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第06節 許されざる者

翌朝。6月上旬にもなると照りつける日差しが厳しくなってくる。ひどく眩しい。夜行性の俺には辛い季節の到来だ。


ふああ。通学路をトボトボ歩きながら大口を開けて欠伸し、半分も開いていない瞼をゴシゴシと擦る。


すんげー眠い。昨日は小早川さんのことで頭がいっぱいで、なかなか寝付けなかった。体育もあるってのに、こんなんで今日体力がもつだろうか。


「おい、見ろよ。小早川彩乃だぜ」


「お、マジだ。く~やっぱ可愛いな」


前を歩く男子二人の声が耳に入り、ハッと顔をあげた。


学校へと続く長い坂道の前で彼女はひとり物憂げに佇んでいた。


「誰かを待っているみたいだな」と男子A。


「俺を待っているのに決まってるだろ」男子Bが冗談っぽく応じる。


「んなわけねえだろーが」Aがケラケラと笑いながら、ツッコミを入れる。


……悪いが彼女が待っているのはお前たちじゃない。


彼女も俺に気がついたらしい。可憐な微笑みを浮かべてこちらに向かって大きく手を振った。


その瞬間、まわりの、特に野郎どもの視線が一斉に俺に注がれた。


「誰だよ。あいつ」


「なんであんなやつが彼女と?」


そんなセリフがそこかしこから聞こえてくる。


ふっ。なんと見苦しい。これがモテない男の嫉妬というやつか。


生まれて初めて向けられる側となった感情に余裕の笑みを浮かべる。

軽く手をあげて応え、彼女のほうに駆け寄った。


「おはよう。小早川さん」


「うん。おはよう。佐藤くん」


彼女は今日も極上に可愛い。その笑顔によって、さっきまでの眠気は一億光年の彼方に飛んで行った。


「どうしたの? こんなところで突っ立って」


「佐藤くんを待っていたの。一緒に登校できたらと思って。構わないかな?」


断るはずがない。もちろんと応じると、彼女は照れくさそうな笑みを浮かべて、俺の隣にちょこんと並んだ。その額には、うっすらと汗がにじんでいる。


「ひょっとして、かなり待った?」


「ちょっとだけね」


彼女は二本の指で小さな輪っかをつくる。


「だって、一緒に登校したかったんだもの」


「ごめん、もっと早くくればよかったね」


「ううん。気にしないで、わたしが勝手に待っていただけなんだから」


「俺、明日からはもっと早く来るよ」


「わたしに合わせなくてもいいから。無理しないで」


「いや、ちっとも無理なんかじゃないよ。それに早く来たほうが長く一緒にいられるしね」


「ありがとう。嬉しい」


ふたり仲良く並んで坂道を登っていく。


まわりの生徒たちは野次馬根性丸出しでこっちをチラ見してヒソヒソ話、それかスマホをタップしてる。

彼女はまったく意に介してないようだ。


小早川さんが俺に告白するなんて、ゼッタイ、何か裏があるにちがいない。

美咲は完全に決め付けていたが、彼女の横顔を見ていると、とてもそんな風には思えない。



俺たちの通う戸有高校へと続く長い坂道は、生徒たちの間で「心臓破りの地獄坂」と呼ばれている。

遅刻を免れようと必死に走る生徒のほとんどがこの地獄坂に阻まれ、死屍累々、数多の屍を無残に晒してきた。


だが、普段は果てしなく続くように思えるこの坂道も、彼女と一緒だと春の野山にピクニックにでも来ているようだ。気が付けば教室の前だった。


「じゃあ、また後でね」


「うん、また」


彼女は名残惜しそうに離れ、隣の自分の教室へと入っていった。


でもすぐに、頭だけひょっこりと見せる。

そして、微笑みながらバイバイと小さく手を振ると、今度こそ姿を消した。


うっ、いかんいかん、つい顔がニヤけてしまう。緩みまくった顔をきりりと引き締める。くるりと180度振り返った。


次の瞬間ギョッとする。


真後ろに今にも泣き出しそうな顔をした太田が突っ立っていたからだ。


「お、おまえ、いつの間に?」


「ずっといたよぉ! 声をかけようと思ったけど、かけられなかったんだよぉ~」


ずっとつけてやがったのか。全然気がつかんかった。


こいつは太田寛治。認めたくはないが中学の頃から一番仲のいいダチである。


「どういうことだよ! どうしてお前なんかが小早川さんと仲良く登校してんだよぉ!」


太田は俺の胸ぐらをつかみ、問い詰めてくる。まわりの男どもも、「そうだそうだ」と言わんばかりに、俺の周りをぐるりと取り囲んだ。


太田の手を外し、襟を整える。


「昨日から付き合うことになったんだよ」涼しげに答えた。


「つ、つ、付き合うだとぉ!」


「ば、ばかなあああああああああ」


「嘘だ! 嘘だ! 俺は信じないぞおおお」


たちまち怨嗟の声が廊下に響き渡った。


「う、裏切り者~」太田が喚く。


悪いな友よ。俺とお前はもう二度と交わることのない道を歩み始めたのだよ。



俺と小早川さんが付き合いはじめたという情報はあっという間に学校中に拡散したらしい。


一限目の休み時間になると、その佐藤というのはいったいどんなやつだと、教室の外に人だかりができた。


なんつーか、動物園のパンダにでもなった気分だ。

いや、それもちがうか。


パンダはチヤホヤされるが、俺に対する反応は、「なんであんなやつが?」「おかしい……こんなことは許されない」だからな。


新聞部の取材までやってくる始末。


「何と言って告白したんですか?」


「いまの心境を教えてください」


「彼女のハートを射止めたポイントは?」


質問攻めに対して、すべてノーコメントを貫いたのだが、


二限目の休み時間にはWeb版の速報が、


三限目の休み時間には、紙の号外が配られていた。




『緊急速報! 小早川彩乃嬢に熱愛発覚!? 真相は慈善活動?』



昨年度のMKYに輝いた2年B組小早川彩乃嬢が2年A組のS氏と付き合いはじめたという情報が飛び交っている。編集部はいち早く、この幸運なS氏に喜びの声を聞いた。


編集部(以下編)「小早川嬢と付き合うことになったいまの心境をお聞かせください」


S「サイコーです! 俺みたいに何の取り柄もない男と付き合ってくれるなんて彼女は本当に女神のような人です!」


編「何と言って告白したんですか?」


S「ストレートに付き合ってくださいと頼みました。付き合ってくれなきゃ死ぬって(笑)」


一部SNSでは小早川嬢に土下座して告白しているS氏の姿を見たという証言が拡散中。


以下次号――。



なんだこりゃ。

完全にお情けで付き合ってもらっていることになっているじゃねーか。

人の発言を捏造しやがって。この学校のジャーナリズムはどうなっているんだ!


でも、まあ、せっかくだから記念に一部もらっておく。

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