第03節 孔明の秘策
家に帰ってからも俺はずっと上機嫌だった。
なんていったって、あの小早川さんと付き合うことになったんだ。なんかもう世界が違って見えるね。キラキラ輝いてるよ、世界!
ごはんを噛みしめながらも、彼女のことを考えては、顔がほころんでしまう。
「さっきから、なにニヤニヤしてんの? マジ、キモいんですけど」
美咲の罵詈雑言もまったく気にならない。まるで小鳥のさえずりのようだ。
「メシが旨いからだよ。母さん、腕を上げたな!」
グッジョブ、と親指を立てる。
「そ、そう? ありがと……」
母さんは呆気にとられた顔で応じた。
「別にいつもと変わんないじゃん……」と美咲。
「はい、ごちそうさんでした!」
食器を手に立ち上がる。鼻歌まじりで流しに持って行き、水を張ったボウルに沈めた。
「ねえ、あの子、いったいどうしちゃったの?」
「モテなさ過ぎて、とうとう頭のネジが一本飛んじゃったんじゃない?」
二人のヒソヒソ話が聞こえる。俺がモテないだって? ハハッ、悪い冗談だ。逆だよ逆。しかも相手はあの小早川さんだ。
ま、この二人に自慢する気などサラサラない。
部屋に戻ると、充電していたスマホをすっ飛んで取りに行って、開く。
すると「あやの」からのLINEメッセージが表示された。そう、さっそく連絡先を交換したのだ!
今まで家族以外は企業と太田くらいしかなかった俺のLINEに燦然と輝く小早川さんのアドレス。彼女だけで万人分の価値があるね!
子猫のイラストが描かれた彼女のアイコンをタップすると、メッセージが表示された。
『こんばんは。今日は本当にありがとう。とっても嬉しかったです。勇気を出して告白して本当によかった……』
『ところで、今、何してる? お食事中かな? わたしは宿題をしようと思って机に向かっているのだけれど、なんだか頭がフワフワしちゃってちっとも手につかなくて、こうしてLINEしちゃいました』
『迷惑だった? でも、いいよね? もう、わたしはあなたのカノジョになったんだもの(ハートの絵文字)』
メッセージまで世界一可愛いよ! 絵文字まで超絶美少女に見えるね!
さっそく返事をしなくては! 顔をキリッとさせて返信を打つ。
だが、三行打ち込んだところで手を止めた。あんまりすぐに返信しないほうがいいかな?
必死すぎて軽く引かれちゃうかも。そういう思考自体が既にモテない男って気もするが。
脳内軍師たちに尋ねると、皆視線をそらす。ダメだこりゃ。お前らモテなさそうだもんな。
いいや、構うもんか。好意を示すのに、何を躊躇うことがあろう!
メッセージを最後まで打つと送信ボタンを押した。送信完了っと。
とりあえずスマホは再び充電器につないでおく。返信が来るかもと思うとソワソワしてどうにも落ち着かない。
気を紛らわせるために、本棚にずらりと並ぶ愛読書『横山光輝三国志』に手を伸ばした。一冊引き抜き、ベッドにゴロリと寝ころがる。
しばらくぼんやりと読みすすめていたが、董承が帝から授かった玉帯から密詔を見つけるくだりで、あることに思い当たり跳ね起きた。ラブレターをしまっておかないと!
マンガを放りだし、鞄からラブレターを取り出す。
これは彼女との大事な記念品。大切に保管しておかねば。
部屋の中をぐるりと見回した。本当は額縁に入れて飾っておきたいところだが、さすがにそういうわけにもいかない。
さて、どこにしまうか……。
机の引き出しが目に留まり、開いてクリアファイルを取り出す。
中に入っているのは彩乃の写真――。
念のために言っておくが盗撮じゃないぞ。
去年の遠足の時、写真部が撮って焼き増しの注文をとっていたのだ。全15種類。コンプリート。
そういうショットを狙って撮ったのか、はたまた、ほかの女子が彩乃と一緒に写って比べられるのを嫌がったのか。ほかの女子は写っておらず、すべて彩乃単独だ。
なかでもポイントの高いのが、この一枚。
カメラのレンズのせいか、なにかは分からないが、うっすらと頬を染めてどこかを見つめているような彩乃の姿が映っている。
きっと、この視線の先には俺がいたのだろう。
まったく、罪な男だ。
いけね。ラブレターを隠すんだった。
写真をクリアファイルに戻し、引き出しを閉じる。
隠し場所を決めないと、条件としては、人に見つかりにくく、取り出しやすいところ。あと汚れにくいところ!
この条件は絶対に外せない。これらの条件を満たす場所といえば――。
策がございますと孔明が歩み出た。
「殿が望む三つの条件を同時に叶える方策……」
口元を白羽扇で隠す。
「コピーしてしまうのです」
「コピーだと?」
「オリジナルは大切に人目に触れないところに厳重に保管し、コピーは小さく折り曲げて取り出しやすい場所にしまえばよいのです。コピーなら汚れても構いますまい」
「いや、スマホで撮影すればよいではないか」
仲達が口をはさむが、「殿はアナログの温かみを大事にされるお方」と孔明は一蹴した。
「上策だ! さすがは孔明!」
パチンと指を鳴らし、意気揚々とプリンターのある居間へと向かった。
都合がいいことに居間には誰もいない。キョロキョロと周囲をうかがいながら、プリンターの電源を入れる。素早くラブレターをセットし、コピーボタンを押した。
だが、ガチャガチャと動作するものの、印刷がちっとも始まらない。
まさか、故障か?
タッチパネルを覗いてみると、インク切れを示すアイコンが表示されていた。
しかも、黒かよ。これじゃあ白黒印刷すらできないじゃないか。
インクはどこだ?
戸棚を漁ってみるけど、なかなか見つからない。プリンターなんて普段まったく使わないから、どこにあるのかサッパリだ。
台所で洗い物をしている母さんに聞くと、戸棚になかったら切らしているとのことだった。
仕方ない、コンビニでコピーするか。
すごすごと居間へ引き返す。
ゲェッ!
居間に戻った瞬間、目が飛び出しそうになった。
美咲がいた。
しかも、その手にはあのラブレターがしっかりと握られていたのだ……。




