第07節 ワンフォーオール
そんなこんなで次は四限目、体育の授業だ。
さっさと着替えを済ませ、グラウンド近くの木陰で始業ベルが鳴るのをボンヤリと待つ。
ちなみに、炎天下でラグビーという無茶な予定となっている。
プールにすべきではないのか! 憤りを禁じえない。そうしたら体育の授業はB組との合同、すなわち、小早川さんの水着姿が拝めるというのに。
小早川さんの水着姿か。地味なスクール水着であっても、彼女が着ればさぞや魅力的だろう。むしろ清楚な彼女には露出の多いビキニよりも、似つかわしい気もする。いや、あのバツグンのスタイル。やはりビキニも捨てがた――。
「佐藤くん」
「ほぁっ!」
妄想していたまさにその人に、いきなり声をかけられ、跳び上がりそうになった。
邪念を追いやって振り返ると、体操服に身を包んだ小早川さんが立っていた。
これはこれで素敵だ……。スラリと伸びたキレイな脚が健康的な美しさを感じさせる。体操服姿を見られるのが恥ずかしいのか、彼女は体操服のシャツを下に引っ張り、モジモジする。
「えっと……ごめんなさい」
なぜか謝罪を口にした。
「へ? どうして謝るの?」
「だって、わたしとのことで騒ぎになっちゃって……。色々と迷惑をかけたと思うから。新聞部の人たちったら許せない。あんなヒドイことを書くなんて」
「ああ、号外の件ね。いいんだよ、別に気にしてないから。ただのウケ狙いだろうし」
「ううん、そんなのダメ。あとで抗議して絶対に訂正記事を書いてもらうから」
様子が一転して、ぷんぷんと怒りをあらわにする。ああ、怒った顔もキュートだ。
「もう、佐藤くん。もっと怒んなきゃダメだよ。あんなデタラメ書かれたんだから」
ふやけた俺の顔を見て、彼女は劉備を、もとい、柳眉を逆立てた。清楚で物静かな美少女というイメージを持っていたのだが、意外や意外、気の強いところもある模様。
俺のことで真剣に怒ってくれている彼女を見て、不意に昨日の美咲との会話を思い起こした。あんな会話をしていたと知ったら、さぞや傷つくだろうな……。
「と、ところでさ。女子の体育は何をやるの?」
居た堪れなくなって話題をかえる。
「え、バレーボールだよ」
気を遣って話題を変えたのだと思ったらしい。彼女はいつもの穏やかな笑みを取り戻す。
「バレーかあ、小早川さんは背が高いし、運動神経もいいから活躍しそうだね」
「ううん、うちのクラスにはすごく運動神経がいい子がいるから、その子と比べたらわたしなんか全然だよ」
手のひらを振って、彼女は否定した。
そのスゴイって子は間違いなく夏希のことだろう。そう、夏希もB組だ。あいつ、メッチャクチャ跳ぶからな。バレーなんて得意中の得意のはずだ。
「男子は何をするの?」
「ラグビーだよ。このクソ暑いのにもう勘弁してほしいよ」
「フフッ、大変だね。応援するから頑張ってね」
会話を続けるうちに、体操服姿の男女がワラワラとグラウンドに集まってきた。
「そろそろ授業が始まるね。もう行かないと」
「あっ、待って」
グラウンドのほうに向かおうとすると彼女に呼び止められる。
「佐藤くん、お昼はお弁当?」
「パンを買ってあるけど」
「よかった。だったら、一緒に食べない? 場所は……。屋上でどうかな?」
「うん、わかった。じゃあ、昼休みになったら屋上で」
二つ返事で快諾し、今度こそグラウンドのほうへと向かった。
グラウンドに足を踏み入れると、男どもの視線が一斉に向かってきた。
その瞳にメラメラと嫉妬の炎が宿っているように見えるのは気のせいではないだろう。不穏な空気を感じつつも、屈伸運動などして始業のチャイムが鳴るのを待つ。
「柄にもなく、気合入ってんじゃねーの」
そこにヘラヘラと笑いかけながら太田がやって来た。すぐ傍まで近づくと急に真顔になってそっと耳打ちする。
「小早川さんにいいところを見せようってんだろーが、気をつけたほうがいいぞ」
「気をつける? なんにだよ」
「わかってね~な~」
太田はやれやれとポーズをとると、ビシッと人差し指を俺の鼻先に突きつけた。
「今やお前は学校中の男の敵なんだよ。パブリックエネミーってやつ。それに彼女はB組連中にとっての至宝だからな。間違いなくこの授業中になにかしらの報復行為があると思っておいたほうがいい」
「お、おい。物騒なことを言うなよ」
「まあ、死なない程度にがんばんな。骨は拾ってやるぞ~」
俺の肩をポンポンと叩き、太田は手をヒラヒラ振って離れていった。あいつ、間違いなくおもしろがってやがる。
始業のチャイムが鳴り響く。
それが処刑執行を告げる鐘のような気がした。
うちの学校は基本一クラス35人、男子15、女子20で構成されている。
この15人という数はラグビーのプレー人数にピタリと当てはまる。だが、授業では試合をするのに1クラスを2チームに分けることになった。
計4チームでクラスの違う相手と一回ずつ対戦するという形式だ。おかげで試合がない間は休むことができる。ラグビーは走りっぱなしのスポーツなので、それはありがたいのだが、問題はチーム分けの方法だ。
適当に2チームに分かれろという体育教師のアバウトな指示により、戦力がひどくアンバランスになった。
モロに体育会系チームと文化系チームといった感じである。もちろん、俺は後者に属している。どうやら、B組もそんな感じに分かれたらしい。
そして、俺たちの1試合目、いきなりのB組体育会系チームとの対戦と相成った。
両チームのメンバーがずらりと並ぶ。
なんか、パッと見ただけで戦力差がひどい。
うちのチームは色白でヒョロヒョロ、小太りで構成されているのに対して、相手はガッチリしたいかにも運動部って感じなメンツがそろっている。
しかも、どいつもこいつも不敵な笑みを浮かべ、俺に視線を向けている。
なんだか、ものすごーく、身の危険を感じるのだが……。
じゃんけんで、ボールキックはB組体育会系チームとなった。向こうのキックオフで試合開始である。
ピィーッ。体育教師の笛が鳴る。
蹴り上げられたボールが狙い済ましたかのように俺のほうに飛んできた。
パシッ。
思わずボールをキャッチする。
これが開戦の狼煙であった。
ドッドッドッ! 地響きとともに敵チーム全員が俺を目がけて殺到する。
ヤバイ! このままボールを保持しているのは危険だ。
パスしようとあわてて振り返る。
だがチームメイトの姿はすでになく、蜘蛛の子を散らすように逃げ出していた。
味方不在!?
「死ぬなよ~」
安全圏まで離れた太田が大きく手を振る。
「……いや、やっぱ死ね」
ひでぇ!
モタモタしている間に、もうすぐそこまで敵は近づいてきていた。
くっ!
最初に飛び掛かってきたやつを寸でのところで横に避ける。すぐさま後ろに跳び退いて、二人目もなんとか躱した。
マジで捕まったらボコボコにされる!
ラグビーは前に向かってパスすることはできない。俺が生き延びるためには敵陣の彼方に逃げるチームメートを追い抜きパスするか、トライを決めるしかないのだ。
次々と押し寄せる敵の魔の手を縫うように掻い潜り、走る。走る。
「右側から挟み込め!」
「足を狙え、足を!」
「なんでもいいから、一発殴らせろ!」
紳士のスポーツとは思えない言葉が飛び交っているんですが……。
こんな異様な事態になっているっていうのに体育教師のオッサンは一向に止める気配がない。
ていうか! あいつ、女子のほうを向いてないか! あのエロオヤジ!
もう完全に孤立無援……。曹軍百万の中を単騎で突破する趙雲にでもなった気分だ。
「佐藤くーん。がんばってー」
グラウンドの反対側から女神の声が聞こえる。
ハッとして声のほうを向くと、小早川さんが右手を高く挙げ声援を送ってくれていた。
たとえ……。
全世界を敵にまわしても、君さえ応援してくれるなら、俺は戦える!
だが、彼女の声援は俺を勇気づけるとともに、やつらの怒りの炎に油を注いでいた。それはもうジャブジャブと。どいつもこいつも目を血走らせ、雄たけびをあげながら襲い掛かってくる。捕まったが最後、しこたま足蹴にされるのに違いない。
蹴る?
そうだ! パスを投げるのはダメでも、前にボールを蹴り出すのはルール違反じゃない。なんで、そんなことに気がつかなかったんだ!
抱きかかえていたボールを軽く前方に放り、右足を後ろに大きく振り上げた。
「いっけええええええええ!」
スカッ。
全身全霊をかけたキックは無様にも空を切った。楕円形のボールは不規則にバウンドしながら転がっていく。
くそ、小早川さんの前でなんていう失態だ。
ボールを追いかけてつかみ取り、再びキックの体勢に入る。
よし! 今度こそ!
だが、二度目のチャンスはなかった――。




