第12節 夏希の祝福
運動した後にメシを食うと、どうしてこんなに眠くなるんだろう。ガタガタという音で目を覚ますと、授業どころかホームルームまで終わっていた。掃除の真っ最中だ。
ふあああ……。体を伸ばし大きく欠伸する。
教壇の上の掛け時計を見ると、3時55分。
俺の机以外はすっかり後ろに下げられていて、掃除当番の連中がほうきでほこりを掃いたり、窓を拭いたりしている。みんながいくら声をかけても肩を揺らしても、まるで起きなかったらしい。なんか迷惑かけちまったな。
机の上に広げていた教科書やノートなんかを鞄に突っ込み、のっそりと立ち上がった。
みんなに「また明日」と声をかけ教室を出る。
彩乃はもう帰っただろうか?
ダメ元で一応隣の教室を覗いてみると、こちらも掃除中だった。
当番ではないらしく彩乃の姿はない。彼女のことだ、ぐっすり寝ている俺を起こすのは悪いと思って一人で帰ってしまったのだろう。一緒に下校したかったのだが、残念。
校門へと向かう途中、グラウンドをぐるりとランニングしている夏希を見かけた。なぜか、他の部員の姿はなくあいつ一人。
ポニーテールをなびかせ、真剣な表情で走るその姿は、認めるのはシャクだが絵になっていた。
フォームがいいんだよな。ガサツで落ち着きがないやつだが、体を動かしているときだけは姿勢がいい。本能的に体が無駄のないフォームをとってしまうのだろう。
なんとなく、その姿を目で追っていると、夏希のほうも俺に気がついたらしい。手を振りながら、グラウンドを横切ってこっちにやって来た。
「拓也、今帰り?」
結構なスピードで走っていたのに、息一つ乱してない。あいかわらずタフなこった。
「まあな。それより、他の部員はどうしたんだ? お前だけ別メニューか?」
「へ?」
夏希は一瞬、頭の上にクエスチョンマークを浮かべると、「そうなのよ!」とぶんぶんと首を縦に振った。ヘンなやつだ。
「他の子と同じ練習じゃ物足りなくってね!」
「ふーん。エースだからって、そんなワガママ許されるのかよ。チームワーク崩壊だな」
「大丈夫、大丈夫。むしろチームワークがうちの武器なんだから。まあ、見てなさい。絶対全国まで勝ち上がるから。拓也のほうこそ、今からチアの練習を始めときなさいよ。インハイ本戦は配信があるかもしんないし」
ニヒヒと悪魔的な笑みを浮かべる。
常識的に考えて、平凡な公立校のうちが全国に行けるはずはないんだが、こいつの自信たっぷりな顔を見ていると不安がよぎる。う、なんか胃のあたりがキューッとなってきた。
「あやのんは? 今日も一緒に帰るんじゃないの?」
夏希は俺の後ろに視線をやりながら尋ねてくる。
「ああ。一緒に帰ろうかと思って一応教室には寄ってみたんだが、もう帰った後だったんだよ。まあ、一緒に帰る約束をしてたわけじゃないんだけど」
「あれ? あの子、今日は掃除当番だからまだ残っているはずなんだけど……」
「掃除当番はいたけど(彩乃は)見かけなかったぞ」
「おかしいわねえ。あやのんが当番をサボるわけないし……あ、そうだ」
ポンと手を叩く。
「ひょっとしたら、ゴミ捨て場に行っていたんじゃない? あやのんって、人の嫌がるようなことを進んでやっちゃう子だから」
「お前も俺の嫌がるようなことを進んでやるよな!」
「うっさい!」
瞬時に体を捻り、夏希の蹴りを間一髪で躱す。
「チッ、相変わらず避けるだけは上手いわね」
「お陰様でな」
してやったりで、ニヤっと笑う。
「ま、とりあえず引き返して、もう一度教室を覗いてみるわ。サンキューな」
「うん。そーしなさい」
じゃあなと、軽く手をあげて、来た道を引き返す。
「あ、拓也! 待って!」
「なんだ? まだ何か用か?」
足を止め振り向くと、夏希はうつむき加減でモジモジした。
「えっと、その……」
なぜか、ひどく言いにくそうにしている。どうしたんだこいつ?
「らしくねえなー。言いたいことがあるならハッキリ言えよ」
「お、おめで……」
「は? 誰がおめでたいって?」
「違うわよ! あやのんと付き合うことになって、おめでとうって言ってんの!」
「なんだ、そういうことか」
まさかこいつの口から祝いの言葉を聞くとは思わなかった。どういう風の吹き回しだ?
「あんないい子、いまどきいないわよ。天然記念物よ! 絶滅危惧種よ!」
キツネにつままれたようになっていると、機関銃のようにまくし立てる。
「言われなくてもわかってるよ。俺なんかにはもったいない子だってことは」
「だーかーらー、そーゆーことを言いたいんじゃなくて!」
夏希はかぶりを振ると苛立ったように頭をかいた。そして、俺の鼻先をビシっと指さす。
「よかったね! そう言いたかっただけ、以上!」
ニカッと笑う。
「お、おう。ありがとうな」
夏希は満足したのか、くるっと背を向ける。
「せいぜい、あやのんに見捨てらんないように気をつけなさいよ~」
夏希は手を振ってグラウンドのほうに駆け戻っていった――。
あれでも一応、彼女が出来たことを素直に喜んでくれているんだな。
いつか、あいつと付き合う勇者が現れたときは、俺も祝福してやらなきゃな……。
夏希の姿が小さくなるまで見送ると、今度こそ教室のほうに向かって歩き出した。




