとか?」
夏希は、彩乃から弁当袋を受け取ると、ベンチに視線を向けた。
「あ、そういうわけじゃないの。ただ、なっちゃんが探しに行ってくれているのに、わたしだけ座って待っているのって、なんだか気が引けて」
「あやのんは真面目ねえ。そんなの気にしなくていいのに」
「性格だから」
彩乃は小さく笑った。
「じゃあ、みんな揃ったんだし座ろうぜ」
「あやのん! さあ、座って座って!」
夏希はいの一番にベンチの真ん中に腰を下ろすと、オバチャンくさい仕草で隣をバンバンと手で叩く。つーか、真ん中に座んな。
彩乃はハンカチを敷いて、その上にちょこんと座った。小さくて可愛いピンクのお弁当箱を袋から取り出し、太ももの上にちょこんと載せる。
ああ、こんなに弁当箱になりたいと思ったのは生まれて初めてだ。肝心の中身も、彩りが綺麗で見た目からして美味そうだ。
「あやのんのお弁当、美味しそうね。あやのんが作ったの?」
「あ、うん。そうだよ」
「へー。スゴイ!」
「でも、昨日の残りものばかりでそれほど手は掛かってないんだよ」
「いやいや、ご謙遜を。調理実習なんか、いつも鮮やかな手際じゃない」
「え、そうかな。うん、ありがとう」
彩乃は照れ臭そうに笑う。
「あ、良かったらなにか食べて。カボチャの煮物はおばあちゃんのだから美味しいよ」
「ありがと。じゃあ、お一つ」
夏希は箸を伸ばし、口に運ぶ。
「ホントだ! 美味しい! なんか皮まで柔らかい!」
「でしょう? 何度作っても、同じようにはいかなくて。あ、拓也くんもどう?」
物欲しそうな目で見てしまっていたのか、彩乃が弁当箱を差し出し勧めてくる。
「じゃあ、この玉子焼きを――」
箸を伸ばし、口にいれる。
「……ど、どう?」
「優勝! ふんわりとした食感、甘すぎない絶妙な味付け! まさにベストオブ玉子焼き!」
「YouTuberみたいなリアクションねえ」
「これもおばあちゃんが?」
「ううん。それはわたしが作ったの。よかった。ちょっとドキドキしちゃった」
「いや、マジで旨いよ。もうばっちし。それに比べたら夏希の作った料理なんて、まさにジャイアンシチュ――」
みぞおちにエルボーが炸裂し悶絶する。
「さあ、食べましょ! 食べましょ!」
「う、うん」
彩乃は手を合わせ、小さくいただきますをしてから食べはじめた。その所作はどこをとっても可憐で美しく育ちの良さを感じさせた。
一方、夏希に視線を移す。
男用としても十分にでかい武骨なシルバーの弁当箱を太ももの上に載せ、純粋にエネルギー補給に特化した弁当を、蒸気機関車で石炭をくべるように、口の中に放り込んでいる。
「なんかバカにされているような気がするんだけど?」
夏希は箸をくわえたまま、ぷくーっと頬をふくらませた。
「お前なあ。一応カテゴリーは女子なんだから、こんなところで足を組むな。周りにお見せしてはいけないものが見えるかもしれないだろ?」
「うっさいわねー。母さんみたいなこと言わないでよ。それにスパッツを履いているからパンツなんて見えないっての。これでもちゃんと気をつかっているんだからね、ほら」
スカートの裾を掴んでまくり上げ、黒のスパッツをのぞかせる。
「ほれほれ」
挑発するような視線で、スカートの裾を上げ下げしてみせる。
「見えねえし。そもそも見えたところで、ときめかないことこの上ない」
絶対領域というより絶望領域だ。
「またまた、無理しちゃって。ホントは見たいくせに」
「今更、お前のパンツなんぞに興味はねえよ! だいたい、スパッツを履いているのだって、部活で着替えるのが面倒だからだろ? スポーツウェアが透けてんだよ!」
「ちっ、バレてたか」
そんなやり取りを彩乃はまるで園児を見守る先生のような優しい眼差しで見つめていた。
「二人は本当に仲がいいね」
「どこが!」
夏希とハモってしまった。
「ほら、息もぴったり」
ころころと笑う。
「二人は子どものころからずっと、今みたいな感じだったの?」
「まあ、親同士がやたら仲がいいから、家族ぐるみの付き合いではあるけど……。でも、それだけだよ。拓也とはただの幼なじみ」
ただのをやたら強調する。
「でも、小学生の高学年になっても一緒に遊んでいたんでしょ? 普通それくらいの頃だと、男の子は男の子と、女の子は女の子としか遊ばないじゃないかな?」
「そ、それは……そうかもだけど」
彩乃の鋭い切り返しに夏希は言葉を詰まらせる。
実際、夏希は女の子と遊ぶより、俺らに交じって野球やサッカーをするほうを好んだ。曰く『女の子はすぐ泣くから、どう接したらいいのかわからない』だと。いや、男も十分泣かせていただろーが。この俺を筆頭に!
「ちょっと。あんたもなにか反論しなさいよ!」
旗色の悪い夏希が助けを求めて怒鳴った。
「えっと。こいつは俺じゃなくて、美咲と仲がいいんだよ。ウマが合うらしくってさ」
「そう、そうなの! 妹ちゃんと仲がいいのよ。だから拓也はオマケ、バーター。ルイージみたいなもの」
夏希は我が意を得たりとばかりに膝を叩いた。
助け舟をだしてやったというのにひどい言われようだ。




