第28節 拓也、吼える
試合が動いたのは第2ピリオドからだった。
それまで天宮は桜庭さんの突破からバランスよく攻めていたのに、急に留学生にボールを集め始めた。マークしていたのは萩原さん。彼女は守備もうまく、自分より大きな相手にも簡単には得点を許さない。
だが、確実に体力は削られている。あの二人、スピードやスキルは互角でも、決定的にパワーが違った。ゴール下でのパワープレーを繰り返されるうち、萩原さんの表情に疲労の色がはっきりと出てきた。
第2ピリオド終盤、ついに萩原さんの脚が止まる。攻撃でも守備でも彼女の負担はあまりに大きすぎた。ここから天宮が一気に攻勢に出る――。
それは、決壊した水門から濁流が流れ込むような怒涛の攻撃だった。潤子先生がタイムアウトを取り、立て直しを図るが、チームは完全にパニックモード。シュートは入らず、リバウンドは取られ、つまらないミスが連発する。みるみる点差が開いていった。
萩原さんの個人技以外に目立った武器のない戸有高には打つ手がなく、もう何分ものあいだ点が取れていない。残り2分12秒、スコア48-24。会場の空気は、完全に向こうの色だ。
そんな中、再び夏希にボールが回る。
「そいつに渡してもなにもできねーだろ!」
どこからともなく、そんな野次が飛ぶ。
あんなこと、言わせんなよ。
「がんばれ……なっちゃん」隣で彩乃が祈るように見つめている。
だが夏希は自分では攻めず、パス先を探して迷う。迷子になった子どもみたいで、今にも泣き出しそうに見えた。
あんな無様な夏希は初めて……いや、見たことがある。あいつの、あの情けない顔を。
あの時も、世界中から見放されたみたいな目をしていた。
一瞬、記憶が蘇り、頭にカッと血が上ってきた。
ショットクロックが赤く点滅する。
「ピーッ」
24秒バイオレーション。
「あーあ、言わんこっちゃねえ。そんな使えねーやつ、もう交代させろよ!」
さっきと同じ声がまた野次る。
俺はすくっと立ち上がり、そいつに一瞥をくれて前へ歩き出した。
「拓也くん? どうしたの?」
彩乃が呼び止めるが、そのままツカツカ進む。
最前列に着き、手すりを両手でつかむ。スーッと大きく息を吸って――。
「なつきーーーーーーーーーーーーーー!」
あのバカタレに向かって、腹の底から叫ぶ。
「ザマーーーーねえなーーーーーーーー!」
夏希が驚いた顔で俺を見る。情けねえツラしやがって。
手すりの向こうへ上半身を乗り出し、まっすぐ指さす。
「なんだよ、そのみっともないプレーは! チームの足引っ張りまくりで、恥さらしもいいとこじゃねーか!」
自分でも何しゃべってんだかわからない。口が勝手に動く。
「よもや忘れてねーだろな! 負けたら何で――」
そこまで言いかけたところで、B組体育会系軍団に羽交い締めにされた。
「この野郎、味方を野次るやつがあるか!」
「ふざけやがって、つまみ出せ!」
後ろから肩を引っ張られるが、俺は手すりにしがみつき、断固、離さない。
「今まで借り、まとめて返させてもらうからな!」再び怒鳴る。
「そのバカを黙らせろ!」
口をふさがれ、首根っこをつかまれる。なんとか耐えたが、手すりから指を一本ずつ外され、とうとう引きずり出された。
「――負けたら覚悟してろよっ!」口をふさぐ手を振りほどき、最後に吠える。
「まだ言うか、こいつ!」
頭を小突かれ、両脇を丸太みたいな腕で固められ、通路へ連行されていく。
ちっ、ここまでかよ。……なんか言えよ。俺なんかに、こんな言われっぱなしでいいのか?
「うっさい! バカ拓也!」
背後から夏希の叫び声。
「まだ前半じゃないの! こんなのハンデにもなんないわよ! あんたのほうこそ覚悟してなさい! 絶対、チアやらせるんだからね!」
それは俺のよく知る、勝気で尊大で意地っ張りな――瑞沢夏希の声だった。
そうだ。お前には、その不遜な態度が似合ってる。
俺は口の端を上げ、抵抗をやめた。ブーイングを浴びながら、おとなしくその場を後にした。




