第31節 長板橋の戦い
「この野郎!」
怒りに燃えた金髪が再び突進してくる。俺は前蹴りを連発し、間合いを切る。どうだ、近づけるもんなら近づいてみろ――って、あれ? 足首をガシッとつかまれた。
「おい、今のうちだ! 行け!」
隙間を縫って真田が突っ込んでくる。
ヤベ!
咄嗟に両脇の手すりをつかんで体を浮かせ、空いた脚の膝で顎を下から打ち上げた。「がっ!」 掴んでいた腕が外れる。
自由になった足で胸を蹴り飛ばし、踊り場に着地。一歩引いて助走をつけ、向かってくる真田に肩から体当たりをぶちかます。
「うわっ!」
真田は金髪を巻き込み、階段下へよろめき落ちかける――が、後ろのロン毛がまたも受け止めた。
「お前ら邪魔だ。下がってろ」
「あ、ああ」
二人は両サイドに寄り、ロン毛が前に出る。こいつが一番ガタイがいい。やっぱリーダー格はコイツか。
……って、一人いない。
丸刈りはどこだ。
視線を走らせると、道路を渡って歩道橋の反対側へ回り込んでいた。
胸を撫で下ろす。あの位置からでは、彩乃には追いつけない。
だが、俺の退路は断たれた。
香港映画なら、下を通るトラックの荷台に飛び移るところだが、そんな芸当は出来やしない。そもそも、さっきから車が一台も通らねえし。誰かが通報してくれるまで粘るつもりだったが……ここまで人通りゼロは誤算だ。
「よう、舐めた真似してくれるじゃねえか」
ロン毛がドスの効いた声で近づいてくる。拳をポキポキ鳴らしながら、階段一段ぶんずつ確実に間合いを詰めてくる。
「覚悟はできてんだろうな、テメェ」
覚悟できなくても殴るくせに。……こうなったら最後の手だ。
「あ、オマワリさーーーーん!」
片手を上げてがなり立てると、全員がビクッとして一斉に振り向いた。
バカで助かった!
俺は歩道側の手すりに片足を掛け、街路樹――低い枝を広げたケヤキへ跳ぶ。
と、届け!
指先が枝を捉える。辛うじてぶら下がった――が、乾いた音とともに枝が裂け、尻から歩道へ落ちた。
尾てい骨に電気が走り、視界が一瞬白く弾ける。それでも足は動く。よろめきながら立ち上がり、駆け出す。
「待てやコラァーー!」
上から怒鳴り声。
待つバカがいるかよ。いける、逃げ切れる――そう思った、その瞬間。
横をさっきの黒バンがUターンしてかすめ、俺の前で急停車した。スライドドアが開き、茶髪ポニテが飛び出す。
しまった、こいつの存在を完全に忘れてた!
反射的に向きを変える。が、背後からタックルされて地面に押し倒された。
くそっ、放せ!
やつの顎を手のひらで押し返すが、向こうも必死だ。額がアスファルトに押しつけられる。
熱っつ!
揉み合う耳元へ、複数の足音がドンドンと迫ってきた――。
終わった……。
連中に捕まった俺は、車の後部座席に座らされ、どこかへ連れて行かれようとしていた。
両脇を金髪と真田が固め、脱出はまず不可能。――どこへでも好きに連れていけばいい。人事は尽くした。あとは天命待つのみ。ともかく彩乃は逃がせた。それで十分だ。
「ニヤついてんじゃねえよ、テメェ。自分の立場わかってんのか?」
金髪に鼻先を裏拳で小突かれる。ぐっ。さっき顎に膝を入れたのを根に持ってやがるな。車に乗ってからというもの、散々小突かれて体のあちこちが痛む。
「おい、ここで止めろ」
助手席でふんぞり返っていたロン毛が命じる。
え? あそこに連れてくんじゃ――」運転の茶髪ポニテが訊ねる。
「いいから止めろ」
舌打ちまじりの声に、ポニテはあわてて減速して停車。ロン毛はドアを開けて外へ出た。「そいつを連れてこい」金髪と真田に命じる。
連れてこられた先は、古びた雑居ビルが並ぶ通りの路地裏だった。
「オラ、さっさと歩けよ!」
後ろから蹴られ、前のめりに手をつく。
ロン毛が眼前に立ち、冷たい目で見下ろす――殴る気満々の目だ。
だが、やつのとった行動は違った。懐から何かを取り出し、俺の足元へポイと投げる。俺のスマホだ。揉み合いの最中に落としたのを拾っていたらしい。ズボンのポケットに入ってる感触はあるのだが。気のせいか。
「あの女を呼べ。『無事に逃げ切ったから合流しよう』ってな。そうしたらお前は見逃してやる」
なるほど。見た目どおりのクズで、頭も悪い。ここまで来て、そんな取引に応じるわけがない。
俺は沈黙で答える。ロン毛は俺の髪を鷲づかみにして引き上げた。
イテテ!
やつがズボンのポケットからバタフライナイフを抜き、カチリと刃を跳ね出す。
「言うこときかねえと、どうなるかわかってるよな?」
薄い刃が頬をぺちぺちとなでる。ロン毛はスマホを拾い、無理やり俺の手に握らせた。
「……わ、わかった」
観念したふりで、ゆっくりうなずく。刃物の威圧感は半端じゃない。
「そうそう。ちったぁ利口になれ」
ロン毛がニヤついた瞬間、俺は立ち上がり、反対側を向いて大きく振りかぶる。
「おい、何しやがる!」
制止を無視して、塀の向こうへスマホを投げ捨てた。
――さらば、俺のスマホ。
「テメェ!」
激高したロン毛の蹴りが背中に入り、顔面から地面に突っ込む。口を切って砂と鉄の味が広がった。
「ずいぶん舐めた真似してくれるじゃねえか!」
腹、尻、脇腹――ガシガシと踏みつけられる。
ぐっ……!
両腕で頭を庇い、亀みたいに身を縮めて耐える。
「おいおい、ヤベぇんじゃね? エージのやつ、ブチギレてるぞ。このままだとマジで殺っちまいかねねえ」
「さすがに殺すのはマズいっしょ」
……そう思うなら止めろ。
みぞおちに一発、もろに入る。喉が勝手に嗚咽した。視界がちらつく。
唐突に蹴りが止む。腕の隙間からうかがうと、ロン毛が手のナイフを見つめ、にたりと笑う。――マジか。
完全にイッた目で、刃を振り上げる。
その瞬間、聞き覚えのある声が路地裏に響いた――。




