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第02節 小早川彩乃の告白

美しい夕日が、学校の屋上を鮮やかに染め上げていた。


フェンスに指をかけ、眼下に広がる光景をのぞく。

そこには様々な学園生活があった。


ランニング中の運動部員たち、楽しげにしゃべりながら連れ立って歩く少年たち、待ち合わせなのか、校門の前でひとり寂しげにスマホの画面を見つめる少女。

そして、仲睦まじく肩を寄せ合って歩くカップル……ちっ。

スマホを見つめていた少女がうれしそうに手を挙げ、そこに男が駆け寄っていった。


ははは……。


自然と笑みがこぼれる。

俺はゆっくりと振り返った。


やっぱ、いたずらかよ!


屋上にはひとっ子一人いなかった。


笑顔を貼り付けたまま、指が食い込むくらい強くフェンスを握る。


落ち着け俺。うろたえるな。

怒りを露わにするのはこの場所を無事に立ち去ってからだ。

今この瞬間、間違いなく犯人がカメラをこちらに向けているはず。

ここは、さも外の空気を吸いに来ただけかのように振る舞うんだ。


両手を突き上げ、全身を伸ばす。

さらに大きくあくびをひとつ。

肩を揉み、首を回しながら、のっそりと扉のほうへ引き返す。


でも、よかった。

待ちぼうけをしている女の子はいなかったんだ。

傷つくのは俺ひとりでいい。

顔で笑って、心で泣く。


扉のノブをつかもうとしたとき、階段を駆け上がる音が聞こえた。


えっ?


とっさに校舎の陰に隠れる。

別に隠れる必要なんてないのだが、体が勝手に動いてしまっていた。


身を隠すと同時に、扉が大きな音を立てて開いた。


そっと頭を出して様子をうかがう。

現れたのは女の子だった。


ここからでは顔は見えない。

あの子がこのラブレターをくれたのだろうか?


階段を駆け上がったからだろう。彼女は息が上がっていた。胸に手を当て、息をゆっくりと整えている。

制服の襟を整え、スカートの裾を直すと、一歩一歩進んでいった。

肩までのきれいな黒髪が、風に吹かれてなびく。


あっ!?


思わず声を出しそうになって口をふさいだ。


あの凛とした後ろ姿は――。


俺はあの子を知っている。

いや、学校中の男子が知っている。


女の子が不意に振り返った。


反射的に頭を引っ込める。


……やはり間違いない。


彼女の名は小早川彩乃――学祭で選ばれるMKY(「もっともカノジョにしたい・オブ・ザ・イヤー」の略)に一年生にして輝き、在学中の三連覇が確実視されている校内一の美少女。


その美しさはまさに三国志随一の美女・貂蝉ちょうせんといったところで、入学式の日にその姿を一目見て以来、俺も他の男たち同様、恋い焦がれていた。


なぜ、小早川さんがここに。

まさか、彼女がこのラブレターを?


ないない!

それはない!

手をぶんぶん振る。


彼女に告白されるなんて、あまりに現実味がなさすぎる。

そもそも彼女とは小中と学校が違うし、高校でもまだクラスが一緒になったことはない。

「ずっと見つめていました」というラブレターの文言と符号しない。

では、いったいどういうことだ?


彼女は不安げに周囲を見回している。

誰かと待ち合わせしているのは確かなようだ。


脳内で孔明が拝礼する。


「『お友達に頼まれたの』で、ございましょう。

小早川嬢から恋文をもらったと思い、殿が喜び勇んで出ていくと、恥ずかしがり屋のお友達にバトンタッチされるという計略でございます」


たしかに……大いにあり得る。

言われてみれば、扉の向こう側に息を呑む気配を感じる。


「古典的な策です。これぞ偽撃転殺ぎげきてんさつの計」


「いや。お待ちくだされ」

今度は仲達が進み出た。


「……小早川嬢もまた、犯人によって呼び出されたと思われます。

犯人は、殿と彼女を偽の恋文で同時に誘い、勘違いした殿が無残にも一刀両断に斬り捨てられるのを、遠くで撮影する謀略に違いありませぬ。

これぞ虚誘奄殺きょゆうえんさつの計。」


「なるほど! そうだ、それに違いない。一番しっくりくる!」


膝を叩く。


ハッ、犯人め。策を仕掛ける相手を間違えたようだな。

俺は彼女にラブレターをもらえるなんて考えるほど、身のほど知らずではない!


罠を看破し、勝ち誇ってぐっとガッツポーズを決める。


だが、罠と分かったところで、これからどうする?

彼女が諦めて帰るのをじっと待つか?


そっと様子をうかがうと、彼女は寂しげに長い髪を風になびかせていた。


ダメだ!

俺のために彼女を待ちぼうけにすることはできない――。


俺は覚悟を決めた。

彼女の笑顔を曇らせないためなら、あえて道化にもなろう。


「行ってはなりませぬ!」

「ご再考を!」

「火中の栗を拾うことなかれ!」


軍師たちが止めるのを頑として退け、悠然と彼女のほうへ歩を進めた。


一歩、一歩、彼女に近づく。


き、緊張する。

今まで彼女と話すどころか、半径一メートルの範囲まで接近したことすらないのだ。


俺が近づく気配を感じたのか、彼女はゆっくりと振り向いた。


あ、やっぱり、俺を待っていたんじゃないんだな……。


一目見てわかった。

最初に期待、次に困惑、失望、憐憫れんびん――そんな感情が大きな瞳につぎつぎと浮かんでは消える。


正直、一ミリも期待していなかったといえば嘘になる。

微粒子レベルでも、彼女が俺にラブレターをくれた可能性があるのでは、と。


まあいい、もとより分が悪いことは分かっていたことだ。


唾を飲み込み、片手を挙げた。


「や、やあ」


傷心を隠し、努めて平静に声をかけた。

おもむろにラブレターを差し出す。


「こ、これ、間違って俺の机に入っていたから」


状況が呑み込めていない様子の彼女にラブレターを強引に押しつけ、顔を見ないようにして振り返った。


「それじゃ」


さっと手を挙げる。


「え? ま、待って!」


逃げるようにその場を離れる。

この上「ごめんなさい」とか言われようものなら、もう完全に立ち直れない。

聞こえないふりをして、扉のほうに猛然とダッシュする。


だが、後ろから矢のように追いかけてきた彼女が、あっという間に俺を抜き去り、回り込んで両手を広げ、扉の前に立ちふさがった。


そう、彼女は美貌だけでなく勉強も運動もできる完璧超人、天の寵愛を一身に受けた女性なのだ。


泡を食った俺は立ち止まり、逆方向に走り出す。

その先はフェンスしかない。

だが、構うものか。

今は一刻も早く彼女の視界から消え去りたかった。


「お願い、待って!」


ごめんなさい!

本当は身のほど知らずにもコクられることを期待していました!

謝るから、もうそっとしておいてください!

マジ、勘弁してください!


「行かないで! 佐藤くん!」


悲痛な声が屋上に鳴り響いた――。


えっ?

不意に名前を呼ばれ、足を止める。


「ど、どうして、俺の名前を?」


振り向くと、彼女は目を丸くしていた。

クスッと笑う。


「だって、好きな男の子の名前を知っているのは当たり前のことでしょう?」


す、す、す、好きーー!


隙?

鍬?

数寄?


脳内で「スキ」の二文字が激しく変換される。


だが、どこをどう変換しても、このシチュエーションでは『好き』が正しいように思えた。


マジ?

女子と書いての好きなのか!?


呆然と立ち尽くす俺のほうへ、彼女がゆっくりと歩み寄ってくる。


一歩近づくごとに心臓がどんどんと太鼓のように鳴る。


一声も発することができず、ただ彼女を見つめていた。


彼女は俺の目の前で立ち止まり、ラブレターを両手に添えて差し出した。

真摯な瞳がまっすぐ俺に向けられている。


頬は夕日のせいか、それとも恥ずかしさのせいか、ほんのり赤みを帯びていた。


彼女はすっと、小さく息を吸う。決意を宿した瞳で――


「佐藤くんのことが好きです。

どうか、わたしとお付き合いしてください」


「放てー!」


弓兵たちが矢ぶすまを作り、恋の矢を雨あられと俺の頭上に降り注いだ。


ぐはっ!


俺のハートは貫かれまくり、ハリネズミのようになる。


メ、メチャクチャ可愛い。

なんという破壊力だ。


「突然こんなことを言ってごめんなさい。

今までお話ししたこともないのに、困りますよね。

返事は今すぐじゃなくてもいいんです。この気持ちだけ、知っておいてください」


返事?


そんなこと決まっている。

考えるまでもない。


腕を伸ばし、差し出されたラブレターを受け取った。


「待って。今、返事をするから」


カッコよく決めるぞ、俺!

こんな事態に備えて、セリフだけは考えておいたんだ!


彼女が上目遣いで見つめてくる。

その瞳は少し潤んでいた。


くっ、いちいち! 可愛い!


「えっと……俺」


ヤッベ、あまりの愛らしさに、セリフが飛んでしまった。

言葉が続かない。


だが、ここは、ここだけは!

ビシッと決めるんだ!


グッと拳に力を込める。


「お、俺も小早川さんのことが、す、好きだ!

俺でよかったら、付き合ってほしい!」


声を上ずらせながらも、なんとか言い切った。


「ありがとう、とっても嬉しい……」


彼女は優しい目をして微笑んだ。



「おめでとうございまする!」


「いや、めでたい!」


「おめでとう!」


脳内では軍師たちや、弓兵たちがパチパチと手を叩いて祝福する。


「ありがとう!」


いま、俺は日本一幸せな男になったのだ――。

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