第32節 路地裏の死闘
「そこまでだ!」
――太田!?
やつは仁王立ちでスマホの画面を突き出す。
「お、お前らの乱暴狼藉は、こ、このスマホでぜ、全部録ったぜ! これを警察に送られたくなかったら――」
言い終わる前に、ロン毛が目配せ。茶髪ポニテと金髪が太田へ突進する。
「逃げろ、バカ!」
太田はケツまくって一目散。
「待てやコラー!」
二人が追う。
……が、ほどなく太田はあっさり捕まって連れ戻された。お前はいったい何をしに来たんだ。
「ぐへっ」
ケツを蹴飛ばされ、太田は俺の隣に倒れ込む。
「おい、大丈夫か?」
「な、なんとか……」
応じた太田の顔は、殴られたらしく腫れている。
「お前こそ、随分と痛めつけられたじゃねーの」
「まあな。……で、どうしてここに? 試合見てたんじゃなかったのか?」
「え、えっと。お前が絡まれてるのをたまたま見かけてさ。後をつけて来たわけ」
「そっか……悪かったな、巻き込んじまって」
「気にすんな」
……そういうわけにはいかねーよ。全身の痛みをこらえ、なんとか立ち上がる。
「なあ。ムカついてんのは俺だけだろ? こいつは見逃してやってくれないか」
「心配すんな。オメーは“特に念入り”にボコってやっからよ」
ロン毛が口元をニヤリとゆるめる。ちっ、交渉の余地なし。唇を噛む。
「すまん」太田に小さく声をかけた。
「いいってことよ。俺たち、“死ぬ時も童貞捨てる時も一緒”って誓った仲だろ?」
「いや、それは誓ってねーから」
「えーー? ここ否定するとこじゃねーだろ。空気読めよぉ」
連中が俺と太田をぐるりと取り囲む。
「やれ」ロン毛が冷たい目で号令。全員が一斉に詰めてくる。
「待って!」
凛とした声が場を裂き、連中の動きが止まった。
な――!? 現れたのは彩乃だった。肩で息をしながら、決意のこもった瞳で俺を見る。
「バカ! どうして戻ってきた!」
いいや、バカは俺だ。彩乃が俺を放って逃げる子じゃないことくらい、わかりきってただろ。
「へえ、彼氏を心配して戻ってきたのか。やさしーねえ」
ロン毛が感心したふうに言い、彩乃の方へ向き直る。
「こっちに来いよ。お前が俺らに付き合えば、この二人は見逃してやるぜ」
彩乃は答えず、口を真一文字に結ぶ。
ロン毛が目で指図し、金髪と丸刈りが彩乃へ向かう。
「何やってんだ! 逃げろ!」
俺が叫ぶが、彩乃は微動だにしない。
「その女、変な投げ技使うから気をつけろよ」
真田が二人に注意を飛ばす。言葉を受け、二人は用心深く左右から挟み撃ちに近づいていく。
「くそっ!」
彩乃へ駆け寄ろうとした俺は、ロン毛に横っ腹を蹴られ、膝から崩れ落ちる。
「オメェは黙って見てろ」
彩乃に魔の手が伸びる――もう終わりだ。
ガックリと肩を落とし、うなだれる。結局、何もできないのかよ――。
その時だ。彩乃の背後から二つの影が飛び出し、金髪と丸刈りにそれぞれショルダータックルをぶちかました。
二人は派手に吹っ飛ぶ。
さらに五人の男が現れ、彩乃の前に盾のように並び立つ。
「な、なんだテメェら!」
尻もちをついたまま金髪が叫ぶ。
「彼女は俺たちの女神だ。小汚ねぇ手で触れようとしてんじゃねえ」
真ん中の、岩みたいにガタイのいい男が野太い声で言う。――あいつらは、……間違いない。
B組体育会系軍団!
「やれやれ、なんとか間に合ったか。おせーんだよ」
太田が心底ホッとした顔でつぶやく。
「お前、あいつらが来るの知ってたのか?」
「まあな。実は俺もあいつらも小早川さんに頼まれて来たんだよ。で、俺だけ原チャだったから先行して時間稼ぎ。――だからホントはお前が絡まれてるとこなんて見てねーんだ」
「そうだったのか……」
ん? じゃあ、どうして俺のいる場所がわかったんだ? 疑問が浮かんだが、すぐにその思考は捨てた。
今はそんなことどうでもいい。ともかくこれで形勢逆転だ。
二つのグループは睨み合い、火花を散らす。
「テメェら……やろうってのか」
ロン毛はバタフライナイフをチャカチャカと回し、見せつけるように突き出した。ほかの不良たちも、拳を握り身構える。
「逃げるならいまのうちだぜ」
「ご託はいいから、かかってこいよ。それともなにか? 弱いやつを寄ってたかってボコることしかできねーってか?」
「ぶっ殺す!」
ロン毛のセリフが合図となって、いきなり両群入り乱れての大乱戦となった。
「拓也くん!」
彩乃がその中をかいくぐって、駆け寄ってくる。
「ひどい……。待ってて、すぐに病院に」
「いや、大丈夫。こんなの大したことないから」
精一杯強がって見せた。
「ごめんなさい……わたしのために……」
「気にしない、気にしない。それより彩乃が無事でよかった……あっ!」
彩乃の背後から茶髪ポニテが忍び寄ってくる。
「危ない!」叫ぶと同時に彩乃はサッと振り返り、襲いかかってきたやつの腕をつかむと綺麗に投げ飛ばした。太田やB組の連中は初めて見る彩乃の勇姿に目を丸くする。
「やるねぇ」太田はヒューッと口笛を吹いた。
投げ飛ばされた茶髪ポニテはすぐに立ち上がり、性懲りもなく彩乃に向かっていく。
だが、今度はB組の岩のような男が体当たりでやつを吹っ飛ばした。
「よう、無事か?」
視線は茶髪ポニテから離さずに話しかけてくる。
「なんとか、な。おかげで助かったよ」
「礼なんかいらねえよ。それより、さっきはすまなかったな。瑞沢、あれからスゲー頑張ってるよ。もしかしたら追いつくかもしれん」
夏希が? そっか、あいつ完全復活したのか。
「ここは俺らがなんとかしてやる。お前は試合を観に行ってやってくれ、それが瑞沢にとって一番力になるはずだ」
「スマン、恩にきる。あんた、名前は?」
そいつは俺のほうに振り向き、「梶原だ」ニカッと白い歯を見せた。
その隙をついて、茶髪ポニテが石を掴んで突進してくる。
だが、梶原は悠々とかわして腕をとると、腕を回してひねり上げた。
「いててててて!」
茶髪ポニテはたまらず、石を落とす。
「言っておくが、手を貸すのは今日だけだからな。次の体育の授業では叩きのめす」
「ああ、わかってるよ」
「じゃあ、さっさと行け!」
彩乃の肩を借り、乱戦の場から立ち去った。




