第11節 スポーツベッティング
「そういえば美咲ちゃん、うちの学校にいるんだよね。ぜひ会ってみたいなあ」
「画像ならあるけど見てみる?」
その言葉に彩乃は目を輝かせる。見たい見たいと、一も二もなくうなづいた。
「じゃーこれ」
夏希はスマホを取り出し、彩乃のほうに腕を伸ばして画面を向けた。
「えっ、これが美咲ちゃん!?」
うわっ……私の年収、低すぎ……! 彩乃はそんな顔をして、口を手で覆った。何もそこまで驚かんでも。
夏希はニヤニヤして、スマホの画面を俺に向ける。
って、これ俺じゃねーか!
映し出されていたのは黒歴史、中学の文化祭でセーラー服を着せられたときのものだった。夏希は腹に手を当てて爆笑した。
「説明させて! 別に女装趣味があるわけじゃないんだ! これは男女の制服を取り替えるっていう文化祭の出し物なんだよ!」
「またまた~、ウィッグまで付けてノリノリだったくせに」
「それはお前が無理やりつけさせたんだろーが!」
「あ、あの……拓也くん。別にヘンじゃないよ。似合っているし。うん、可愛い」
それ、フォローになってないから。
「こんなもの消去だ消去!」
夏希からスマホを奪い取り、速やかに画像を削除する。
「あ……。なにも消さなくても……」
彩乃さん、どうして残念そうな顔をしているんですか。
「大丈夫、家のパソコンにもデータがあるから、帰ったらLINEで送ってあげる」
「ホント!? 嬉しい!」
そこまで喜ばれるとなんか複雑だ。
「あっ。男女の制服を取りかえたってことは、なっちゃんは男の子の格好をしたの?」
「うん、まあね。その画像もあるけど見る?」
「見たい見たい!」
「じゃー、拓也。スマホ返して」
ほらよ。スマホを返すと夏希はすばやくタップして、再び彩乃に画面を向けた。
「うわ~、カッコイイ。なんか映画に出てくる美少年って感じ!」
彩乃は画像と俺の顔を交互に見比べる。
「このなっちゃんの隣に写っている子って、ひょっとして美咲ちゃん?」
「うん。そうだよ」
「へぇ~、ホントによく似ているね。目元とかそっくり」
「似ていると言われると本人はメチャクチャ嫌がるけどね」
「すごく可愛いのに」
スマホの画面をのぞき込むと、学ランを着た夏希にぴったりと腕を組んでピースサインをしている美咲が写っていた。そういや、こんな写真撮ったな。
「あ、あの、この画像も後で送ってもらってもいいかな?」
「ん? わかった。さっきのと一緒に送っとく」
「ありがとう」
彩乃は顔をほころばせた。
「でも、そんなに美咲のことが気になるのなら放課後バスケ部に見学に来ない? あの子もバスケ部だから」
夏希はスマホをしまいながら提案した。
「いや、いっそのことあやのんもバスケ部に入ろう! 部活何もやってないんでしょ? 大丈夫、あやのんなら高さも運動能力もあるし、すぐにレギュラーになれるって! 一緒にインハイを目指そうじゃない!」
目をキラキラさせて彩乃の手を取る。
まーた始まった。
この思い立ったら即行動というこの性格に何度振り回されたことか。ここは俺がこいつの暴走を止めなくては。
「ムチャクチャ言うな。来年は受験生なんだぞ、そんな暇あるわけないだろ。スポーツ推薦狙いのお前じゃあるまいし」
「なによ。真面目ぶっちゃって。ははーん、あやのんが部活を始めたら一緒にいる時間が減っちゃうからでしょ?」
「ち、ちげーよ! 俺は純粋にだな」
「わたし、勉強しないといけないから、部活はできないの……ごめんね」
申し訳なさそうにうつむく。
「あ、ううん。こっちこそ無理言って……その、ごめん」
自分でも無茶を言ったとは分かっているんだろう。夏希は彩乃の困った顔を見ておとなしく引き下がった。珍しくシュンとしている。そーそー、少しは反省しろ。
だが、夏希がしおらしくなってしまうと、会話がピタリと止まってしまった。二人とも黙々と箸を動かしている。
いかん、このままでは場がもたない。
「と、ところでバスケ部の調子はどうなんだ? インターハイ予選って近いんだろ?」
気まずい空気を変えるべく、夏希に話を振る。
「も、もちろん絶好調よ!」
夏希もこの雰囲気をなんとかしたいと思っていたらしい。渡りに船とばかりに食いついてきた。
「一年にいい子が入ってきたし、今年はマジで全国を狙えるから、あやのんも応援してね」
「うん、もちろん。がんばってね」
「全国ねえ。去年は二回戦負けだろ? 夢のまた夢じゃねーの?」
「大丈夫! みんなレベルアップしているし、なにより、このあたしがいるんだからね!」
「無理無理。ワンマンチームじゃシード校相手に勝ち目ないって」
夏希はムッとする。どうやら、自分に対する挑戦だと受け取ったようだ。
「へえ、言ってくれるじゃないの。じゃあ、賭けようじゃない!」
「賭け?」
「全国に行けたらあたしの勝ち。行けなかったら拓也の勝ち、どう? シンプルでしょ?」
夏希は挑戦的な視線を向けてきた。
「……賭けっていうことは罰ゲームがあるんだろうな?」
「とーぜん! 負けたほうは相手の言うことを何でも一つ聞く。どう?」
バカめ。墓穴を掘ったな。これは今までの借りをまとめて返す、千載一遇のチャンスだ。
「いいぜ! のった!」
「ちょ、ちょっと。賭けなんてよくないよ! しかも何でも言うことを聞くだなんて、ムチャクチャだよ!」
それまで成り行きを見守っていた彩乃が止めに入る。
「いいの、いいの。小さいころから、こーゆー賭けはよくやっていたんだから。それに何でもと言ったって、それほど無理なことはさせないし」
夏希は顎に指を当てて考える仕草をする。そして、悪巧みを思いついた悪代官のような笑みを浮かべた。
「インハイ本戦ではチアリーダー姿で応援してもらおっかな」
すでに賭けに勝った気でいやがるな。
「後で吠え面をかくのはお前のほうだ」
立ち上がってビシッと夏希を指さした。
すると、彩乃が俺の手を取り、「拓也くん。お願いだから考え直して」と懇願してくる。
うっ、その綺麗な瞳で頼まれると弱い。だが、夏希に借りを返す絶好のチャンスをみすみす逃すというのも惜しい。
「夏希が止めたいっていうなら……。まあ、こんなの賭けにもなっていないし」
夏希は絶対に引かないやつだ。必ずのってくるはず。
案の定、夏希は「上等じゃない!」と賭けの成立を宣言した。バカめ、引っかかったな。
いくら止めても言うことを聞かない俺たちを見て、彩乃は深いため息をついた。
「二人とも子どもみたいなんだから……」




