第34節 夏希オン・ファイア
「もう少しだよ。頑張って」
彩乃に肩を借り、よろよろと会場の入り口までたどり着く。
ワーッという波のような大歓声が外にまで漏れていた。
接戦なのか? 梶原は追いつくかもって言ってたが……。
――会場に入り、二階席へ向かう。階段がキツい。一段上るたび腹にジンジンと痛みが響く。
「医務室に寄ったほうが……」心配そうに彩乃が覗き込む。
「そんな時間ないって。試合終盤のはずだし、あとちょっとくらい大丈夫」
手すりをつかんで、なんとか上り切った。さっきとは観客の熱気がぜんぜん違う。ボロボロの俺が隣を歩いていても、誰も気づかないくらい皆、コートに釘付けだ。
二階席の最前列まで行き、手すりにもたれながら真っ先にスコアボードを探す。
66-72。
ダブルスコアまで開いていた差を、ここまで詰めたのか。第4ピリオド、残り4分弱。もう完全に射程圏内。大逆転を期待しているのか、会場を出たときはほぼ天宮側だった声援も、今やすっかり逆転していた。
そして夏希にボールが渡った瞬間、どっと歓声。こりゃあ相当ノッてる。試合開始時とは、顔つきからして違う。
夏希には終始、二人のマークがべったりだ。
そんなデカいやつら、抜いてやれ!
夏希が切れ味抜群のクロスオーバーでディフェンスを裂き、最後はレイアップをねじ込む。これで4点差。
「おおおっ、30点目!」観客のひとりが叫んだ。
「なっちゃん、すごい」彩乃は目を潤ませる。
俺はぐっと拳を握る。腹に痛みが走り、思わず息を呑んだ。
ほぼ後半だけでそんなに取ったのか。やっぱ、お前は全国レベルのバケモン。そこらの女子に負けるわけがないんだ。
だが、ここから点差はなかなか縮まらない。天宮はショットクロックを使い切る構えで、残り10秒付近まで引っぱり、ギリギリで留学生の高さを使って攻める――その繰り返し。4点差のまま、時間だけが消費されていく。
歓声が波打つたび、視界の端がちらつく。鼓動が耳の奥でうるさい。
そして、とうとう残り30秒を切った。夏希がディフェンスを躱し、ふわりと高く放るフローターが決まる。これで再び2点差――天宮ボール。
例によって向こうは時間を使ってくる。19、18、17……時間が減っていく。
そして残り10秒ってところで、留学生へふわっと高いパス――。
そこに飛び出した萩原さんが、ジャンプ一番でキャッチした!
それを見て、すぐさま夏希が走り出す。速攻だ! 萩原さんから矢のようなパスが夏希に通る。
残り8秒――。いける!
無人のリングへ夏希が突き進む。
しかし、その後方をものすごいスピードで追う影があった。あの留学生だ。まるで草原を駆けるチーターのごとき瞬足で、ぐんぐん差を詰める。ヤバい、追いつかれる!
「急げ! 後ろから来てっぞ!」前のめりになって叫ぶ。
夏希はスピードを上げるどころか、スリーポイントライン手前で急停止した。
スリー!? いくら延長で不利だからって、ムチャすんな!
夏希は膝を落とし、シュート態勢。そこへ留学生が猛然と突っ込んでくる。
天宮の監督が立ち上がって大声を張る。指示が届いていないのか、留学生はブロックに跳んだ。
――夏希は撃たない。フェイク。
跳んでくる相手に、わざと体をぶつけるようにジャンプし、今度こそ放つ。次の瞬間、二人は空中で交錯し、コートに倒れ込んだ。
ピィイイイイイ! 審判の笛。
夏希のボールはリングの手前に当たり、大きく跳ね上がる。後ろ側に落ち、再び宙を舞い――
会場中が固唾をのむ中、静かにネットへ吸い込まれた。
「うおおおおおお! スリーきたああ!」
「逆転だーー!」
会場は興奮のるつぼと化した。79-78、残り3秒。――あいつ、やりやがった!
「すごい! すごい!」隣で彩乃が手を叩き、跳び上がって喜ぶ。
狙ってやがったな。ふつう、あんな場面はファウルに行くべきじゃない。たぶん、向こうの監督もそう叫んでいたのだろう。
だけど夏希は、留学生をわざと追いつかせ、ファウルを誘った。とっさの指示が彼女にだけは通じないと踏んで――。
まったく、勉強はからっきしのくせに、こういう駆け引きだけは頭が回るやつだ。
気落ちする天宮をよそに、夏希はバスケットカウントのフリースローへ。
そして、リングの奥に強く当ててわざと外す。大きく跳ねたボールを天宮が押さえたときには、もうパスする時間すら残っていない。破れかぶれでコート反対側から放ったシュートは、リングに届きもしなかった。
笛――試合終了。
「天宮が負けたーー!」
「大番狂わせだ!」
戸有高側は、まるで優勝が決まったかのように喜びを爆発させた。歓喜の輪の中心は夏希。
まったく、ハラハラさせやがって……。――って、あれ?
急に頭がくらくらする。目眩、焦点が合わない。
「やった! 拓也くん、勝ったよ!」
すぐ隣の彩乃の声が、壁越しみたいに遠い。これは……おかしい……。力が抜け、膝から崩れ落ちる。
「拓也くん!?」
遠くで、彩乃の悲鳴が聞こえた――。




